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ちょっと待ってて下さいね…今ブログ生き返らせますので…(涙)
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 10

 

―――数日後 昼下がり。

エブラーナでも、3時のおやつなる習慣がある。
エッジとリディアは4階の回廊になったテラスに席を作って、カレンが入れてくれた紅茶を飲みながらクッキーをつまんでいた。
そんな中、リディアが一度幻界に帰りたいと申し出た事に。考えてはいた事だろうが流石に驚きを隠さなかったエッジ。
「もし、もしも、だ。王達に止められたら、あいつらの結婚式に出られないかもしれないんだぜ!?そ、それが終わるまで…」

戻る事自体は仕方ないものの、三ヶ月後、セシルとローザの戴冠式が行われる。幻界と地上の時間の流れの違いと言うのは、本来単純に計算できるものではないらしく、時間の概念自体も違うが、幻界の出入り時にタイムラグも発生する為、確実に地上時間に合わせるのは難しい。

そしてリディアが成長して帰って来たのは、幻界の中で10年の時間を体感してはいない所から、時間の流れの違いと言うより、ある種成長のリズムが変異したと言う可能性の方が高いと思われた。
なら、今は戻るより待った方がいい。エッジの心配は最もだった。
脇に控えた女官も、固唾を呑んで話の流れを見守っている。

「俺だって、本当は幻界まで行って一言詫びたい位なんだ。だから、結婚式の後に時間作ったっていいだろ?!」
「だからこそ、今すぐ行きたいんだ。本当に間に合わなくなっちゃうでしょ?」
「…お前…こっちに戻れないかもしれないんだぜ!?それはどうでもいいのかよ!!足止めされるかも、って事を俺は心配してるの!!」
「え…そんな訳ない…」
怒るのも無理は無い。カレンも小さく首を振っている。 ただ、幻界に帰るのも、リディアなりの考えがあっての事。

元々、戦いの後幻界に帰ったのは、こちらの世界に寄る辺が無く幻界の生活が長かったからであって、王や女王に戻された訳ではない。セシル達の危機を知り助けに駆けつけたのも自分の意思だった。
そして今は逆に、仲間の居る地上の時間の流れに置いて行かれる事に、違和感を覚え始めた事、エブラーナの内乱で、自分が役に立つ事が出来た事―――それを幻界の方にも説明したい。

リディアの言葉に、エッジは黙って耳を傾けていた。
「もし、私で良いんだったら、一緒にここに居てもいいのかなって思って。だから、ちゃんと話をして来たいんだ。」
「リディア…」
初めてはっきりリディアが示した返事。だが嬉しさの反面、不安の残る状況。リディアが足止めされてもおかしくはない。また、幻界がいかに地中深く閉ざされた世界でも、外の世界との接点を持てる存在を欲しているのは間違いないだろう。

「…判った。」
だけど、それがリディアの選択。エッジは大きく息をついて、椅子に腰掛けた。
「でも今日の今日はないだろ?ちょっと…何日か待ってくれるか?俺は付いて行けないけどさ、土産位、持たせてやるよ。」
「へ?私…手ぶらだったけど?」

しかし。すでにエッジは食べかけていたお菓子をもごもごと口に押し込み、席を立ちかけている。
「いいからいいから!俺、ひとっ走り行って来るわ!!残りお前ら食べちゃっていいから!!」
「ち、ちょっとエッジ!?」
そう言うと事もあろうかテラスから身を投げ出し、ひらりひらりと窓枠や壁に足をかけながら下へ降りてゆく。そして見る間に地上に降り立ち、驚く庭師達の間をすり抜けて何処かへ走って行ってしまった。

やれやれ、とリディアは女官に向き直ると。
「…あ、あのぅ…もうお茶…はだ、大丈夫…」
振り向いたそこには。鬼の様な形相の黒髪女官が天に届く程のオーラを発して仁王立ちしていた。
「リディア様!その、地底の国に行ってしまうなら、このわたくしめがお供させて頂きますわよ!!お付きの者は必要です!!!」
「だ、大丈夫だよ!!その…人間が見たらびっくりするっていうか…そんな世界だし…」 何も言わなければ本当に付いてきそうな勢い。いやしかし。
「け、結婚は…?ほら、トマスとの…」
「…待たしとけばいいのです。どーせ年下だし。別にいない間に若い娘に行っても…」
なんと言う事。それは聞き捨てならない。

「カレン!!」
立ち上がり、カレンの間近に顔を寄せる。
「意地張らないの!!!」
しゅん、と縮こまる仕草に、あ、少し丸くなったかも、と感じるリディア。何だかんだとこの国でのつきあいも増えたと言う事か。
「でも…戻って来ると約束して頂かないと、私、不安でございます…あんな王子の手綱を引いてくれるのは、世界中捜してもきっとリディア様だけ…あの方には小さな頃からお仕えしてましたが、結構将来案じてたんで…」
「そっか、子供の頃からの知り合いだもんね…あれ、そう言えばオルフェもそうだよね?オルフェは?結婚とかしてるの?」
子供の頃からのなじみ、と言えば魔導師もそうだ。
あまり、色恋に興味はなさそうな感じではあったけど。

「オルフェは…魔法の修行三昧でしたねぇ。子供の頃は侍従見習いとして入った中でも、真面目に働いてたし…それ以外は修行と本の虫で、まぁ変わり者でしたね。あの通り物腰柔らかな上イケメンだし、結構女性にも騒がれてたんですがねぇ。エブラーナ人としては彼も婚期が過ぎてるので、どうするんだか…」
「ふぅん…意外だなぁ…じゃ、尚更放っとけないね。私もまた皆の姿が見たい。ちょっと時間かかるかもだけど…さ。」

立ち上がって伸びをする。高台の風が気持ちよかった。山の緑は深まり、間もなく夏になると言う季節。
「リディア様…いい季節になりましたね。」
「うん…私ね、この季節の緑、大好きなんだ。」
「…結構、エブラーナの夏は蒸してて暑いんです。その間だけ、幻界に行かれるのも… ありかも、しれませんね…うんうん。って、本当は3日位で戻って頂けると…」
への字口のカレンの顔に、思わずくすくすと笑みがこぼれた。

一緒に、とは口に出したものの、迷いはある。
この城に自分の未来はあるのだろうか。確かに、自分は勝利に貢献した事で、王妃になる資格を得られたのかもしれない。
でも、全く知らぬ文化の中で、エッジとの関係だけを軸に1から立ち上がってゆけるのだろうか。

そして。
不妊短命の召喚士の血を、全く意識する事もなかった。だが、それは自分の中にどれ程の陰を落とし、知れず身体を蝕んでいるのだろうか。
出産を機に命を落とす若い娘も多かった。無事だとしても、召喚士の血を持つものは、50まで生きれば十分な長寿だった。永く生きられる身体ではないのは、判っている。

――― 未来… 明るい未来の可能性がもしあるのなら。
――― 僅かでいい。それを目指したい…そんな未来を見てみたい。

その時。
ふと、誰かが通り過ぎた気がして、リディアはテラスの端に目を向けた。
「あれ?」
一人小さな影が、自分の脇をすり抜けて行った気がした。

―――誰?

一瞬見えた、薄い碧色の髪の幼い少女と、それを追う小さな銀髪の少年。

「待って…」
「リディア様…?」
立ち上がって後を追い、回廊の角を曲がった。
少年と少女は、テラスに立っている男の方に走って行く。

―――エッジ?

逆光の様な視界の中にいる男はエッジに似ていた。
優しい目をして子供たちを見下ろす表情に、今にない柔らかさが宿っている。

―――誰?

その脇に控えた女性の姿が、おぼろげに見える。碧色の長い髪の女性。ふと、エブラーナに留まった、初めての朝を思い出す。
あの日、夢に見たもの。 エッジと、誰かがいた。それを見ていた自分。

―――あなたは誰…?
―――どこかで…会った…

問いかけに答える様に女性は振り向いた。が、顔をこちらに向ける前に、その姿はかき消す様に消えて行った。
「待っ…」
目の前にはバルコニーの手すりとエブラーナの山々の緑が広がっていた。
「…」
後を追ってきたカレンも辺りを見回した。
「どうされたのですか?」
「え…」
やはり目の前には何もなく、はるかに西の山が見えるだけだった。

「…夢を、ね。」
リディアは手すりに近寄り、身を乗り出す。
「エブラーナに来た日、夢を見たって話したっけ―――」
「ええ…エッジ様が結婚する夢って、確かお聞きしました。」

あの朝。何か夢を見ていた様な気がして目を覚ました。
この国に留まる事になった日から始まった様々な出来事の中で、時折記憶にも薄かったその夢の片鱗が、リディアの心によぎる事があった。
散歩に出た女官達に、エッジの恋人と勘違いされていた時。翡翠の姫の歌。エッジに跪かれた時。その刀を受け取った時。何よりも、その無事を願った時。全てが、一つの方向に向けて自分を動かしている様な感覚―――

翡翠の姫の歌は王子の嘆きで終わるが、その続きは緩やかな時間の流れの中、確実に未来を作り上げていたのだろう。

「夢って、日が経つと忘れちゃうけど、不思議だな…時間が経っても良く覚えてるの。 ―――夢の中で私、ほら、城門の所にあるバルコニーの下にいて。エッジが奥さんと一緒に、手を振っているのを沢山の人と見上げていた。よく見えなかったの。隣に居た女の人が…真下にいたから。」
「ええ…でも、今となってはただの夢、ですわ。だって…」
「思い出したよ。その人、碧の髪していた。今、ほんとたった今、その続きが見えたんだ。」
カレンは首をかしげて、黙ってリディアの顔を見つめている。
「大丈夫。私絶対戻ってくるから、心配しないで。約束するから。」

中庭の端からエッジが再び姿を現し、こちらに手を振っているのが見えた。リディアは笑みを浮かべて手を振り返し、再びテーブルへと戻って行った。
 
 
 

[101日目のプロポーズ 11]

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その夜。
エッジの帰還は急ではあったが、ごく身近の忠臣―――幾人かの近衛兵と隊長や宰相、下座ではあったが家老やリディア付の三人までも身近に功労のあった者十数人程を集めて、急ごしらえの慰労の晩餐会が開かれた。

王族と同席の晩餐、と言う事で同席の近衛兵や女官、侍従も略式ながら衣装を整え、エッジはいつもの忍服から王族の略式服に着替え上座に座り、リディアも軽装のドレスに着替えエッジの横に座っていた。
セッティングが終わると、大事な話があるからと食事の係を退室させた。乾杯の音頭が取られ、グラスが上げられる。
「とりあえず、この晩餐は非公式だ。だから…」
その言葉を皮切りに暑苦しい、と言わんばかりに胸元のボタンを外すエッジ。
「固っ苦しいこと抜きにして行くぞ。じい、こっち来い。何か言いたそうな目で見ないでくれ。カレン、トマスの隣に行け。隊長が俺の方に来い。」

一応、身分、階級の差ごとに分けられた席ではあったが、エッジが指示を出すと、皆がその様に移動した。カレンはうつむいて動きずらそうにしていたものの、隊長に背を押されて若い近衛兵の横に席を移した。

―――トマス…って人だよなぁ…カレンの隣…

エッジにも目をかけられている、時々王族のフロアでも見かけた若い近衛兵。戦で毒矢に当たったが、一命は取り留めたと聞いた。
「ねぇ…家老さん…何でカレンがあそこなんですか?」
「…色々と、噂がありましてな…」

家老がほっほっ、と笑うと、エッジは咳払いをしてカレンの方を見た。

「って言うか、おめーら今日結婚しろ。命令だ命令!!!」
「エ、エッジ様!?」
家老や宰相、隊長までもが笑い出すと若い二人は顔を赤くし、その様子にリディアも思わず笑い出していた。なにやら、いい話らしい。
「カレンは、下級武官貴族家の一人娘。若い頃は色事そっちのけで武術の修行に明け暮れておりましてな。あのトマスとは幼馴染みの弟の様な物ですが、どうにもそれが邪魔してか見ていてトマスが可哀相になる程、昨今はつれないそぶりで…まぁ貴族の一人娘、家の事や、エブラーナの女性としては婚期を過ぎてしまってる事…あと、この国では殆どの夫婦は妻の方が年下、と言うのが気になっているのかもしれませんが。」

「かんけーねぇよ。勿体ねぇ。お互いにもらい手もないだろうが。こないだなんておめー、トマスが毒に当たったって聞いて裸足で救護棟に駆け込んできたじゃねえか!!」
「そうですなぁ。それで最早息が止まる所だったトマスを、かなり激しく揺さぶったり叩いたり挙句は台から落とすほどに振り回してくれたから、汚れた血が一気に噴き出してトマスは奇跡的に息を…カレン殿、いつもの調子は何処へ行かれたのかな?」

近衛兵隊長がからかうも、カレンはさっきから一言も返せずに、真っ赤になってうつむいている。エッジはその様子をにやにや笑いながら見ていた。
「トマス、親御さんがいい顔しねぇなら、俺からの命令でどうだ?コイツが年上?3つかそん位だろ?おめーかコイツの籍の年、書き変えちまえばいいじゃん。」
「…いえ!!…も、もし受けてくれるのなら…後は私が…い、命の恩人でもありますし、ええ。」
若き近衛兵は大きく頷いた。
「世話やけるよなぁおめーら。じゃ、決定な。」
カレンは微動だにしない。彼女から、鼻を鳴らす音がしたのに気が付いたのは、リディアだけの様だった。

「ま、そうだな。こんな話が出たからついでに言っておく。」
若干声色を変えたエッジの一言に、皆が静まり彼の方を見た。
「…って言うか、近い人間だけ集めたのは他でもねぇ…俺自身の事だ。言っておかなきゃいけないって思ってな。俺の…いや、リディアの事―――」
「エッジ…?」
リディアも手を止め、立ち上がったエッジを見上げる。こんな時、自分の話が出るとは思っていなかった。

「俺は―――まだ俺一人の希望だが、リディアを正妃に迎えたいと思っている。ただ一人の妻として。」
一同がわずかにざわめくも、それを制し言葉は続いた。
「だが…きちんとした説明もなしに、色々な事に流されこんな形になっちまった。それに今回、リディアの育ての親、まぁ地底の国の王と女王様なんだが、相当心配している様だ。俺は、これから一つ一つ片付けて行こうと思っている。」

―――え…?ちょ、ちょっと…

今度は、リディアが顔を伏せてうつむく番だった。今更、恥ずかしいと言う事は無いはずだが、皆の目が自分に向けられている。
「―――すぐに皆の望む様な答えは出せないかもしれない。お前達が喜んでくれているのは俺も嬉しい。だが、これからは焦らず見守ってくれないか?リディアにも色々事情があるのに、まず俺と一緒になってくれるか、って言う選択の自由を与える時間も無かった。そこら辺からちょっとしっかり作って行きたいんだ。」

「若様。それはまさに、我らも同じ思いでございますよ」
家老が口を開く。
「お二人のお気持ちがあってこそ、です。もしリディア様さえよろしければ、我ら忠臣一同は、エブラーナの正妃の座に座って頂きたいと思っております。」

「え、えっと…わ、私は…」
私は。
その言葉に続く、表したいものは何だろう。
「いや、リディア。まぁ今は結論いいよ。皆―――ありがとう。」
エッジは一礼をし、再び席に着いた。
「リディア。まぁこんな所だ。お前にも急ごしらえの事、色々さしちまった。これからは、まぁ…何でも話し合って決めていこうぜ。」
「…エッジ…ありがとう…」
お前の自由にとはいいながらもやはり、エッジが何を望むのかは判っている。
「ま、俺はおめーが何て言おうが離さねぇけどな。」
それを裏付ける様に、そっとエッジが耳元に囁いたのだった。


[101日目のプロポーズ 10]


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 「リディア様~」
中庭の噴水でたたずんでいたリディアの耳に入って来た子供の声。
昼はだいぶ過ぎて、城内つとめの親御さんたちの元へ行ったのだろう、もう子供は誰も居ない中庭。
傍らの茂みから、少年は姿を見せた。
「エル?!どうしたの?一人で…」
顔なじみの少年は、辺りに誰も居ない事を確かめるとリディアにしがみつく。
「リディア様も一人!へへっ。嬉しい~!最近、お会いできなかったから!!」

相も変らずの元気な声。
一人で遊んでいたのか、少年の服にはそこらじゅうに土の汚れがついていた。リディアがその汚れを手で払うと、エルは満面の笑みでありがとう、と答える。
「エル…一人なの?王宮とは言えこんな所で…」
「母さんが…いや、お母様がまだ用事終わらないから、待ってるんだ!!」
そう言うや、差し出された大きなカエルに、リディアは思わず小さく叫び、後ろに下がった。
「だからこいつと遊んでたの。」
「もう!びっくりさせないでよ!!」

貴族の子供、というには素朴な少年。
エルの家は中流の貴族だったが、ルビガンテとの戦で父親を亡くした。戦の最中にエルの妹を産んだ母は家を維持する為に、王宮勤めだった亡き夫に代わり、自ら王宮内の様々な用事をこなす事も多いと言う。
「ねぇねぇそれよりさ、リディア様はそのう…」
ちぐはぐなエルの言葉に思わず吹き出す。
「どうしたの?エル…二人だけだし、お友達みたいにしゃべろうよ。」
「ね~!リディア様、いつエッジ様と結婚するの~!?」

「…え…」
子供らしい質問ではあるけど、今一番、それは答えに困る。
そうだなぁ、と口元をまげて言葉を捜すも。
「け、結婚かぁ…う~ん、出来たらいいな、かな…」
「どうして!?だってエッジ様もリディア様の事大好きなんでしょ!?」
「う、う~ん…でも私ね、その…」
諸般事情は子供に説明するには難しい訳で、言葉に詰まる。
噴水に置かれた大きなカエルもまた空気を呼んだのか、脂汗を流している。
「えっと、私は本当はバロンの外れの村の生まれなんだ。幻界で育ててもらったけど…元々お姫様、とかじゃないの。だから…皆反対するわ。」
「え?エッジ様ってそんな事気にするの?うるせ~って言っちゃいそう。それに~、戦争だ~って逃げてった、大っきなお屋敷の人達よりすごいじゃん!!」
「う、う~ん。そうなんだけど…」
「そうだ!じゃあ僕のお姉ちゃんになってよ!そうすれば、エブラーナの貴族だよっ。僕んち、お金…ないけど…」

エッジの性格が判っている上に、最後は妙に現実的なくだり。確かに大貴族と言われる家以外は、生活は裕福と言う訳ではないだろう。そう言う意味ではエルの周辺は身分のこだわりはない方なのだろうが、相手が王子ではそうもいかない。
「それに…あと…そう、魔法の国のお父さんとお母さんが心配してるの。だから、会いにゆかないと、ね。それと…ほら、私、エブラーナの文字もまだまともに書けないし、あと…」
「え?漢字ドリル僕も20点。リディア様、エッジ様の事好きなんでしょう?」
一切の言い訳を絶つように、顔を覗き込む少年。
「勿論…好、き、だよ。」
「そう!!よかったぁ。じゃあさぁ、あとはお父さんとお母さんに、元気って言えばいいんでしょ?ね?」

―――確かに、その通りなんだけど…

「じゃぁいいじゃん!!結婚式見た~い!エッジ様とキスしてる所みた~い!」
「エ、エル!!!何言ってるのよ!!!」
耳まで真っ赤になり、思わず出る大声。少年は笑いながら駆け出したが、どん、と誰かにぶつかってしまった。
「前を見て走りなさい、エル。母上が探していましたよ。」
穏やかな声でたしなめるのは、懐かしい声の宮廷魔道師。
「いっけない。じゃあねリディア様!オルフェさん、お母さんどっちにいた?」
少年は立ち上がり、リディアに手を振って走って行った。

「もう、エルったら!!元気な子だなぁ…」

そういえば、と魔導師に向き直る。オルフェの顔を見るのも久しぶりだ。
彼はあの内乱以来、ミシディアとの連絡役の様な立場になり、リディアの傍にいない事が多かった。
「久々だね、オルフェ。仕事は忙しいの?」
「長らくの不在、申し訳ございません。魔導師の引渡しが色々、区切りがつきまして。後は急用はございませんので、御用があれば申しつけ下さい。」
「ううん。何も。でもそうだな。散歩に、付き合ってくれるかな…」

人々が避難していた庭園は、今では手入れされた姿を取り戻していた。
リディアはオルフェを従え、ゆっくりと林道を歩いていた。人々を隠した大きな木が程よく立ち並び、さわさわと気持ちの良い風の音を立てている。
「自然っぽいけど手入れされてて、素敵な所だね。やっと、ゆっくり見られたな。いいね、エブラーナの庭って。」
岩で作られた大きなベンチに腰かけ、足を伸ばして伸びをする。こんな姿勢でのびのびするのは本当に久しぶりかもしれない。オルフェはそうですね、とうなずき、リディアが四肢を伸ばし、ベンチに寝転がる姿を見ていた。
「リディア様…リディア様には、本当にお力を尽くして頂きました―――」
「…どうしたの?」
「いえ…いくらお礼申し上げても足りません―――エッジ様もご不在がちですが、そう言った事を申し上げあぐねている様で―――」

「え…?」
その言葉に思わずリディアは腰を上げた。
「エッジが?何か言ってたの?」
そういえば、とはたと今更エッジの事を思い出すも。戦の後始末の為に、ずっと城をあけていて顔を数日見ていない。
「私がご同行したのは魔導師の処分に関する場所だけですが…いつも、お気にかけておられる様でしたよ。」
「そうなんだ…そう言う事、言ってくれないんだよ。エッジって。」
「まぁ…言葉の至らない所もある方ですから。」

エッジは反乱を鎮めた日から、ほとんど休みなく働いているらしかった。
まず城下の軍事施設に寝泊りし、街の復興の手はずを整えたと言う。派遣されたバロンとミシディアの私兵魔導師達には、国としての礼は出来ないので、エッジ私人の財産を充てた礼を半ば強引に渡したらしい。
エノールの街にも視察に赴き、反乱勢力の残党である盗賊達をこの機会に根絶やしにする為、情報収集に明け暮れている、と。

―――後始末してくるわ。おめーはゆっくり休んでろ。

その言葉だけで何一つ、リディアには知らされていなかった。
「…城を守り通したリディア様の心を煩わせたくない、と言うお気持ちですよ。」
――― 妃を迎えるなら、国の片付けくらい俺がしねぇとな。
――― そうそう、あと幻界にも挨拶行きてぇし。

「妃を、って、そんな…妃、って…」
「リディア様。あなたの事ですよ。あなた以外に、誰がいるんですか?」

「…でも、私エブラーナの人間じゃない…何もないよ。エッジは王子様だよ。だから―――戦が終わったし、ちょっとこのまま居ていいのかな、って。」

その言葉に一瞬、オルフェは目を伏せたが、そんな訳ないでしょう、と独り言にようにつぶやいた。
「いや…大臣達の中には、リディア様には王妃になって頂かないと困る、と言う意見もありますよ。『他国の魔道師』に城を守って貰ったとあっては体裁が悪い、と。しかしそれも賛成の言い訳でしょうがね。」
「そう…なの?」
「ええ…正直な話、エッジ様の真摯なお姿に戸惑いを感じる者もいる様です。殊更女性には軽薄な振る舞いの真似事をしていた方、エッジ様を良く知らぬ方から見れば一体何が、と思うでしょう。まぁエッジ様は元々、思う様にしないとどうにも気が済まない方でしたが…」
畏敬という所ですよ。
その言葉をつぶやき、オルフェはふぅ、と息をつく。大仰にならない様に、慎重に言葉を選んでいるのだろう。
「エッジ様の今のお姿は、ただ思うまま突き進むと言うものではありません。何人も今のあの方をお止めする事はしないでしょう。皆が道をあけております。例え住む国も、流れる時間も、身分も違う恋であっても。ですから、どうかこの国へお留まりください。」
「私が…エッジと一緒に…」

自分が、この国でエッジと共に生きる事。
それを皆がうなずいている。阻むものはなにもない、でも。
「で、でもエッジはなぁ…ほら、オルフェさんも言った様にわがままだしっ…」
「ええ、それは重々承知です。何せ幼い頃からもう筋金入りの」
「おう、何だ。」
いつの間にか背後に立っていた影。
勿論よく知った声だが、恐る恐る振り返る二人。

「エッジっ!!!」
「エ、エッジ様っつ!!!何時、お戻りになられたのですか!?確かまだ…」
やや疲れた表情をしつつも、何処となく無愛想に二人を見下ろすエッジの姿。とりわけ、オルフェに対しては不機嫌な視線を投げかけている。
「ま~あのウォルシアのヤツ、結構金持っててさ…お陰で資金面がカタ付いたからなぁ、早めに戻ったんだよ!!さっさと戻って来て良かったぜ…」

「で、何、オルフェ君?おめ~人のカミさんにさ~あ…こんな林の中で何しようとした訳よ?おっまけに、ぬわにが “幼い頃から我がまま”だぁ~!?ぜーんぶ、聞こえてたんだよ!!」
「ちょっと!!エッジ違うってば!!」
リディアが割って入るも、オルフェの胸元をつかむ。
 
「てめ~まさか…俺のイメージを落とす為に、俺の超恥ずかしい話とかを…まずあれだ、てめーのウラミと言ったら5歳の頃、てめーの妹に…マリーちゃんに無理やりキスしようとしまくった事とか、さらにお嫁に貰う~とか言っててめーと噛み付き合いの取っ組み合いになった事とか、更に13の時に悪いお友達との賭で、一日一回女に告ッてやるとか言うのに乗ったが、しまいにゃ猫のみゅーちゃんにまでふられて30連敗したとか、そんなこっぱずかしい話を吹き込んで挙句の果てに、その喧嘩の歯型がこれだとか言って服脱いで腹の痕見せて、そのままリディアを食っちまう気だったんじゃねぇだろうなぁ!?!?!?」

「全部事実ですが、その様な事言うわけないでしょう!私は若い頃のあなたの様な、そんなセンスもヘッタクレもないヘタレ手段で女性を篭絡しようとは思いません!!」
胸倉をつかまれつつ、意外なまでの反論。
「てめー、俺が女ったらしみてーな言い方すんな!!昔の事、一言でもばらしたらぶっ飛ばすだけじゃすまねーぞ!ばらすなよ!?絶対ばらすなよ!!」
「ええ、例えば言い寄った貴族のお嬢様に、ダムシアンのすっごい宝石を買わされてしまった事とかですね!!言いませんよ!!!その後、王妃様に罰として野良仕事させられてたとかなんて絶対ね!!!」
「言うなよ!!言うなって言ってんだろ!!てめぇ、ま、まさか俺の最大の黒歴史…夜遊びで目立つ為に、電飾付きの羽織と馬の飾りをバロンから特別に仕入れたなんて事は…」
「そ、それは…言ったらさすがに…」
「いや、ちょっとアレはマジで言うなよ…20前のほら、やんちゃだし…」

―――まぁ…いいのかな。何か、仲よさそうだし…

確か、2人は子供の頃からのつきあいのはずだ。
「エッジ様っ!!この際言わせて頂きますが、いっつもご自分が慕われた女性が私に近寄っただけで、何故にこの様な扱いを何時も受けなければいけないのですか!?」
「おめーが魔法なんて言うちゃらちゃらしたのしてっから、エブラーナでは目立ってんだろーがっ!!俺もこの際言うがなぁ、なまじっかいい男だからムカつくんだよ!!この上リディアにも取りいろーってのかっ!?もういい、消えろっ!!」
そう言うとエッジは、リディアの身体をひょいと担ぎ肩にかけ、すたすたと来た道を歩き出す。
「ちょ、ちょっと!!!」

―――オルフェ、ごめんね!!

リディアは遠ざかるオルフェに、両手を合わせて合図した。
「リディア。アイツとあんまり話すな!!あいつは悪い虫だ!!」
身勝手な言葉だったが、旅をしていた頃の様な懐かしさが、何とも心地よい感触だった。エッジの背中に手のひらをあて、小さな声でささやく。
「エッジ―――お帰りなさい。」
エッジは、リディアを担いでいる方の肩に顔を傾け、ただいま、と答えた。
 
 


[101日目のプロポーズ 9]

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プロフィール
HN:
tommy
性別:
非公開
自己紹介:
FFは青春時代、2~5だけしかやっていない昭和種。プレステを買う銭がなかった為にエジリディの妄想だけが膨らんだ。が、実際の二次創作の走りはDQ4のクリアリ。現在は創作活動やゲームはほぼ休止中。オンゲの完美にはよぅ出没しているけど、基本街中に立っているだけと言うナマクラっぷりはリアルでもゲームの中も変わらない(@´ω`@)
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