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先程とはうって変わった態度に、リディアは目を丸くする。
「私に出来る事があれば協力します…皆、親切にしてくれてるんだもん。雇われ魔導師になってもいい。出来る事があるなら―――」
だが、その言葉には、家老はそっとかぶりを振ったのだった。
「若様は、あなた様をお慕いしてございます。そして―――先の戦で多くの命が失われ、今や王家の血を引くのは若様お一人―――」
「え…」
確か先日にも、家老からこの部屋で聞いた事だ。家老は頭を悩ませていた。エッジの命が関わるかもしれないこの一大事に、またその不安が頭をもたげたのだろうか。
「大丈夫ですよ!だって、少人数の反乱だもの…」
先ほどの男の事が脳裏によぎる。
城まで乗り込んだあの男がこの件に関わっていれば、確かに単純ないさかいでは済まないかもしれない。だが、エッジが引けを取る程の相手には思えなかった。
しかし、家老が続けたのは、思いもよらぬ言葉だったのだ。
「…欠片程の可能性でも良いのです…若の子を、宿して頂けませんでしょうか―――」
「―――え!?」
一瞬、その言葉の意味を図りかね、リディアの思考が止まった。
「何を…何を言っているんですか?!」
「可能性で良いのです。そう言った希望を持たせて、若様を足止めして頂きたい。若様が命を惜しく思う様に。待つ者がおれば、若様とて身を無駄にはいたしますまい。」
一歩下がった身体がテーブルに当たり、がたん、と音を立てる。
「何で!?何でそんな事を!?」
思わず口をついて激しい言葉が飛び出していた。内乱が起きつつある時に一体何を言い出すのか。リディアは、恐怖にも似た動揺を覚えていたが、家老の言葉の続きを待った。
「先ほどは濁しましたが…王家としては昔から秘密裏に、廃位の王の末裔を名乗る存在は、噂だけのものではないと確認していたのです。定住の地を持たず足取りの掴めぬ者達ですが、リディア様が見たその男の面、まさに末裔の人相そのもの―――」
―――廃位の王?何を言っているの…?
そうだ、とその言葉を思い出す。あの馬小屋で襲われた時の、女官の言葉。廃位の王、と言う噂を、存在を3人は認識していた。
「その者は刀を奪いに宝物庫へ侵入したとの事。わが国の王は即位の時、王家に伝わる刀を儀式に使います。その者がそれを狙って来たと言う事は―――」
―――刀は頂き損ねたが…
男は確かにそう言っていた。廃位の王の末裔。王位を追われた者の末裔と言う事か。
「その者の蜂起ならば、結局の狙いは若様の命である可能性が大きい、しかしそれを知れば若様のご気性、自ら出向くと言い出すでしょう―――もしこの戦で、いやこの後も、若様にもしもの事があれば―――エブラーナは…若様をみすみす、出陣させる訳には参りません…ですから…」
―――王位を追われた王族が…エッジを狙っている?
「だから…」
だが。だから、何だと言うのだろう。あまりにも唐突で身勝手な物言いに、リディアの声は震えていた。確かに力にはなりたいと思った。だけど。
それはあまりに、自分を、そして大切に扱ってくれているエッジを踏みにじる様な言葉。
「エッジを城に閉じ込めたい!?…それで…私に…エッジの子供を作れなんて言うんですか!?ひどい―――!!」
全身が徐々に意味を理解したのか、指先が震えだし、足元から揺れる様にリディアは身体を崩して行った。
「私、エッジとそんな事1度もない!!本当に何も無いんです!!別に恋人って訳じゃない、それなのに―――!!」
「な…んですと…?」
意外な言葉に、家老は目を見開いたのだった。幼くも見えるリディアに対し、エッジが慎重になっているのは判っていた。だが、2人の間には既に、通じているものがあると思っていたのだ。
「本当に…エッジは…別に…」
「リディア様!!」
不意に倒れかけた身体を支える手が伸ばされ、後ろからオルフェの声が激しく家老を叱責するのが聞こえた。彼が入った事も気が付かない程、切迫していたこの部屋。
「家老殿、あなたは―――あなたは、何という事を言われたのですか!!」
―――何で…?
―――何で、そんな事言うの?
意識が次第に朦朧とし、瞳から、とめどなく涙が溢れ出す。
「…大丈夫…大丈夫だよ。大丈夫だから…」
だが、オルフェに支えられ、リディアは目を閉じてソファに倒れ込んだのだった。
一方その頃。
「ねぇ、カレン。」
「な~に?伝令ならちゃんと別館にも伝えて来たわよ!」
騒ぎなど露知らずの女官二人。カレンは衣裳部屋を占領し、貴族用の着替えの中から、小さい物を見繕っている、
「…随分の、張り切り様ね。面倒な事大嫌いなあなたが。あの紙も…」
アイネが通った王族フロアの幾つかの仕掛けに、『触るな危険』と張り紙がしてあった。明らかに、最も無骨な女官の手書き文字。
「王族フロアはお怪我も命の危機もないものばかりでしょう?まったく…大体あなたの字、見本になる様なものでもないわ。本当、お習字をやりなおしなさいな。」
「いーじゃないのよ!!書くもんはあんたが全部やればいいのよ!!どの道、リディア様はしばらくいらっしゃる様だし…着替えを幾つか用意しないとね。仕掛け扉の位置も覚えて頂いて…お肉が苦手と聞いたから、台所番に伝えとかないと。」
やれやれ、とアイネは床に放り出された用済みの大きな服に手をかける。
「リディア様は、エッジ様とはどう言う仲なのかしらね…」
「…どうって…何よ??」
「あ、いえ…そんなに深い関係がある様には見えない、って事よ。」
「見て判るじゃない。何だかもどかしいわね。ったく、初恋でもあるまいしねぇ。」
リディアがこの国を訪れた日。
『恋人』が来た、と先走って余計な用意をした女官2人は、こっぴどくエッジに叱られる羽目になった。
―――俺とアイツはそーゆうケガラワシイ関係じゃねぇ!もうあんな事するな!!
―――ジィの勘違いは治らねぇ。おめーらがアイツの面倒見るんだぞ!!
―――この国にいる間中、ずーっと、ずーっとだ!!
何が汚らわしいだ、と小さく鼻を鳴らす。
「15の誕生日の夜から、貴族の娘取り替えて、楽しく過していたのはどなただか…」
「それは全く持ってその通りだけど、言葉が過ぎるわよ。そうじゃなくて、心配してるの!!あの方が、エッジ様の事をどう思っているのか気になって。足止めにお困りだったら、悪いわ。」
まぁねぇ、と息をつく黒髪女官。
「…私は命を助けられたし、エッジ様を応援したい、それだけかな。」
「同感。恩のある方にお遣えするのはこの国の流儀よね。」
真剣な様だからね、とにやり、笑う女官達。
「満場一致。あなたと意見が違っちゃいけないからね、カレンお姉さま。私、台所手伝ってくるわ。」
1人になった部屋の中、カレンが窓の外を眺めると、城下の軍事施設に明かりが灯っているのが目に入る。あの建物に活気があるのを見るのは、いいものではない。
「それにしても…エッジ様が結婚、ねぇ。」
リディアがエッジと通い合うものがあるのは判る。けど、まだ形のある物ではないだろう。
散歩の途中、リディアはこんな事を言った。
―――この国に来た夜ね、エッジが、結婚するって喜んでいた夢を見たの。
―――でも、夢って話すと正夢にならない、って言うから、エッジには黙ってたんだ。
―――だからきっと、いいお嫁さんが来るんだよ。きっと―――
その夢、が本当かどうか判らない。
『恋人』と勘違いされている空気に耐えかねたのだろうか。
―――嫌な思いをさせてしまったかしら。いや、そんな事は…
「…エッジ様?」
目を落とした薄暗い中庭の隅で、大きな置石にエッジが一人腰掛けている。裏手から一人で帰って来たのだろうか。
一瞬、息をつく様にその肩が大きく下がった。
―――エッジ様…
エッジはわずかにそこに留まると、何時もの静かな足取りで表玄関の方へ歩いて行った。城の中からは、台所番の騒がしい声が聞こえている。女官達も早く帰る為、夕方の仕事に精を出し、駆け回っていた。何も変わらぬ、夕刻の光景。
たった一人になったエッジが、必死で自分を奮い立たせている。
誰にも伺い知る事のない場所で―――
また、戦が始まるのだろうか。
ルビガンテとの戦で意気消沈し、やっと立ち上がりかけたこの国を、一体誰がどうしようと言うのか。しかし、片付けるしかない。争いの火種は、始めは何時も小さい。だがそれに目をそむけ続ける限り、何処までも大きくなり追いかけてくる。父と母を亡くし、仲間とも離れ一人国を背負う王子。願わくばその片手だけで、払える火の粉であって欲しい。
しかし、むざむざと卑劣な手口を見せ付けた者を、侮る理由は何処にもない。
―――エッジ様一人では、国を背負うのには脆い…
―――隣に立てる方が、ここに来たのは…ただの偶然かしら?
どれ程大きな力を持つ人間でも、一人で何処までのものを背負えるだろう。
アイネが言った通り、エッジの期待だけなのかもしれない。リディアの心は判らない。確信など無い。ただ、小さな客人とこの国の王子は、やってきた嵐に既に手を取り合って互いを支えあっている。それがはっきりと見えるだけだ。
「翡翠の姫--――どうか、この国に希望を―――」
密かな忠臣の呟きは、一人玄関をくぐるエッジへ、そしてベッドで伏せるリディアへと願いとなって注がれて行くのだった。
翡翠の姫君 完
再び四人はチョコボに再び乗り込み、急いでエブラーナ城を目指した。
今頃エノールの街では交渉が行われているはず。動きがあれば軍が出る可能性もある。城下を移動するのが困難になるかもしれない。無いならないで、エッジが城に戻るかもしれない。
いずれにしても、城を抜け出たのが知られれば、全員大目玉は必至だ。
エブラーナの城壁が近づき、ふとチョコボの背で、後方でほんのわずかな軋みを感じた気がした。
―――風かな?
振り向いたが、何もない。そのまま城下門近くまで来た時、振り向いたカレンが声を上げた。
「リディア様…あちら、エノールの方角です!のろしが上がっております!!」
「え!?」
西方から、かすかに煙がたなびいているのが見える。エノールの方向にある小さな山に、一筋に伸びる黒い煙が上がった。
『有事の際は、のろしで合図を送る―――』
各方面への緊急伝達。何かがあったに違いないのだ。
「皆、降りて!!ここからなら城へ帰れるから!!」
チョコボを幻界に帰還させると同時に、リディアは短距離の時空移動呪文を詠唱し始めたのだった。
「―――デジョン!!」
一瞬の歪みと共に、四人は姿を消した。
その頃。
城の中庭では貴族の子供達が遊んで居ると言う、全くいつもと変わらぬ光景があった。
ふと、庭師の男が空を見上げた時、上空に薄くなった黒い煙を目にとめる。
――― 何だ、何処かで火事でも起きたのか…?
だが、煙は上空に延び、遥か遠いのが伺える。問題のある事ではないのだろう、と再び作業に入ったのだった。
♪どーんなお化けが出るかな
からかさ一つ目ろくろっ首♪
「鬼だーれだ~」
「ぎゃあぁっ!」
「うわぁっ」
「きゃっ!!眼鏡が!!」
四人が落ちたのは、そんな王宮の中庭。しかも運悪く、子供達が輪になって遊んでいる中だった。リディア以外は見事にバランスを崩し、重なって倒れこんでいる。
「何だー何だー!?」
「すっごーい!人降って来た!」
子供達はいきなり輪の中に現れた四人に集まり、物珍しげに眺めてるも、身動きが取れない侍従3人。
「ねぇねぇ、どうやって落ちて来たの!?」
「アイネ~、眼鏡落っこちたよ!はい!」
「あれー、カレンじゃん!!」
あっちへ行け!とアイネとオルフェの下敷きになりながらも怒鳴るカレン。しかし子供達は騒ぎを聞きつけ、次々に集まって来たのだった。
「おい鬼婆カレン!!立ってみろよ!!」
「髪引っ張ってやる~~!!」
そんな中、リディアの顔をしげしげと見るのは、見慣れた少年。
「あ、リディア様だったのか~~!びっくりしたぁ!!」
「…あ、ああ、エル!ごめんね、びっくりさせて。」
エルが”翡翠の姫”とお話した、と言っていたのが本当だと判り、にわかに子供達は色めき立ったのだった。
「えっ…って事は…本当だ!翡翠の姫様だ!!」
「ねっ、本当だろ!!嘘じゃないだろ!!」
やっと立ち上がったカレンとアイネは顔を見合わせ、急いでリディアを連れて城に向かおうとしたが、既に遅い。庭師や通りすがりの兵士も、何事かとこちらを見ている。
「翡翠の姫…!?」
そして、リディアの事を、エッジと親しい旅の魔導師と勘違いしていたオルフェも。
―――あの方…そうじゃないか?
―――いらしてたんだ…本当に!!
「…リディア様…が?あの歌の…翡翠の!?」
「参りましょう、リディア様!」
女官達はうろたえるオルフェを置いて、リディアの姿を隠す様に城へ入って行った。
騒ぎから逃れ、エッジの自室に戻るまでにも、若干、伝達の者の動きがあった様だ何やら色々と、キナ臭い匂いの漂う状況である事に間違いはない。しかしそんな中、オルフェはただひたすら頭を垂れるだけだった。
「申し訳ございませんでした!翡翠の姫様とは存ぜず、大変なご無礼を…!!!」
「あの…気にしないで。何もしてないってば…私は立場的には、バロンの非公式な使者なんだ。だから…エッジの恋人とか…」
そんなじゃない、と、口に出すのは、何故かためらわれる。エッジの英雄談は、今は物語の歌となってエブラーナに広く知られているのだ。
共に戦った、心優しき月の民の聖騎士・誇り高き孤高の竜騎士・美しく気高き白魔導師。そして、清廉なる幻界の―――翡翠の姫君。
その一人を目の前にして、敬服するのも無理はない。正体も知らない最初の最初に、中々の失態を犯した女官2人はともかくも。今は取りあえず、自分とエッジの事実はどうでもいい事だろう。
「それより、外はどうなっているんだろう…」
部屋に戻り、大分過ぎている。様子を見に行ったカレンが戻った。
「城下の軍事施設に兵士が集まっている様子です。民の間に混乱はありませんが…」
「そう…」
いずれにせよのろしが上がる程の事が起きたのだ。軍も動いているのはあまり良い変化ではないのだろう。今日皆で外に出た事はエッジには内緒に、私がこっそり、少しの時間で帰った事にしておいてね、と3人に約束をした時、ふと、廊下の方から微かに足音が響いた。
「おや…誰か、いらしたようですね。この足音…エッジ様ではないな…」
オルフェの言葉に三人は一瞬、身構える。否が応でも高まる緊張感。城の中とは言え、先日の様な目に遭わないとは限らない。
しかし―――
「…家老さん!?」
「―――や、失礼致しました!!誰も居ないと思いまして!!」
ノックもなしに入ってきたのは家老だった。
「はて、リディア様。他の者達も、何時部屋へ?お調べ物があると、城を回ると書き物がありましたで。このじいめ、探し回っておりましたのですじゃ。」
やれやれ、と家老はソファに腰掛ける。エッジの居ない時は、こうやってくつろいでいるのだろう。
「年を取ると、どうにも…」
「ごめんなさい、探させてしまって…あの、実は…生活用品を買いに行ってたんです。その…プライベートなものなので、どうしても私自身で…」
流石に外へ出ていたとは言えない。
「なんと!!その様なものはどうにでも、この者達にお申し付け下さいませ!!い、いや、女性の身とあらば、確かにそう言うのも判りますがのぅ…ですが…それではあまりにも…」
「は、はい…以後はそうします…」
しかし家老は、はたと気が付いたようにリディアに向き直ったのだった。
「いえいえ!!そうではありませぬ!!実は此度の騒ぎ…思ったより大事に至りそうになりましてな…それをリディア様と、侍従の者達に伝えようと思い…」
「え!?」
その言葉に、リディアだけではなく、四人が一斉に声を上げたのだった。
エノールの方からのろしと花火が上がった。交渉決裂だけでなく、武力衝突の起きた合図だという。
いずれ混乱が起きるのが避けられないのなら、城に留めてしまったリディアにも、心配させないように出来る限りの情報を伝え、身の安全を確保させて欲しい、と言うエッジの考えだった。
「先ほど、通信用の鳩が戻ってまいりました。それを見た若様と将校の面々は、急いで先発隊出陣の手配を…状況次第では、若様ご自身の出陣も…」
それを聞いて、今度は侍従3人が声を上げる。
「何ですって!?エッジ様が自ら!?そんなに大事に!?」
「王族が自ら出陣とは…相手はどの様な!?」
交渉が決裂したとはどう言う事だろう。少数とは言え精鋭の護衛がお互い居るのだ。そもそも交渉と言っても今回は互いの言い分を持ち帰る、と言う範疇のはず。先方が交渉を望んで来たのだから、いきなり決裂するはずはない。
「うむ。仔細は判らぬが…反乱の首謀者が、あの…廃位の王の末裔、王家の血を引く者だと名乗った事…軽んじる事は出来ぬと若様は言われておる…」
「廃位の王の…」
―――廃位の…王?
何処かで聞いた言葉だが、何処だっただろうか。リディアは黙って、固まった三人と家老の顔を見つめるだけだった。
「もし事実なら、大事じゃ。城の兵だけでかたをつける問題ではない…若様御自らが出られる事になろうと、徹底的に制圧せねばならぬ。今、全力でその男の情報を集めておる。しかしまだ…確認が取れないのじゃ。今の小競り合いごときに若様自らが動かれれば、事が大きくなるからの…」
「急を要する事態かもしれないが、今はエッジ様が御出陣されるには早い…と言う事ですわね?」
アイネの言葉に、家老は頷く。
室内の空気が静まり返った。
「アイネ、カレン、オルフェ。城の中の者達に伝令を。城内の警備を厳重にせよと。」
「はい!」
三人は一礼すると一斉に部屋から駆け出して行った。
「家老さん…あの…」
高鳴る胸を押さえて、リディアは言葉を絞る。
「私に、何か出来る事はありますか?帰れる状態じゃないから…手伝いを…」
家老がエッジを案じる心には、並ならぬものがあるのはリディアにも感じ取れた。ましてや、得体の知れない魔力を操る敵。
「リディア様…若様をお留めする為、あなた様からもお言葉をお願いしたいのです…」
「…留める…エッジを、ですか?」
そう言うと、家老はソファから降りリディアの前に深々と頭を下げたのだった。
「家老さん…?」
「―――リディア様、この家老…恥を忍んでのお願いがございます―――」
[翡翠の姫君 10]
目を覚ました時、エッジは既に居なかった。
最もリディアはリディアで、今日は少々思う所もあり。メモをテーブルに置くと、軽く伸びをしたのだった。
『 カレンさんとアイネさんへ。
今日は一日、ご飯は大丈夫です。
調べ物をしたいので、お城を色々回っていると思います。
戻らなくても心配しないでね。
絶対、お城から出て外に行ったりしないから
リディア
』
―――これで、よしと…
朝食を済ませた後、先日の女官風の服に着替え、先日の洗濯物袋にいくつかのアイテム、旅用のローブ、小ぶりの杖、少々のおやつなどを包んむ。
―――この袋、結構使えそうだな…
そのまま洗濯の女官のふりをして中庭を通り過ぎる。
誰もリディアを気に留めていない様子だった。女官用の出口に近づくが、そこには兵隊が立っている。城壁一枚なら時空魔法のワープで超えられない事も無いけど、と引き返そうとした時、後ろから声をかけられたのだった。
「ちょっと待ちなよ!!」
振り向くと、先日の洗濯部屋であった太った女官。
「あんた、何してんだいこんな所で!!!」
明らかに怪訝そうな顔をしている。しまった、と固まるリディア。
「あんたも早番だったのかい?でもさぁ…もっと上手くやれないの!?」
「へ!?」
「その袋!!どう見たっておかしいって言うんだよ!!」
女官が背負っているのは小さな籠。本当は大きい籠だが、大きな女官の背中には小さく見える。一見ゴミを外に捨てるに見えるが、下の方からほんのわずか、甘い匂いがする。よ
くみると、紙ごみに包まれた箱から、先日自分が食べた茶菓の残りが。
「あまりモンってのはこうやって持ち出すもんだよ!まぁいい、後ろついてきな。」
黙って女官の後ろに付くと、兵士はお疲れ!と声をかけ、あっさりと門を通したのだった。
「全く、あれが城の兵とはねぇ…これじゃ財宝だって持ち出せるよ。いや、これは食べ残しよ?別に盗んだ訳じゃないよ?」
それは、よく判っている。何せ自分の食べ残しだ。
「うちだってさ、将校のお家~、とか言われても、結構内情は散々なんだから…お陰で、私は一生洗濯女だ。ま、楽しいからいいんだけどね!!」
どうやら、この女官はそれなりの身分をもつ将校の妻であるらしい。
「あれ、あんた、アイネとカレンの下っ端だったよねぇ。名前は?」
「ありがとうございます!えっと…リ、リディ…いえ、リーアって言います!」
「あたしはゴモラ!!気をつけなよ!」
浅黒くたくましい腕を軽く上げ、180近くあるであろう巨体の女官は家路に着いた。その背中を見送りながらつくづく思う。
―――何だかここの女官さん、たくましい人多いなぁ…
最も、彼女は遺伝子的に逸脱したたくましさ。一体、どこの将校の奥方なのだろうか。
そして誰もいなくなってから、道の隅に手荷物を置き、旅用のローブをはおり、ロッドと鞭を腰に差した。そのまま一番近い、小さな夜間用城門へ向かう。
幸いにもまだ兵士がおり門は開けられていた。
「間もなくここは閉まるから、帰りは正面城門へ回る様に。」
兵士はリディアを一瞥し、小柄な若い娘を特に疑う様子もなく外へ出したのだった。
―――脱出、成功!!
ごめんね、エッジ。
心配をかける事は判っているが、どうにも腑に落ちない事が多い。先日馬屋であったあの男は、移動魔法で姿を消した。近くに仲間がいたのだろうか。それとも、バロンで使った魔法陣の様な物を作り出したのだろうか。
もし自分達でそんな仕掛けを作り出すなら、力を持った魔道師が数人は必要だ。数日前降り立った農村の女性が言っていた人影は、あの男の仲間だろうか。だとすれば、まずは近隣の様子を見てみたい。
相手が魔法を使っているのならば、それを察知する感覚はある。少なくともばったり出くわして危ない目に遭う事は避けられるだろう。
城壁から離れ人の居ないのを確かめると、静かに呪文を詠唱し始めた。
「―――出よ!!清き森の力を持ち大地を駆けるもの!!」
ぼんっ!!と音がして、黄色いチョコボが姿を現す。大きな瞳をくるくるっと動かし、リディアに向き直ると、その背を差し出したのだった。
が。
「まぁこれがチョコボ!!」
「初めて見た!!可愛いわね!」
「大陸に居ると聞きましたが、本当に大きいですねぇ…」
――― あ… …
チョコボはリディアの後ろに目をやり、2,3声の挨拶をする。
誰も居ないはずの後ろから、明らかに女官と魔道師の声がした。
―――振り向きたく、ないな…
「って、リディア様!!お城をお抜けになってはいけないと、エッジ様からのお達しですわよ!?」
「ご…ごめんなさい…」
カレンの大きな声に、後ろをむいたまま縮こまる。
「エッジ様が出陣かと言う時に、リディア様まで城を空けられては困ります!!」
「はい…」
一瞬、自分が城に居る理由を感じあぐねたが、城主がすわ出陣か、と言う時に外に出るなど確かに身勝手だ。
「お一人でこの様な事をするなど…何か、気になる事がおありなのでしょう?!」
「カレン、落ち着きなさいな…でも、リディア様。そう言った事は我々にお命じ下さいませ。お仕えしている意味がございませんわ。我らでは、力及ばぬかも知れませぬが…」
「そんな事ないよ!!」
振り返るリディアに、三人の顔に安堵の色が見える。
「…心配かけて、ごめんなさい…」
城の外に出るのは危険なのは判る。
でも客人とはいえそれなりの魔力を持つ身。城の中で安穏と過ごして居たくはない。優しくしてくれるエブラーナの女官や家臣、そしてあの自信家の王子様の為、あくまで客の立場を守りつつ、判らない様に行動しなければ。
―――なのになぁ…早速、見つかってしまったよ。
「リディア様。我らの力が本当に及ばぬなら、援護の者が必要です。城に残る忍者もおりますわ。とにかく、お一人で行かせる訳には参りません。」
「えっと、あのね、…魔力とかそう言った物を、調べようとしたの…ほら、あの襲ってきた人、魔道師を連れていたから、何か跡がないかな、って…」
リディアは、自分がエブラーナに来た時の事や、魔導師社会の基本的なルールの事について説明したものの、いまいち文化の違いもあり、女官たちには伝わってはいないようだった。
カレンとアイネは、オルフェの更に判りやすい説明を聞きながら、何とか理解した様子。
「…つまり、その…移動用の魔法陣というものを作って…また城内に入る事は出来る…と言う事ですよね?」
「なぁる。ほら、城門や城壁が邪魔だから、地下トンネル掘って潜入する様な感じかしら?それ、見て判るんですか?」
「そのものは眼では見えないけど…空気が違うと言うか、魔力の無い人でも違和感は感じると思う。それに、いわゆる…魔力を使って焼き付けるイメージだから、結構跡が残るんだ。かなり目立つ方法だから、お城の中に直接は来ないとは思うけど…心配は心配だし。」
―――クエッ!
チョコボが相槌を打つ。
「まぁ、可愛い!!」
「乗れるのかしら。乗ってみたい…」
「2人とも、無理を言ってはいけませんよ。私もそれは、もう、とっても乗りたいですが…」
三人の目は、既にチョコボの方を向いていた。
どの道、この三人からはもう逃げられそうにない。もっとも立場的に3人は自分を力づくでは押さえられないだろうし、なら1人で外へ出させたよりも、お供した方が自然ではある。
どのみち、ばれたら大目玉は必至だけど。
「皆で行こうか…周辺を散策して、すぐ戻ろうね。」
「はい!!」
もう一匹チョコボを召喚し、二手に分かれて乗り込んだ。
成鳥のチョコボは大人2人なら軽く乗せられる。手綱をつければ早く走れるし、速さも軍馬の比ではない。行こうと思えば数時間しない内にエノールの街にも着くだろう。背に簡単な手綱を付け走り出すと、三人は初めて乗るチョコボに興奮している様だった。
「すっごーい!ウチの甥っ子も乗せてあげたいわ!」
「あれ、甥っ子って、おねーさんとこの子??まぁ気持ちいいわねぇ~!!飛べぇぇぇぇえ~~~!!!」
「わ、私はこんなに早いと…想像以上です!!」
リディアの後ろでは、オルフェが青い顔をしている。
しばらく走り、大きな岩の前でチョコボは足を止める。
「ここは…何か、ありますね。」
チョコボの羽にしがみついていたオルフェが、ようやく口を開く。
「この地面の荒れ…移動が出来る位の力は溜められていたかも。嫌だな。」
チョコボから降りたアイネは、背に乗ったままのカレンを見上げる。
「ふかふか~~~あ~~気持ちいいわ…」
「ちょっとカレン…降りなさいよ…」
リディアはロッドをかざし、残った魔力を消してゆく。
オルフェは、その鮮やかな手先に息を飲んだ。
勿論彼も、中級魔法を使いこなす国内ではエッジのお墨付きの魔道師ではあるが、基本的な訓練を受けたベースが違いすぎる。
エブラーナ城周辺には幾つかの魔力跡が残されていたが、いずれも不完全な出来であと少しもすれば力を失う残骸程度の物で、誰かがワープする為に使ったとしても、もうその力は無いだろう。
昼時、四人は木陰に布と弁当を広げ、昼食を取る事にしたのだった。
「あの様な移動用の陣を作れる、と言う事は…相手は優秀な魔道師と言う事なのでしょうか?」
オルフェの問いに、リディアは一瞬首を傾げたものの、小さく振る。
「ううん…作りも荒かったし、それなりの魔道師が数人いれば出来ると思う。ただ、ああいったものははミシディアのデビルロードの応用技術だから…作り方は私も知らないんだけど…何故こんな所に…」
「一体何の為にその様な事をしたんでしょうね?こんな所にこっそりちっちゃな通路?みたいなのを掘って。馬を襲うのが本当の目的なら、ちょっと趣味悪いわ。」
カレンの言葉に、う~んと更にリディアは首をひねった。
確かに、疑問に思っていた。こんな所に魔力を溜めて仕掛けを作った理由。周辺に魔導師が移動したに間違いない。先日の城内工作の為だけだろうか?だが、鉢合わせなければ自分達に危害は無かった。
軍馬の血を抜いたのはいやがらせにしては意味がなく、たちが悪い
他に何の為に城壁の中に入ったのだろう。宝物庫に押し入ったとも聞いたが、馬を襲って物を盗んでどうするのか。あの男が内乱の関係者なら、町で行われている交渉や戦闘準備に力を入れればいいし、わざわざエブラーナ城に入り込む理由は無い。
「あのウォルシアとやらがもしエッジ様を狙ってるなら、別にエッジ様が来るかどうか判らないのに、外の街でまだるっこしい話し合いしなくても…一体何がしたいのかしら。」
「…だよね…もしこの内乱を起こしたのがあの人なら、一度城にまで入ってきたのに、隣の町で話し合うって何がしたいのかな…」
色々な意見が出るが、今ひとつ噛み合わない。
ふぅ、と息がもれる。明日はエッジに外出の許可を貰わなければ。もうこの際、護衛を引き連れる事になってもかまわない。思ったより癖のある敵だ。
「それから、リディア様。」
カレンがふと厳しい口調でリディアに向き直った。
「は、はい…」
「城の外には行きません、ってお書きになられれば、出る、と言う様な物ですわ。窓から見えて良かったわ。あわてて、後を追いまして。あれで我々の朝食が、何時も通りの時間だったら…」
それを見かけたオルフェが、2人の後を追って集まってしまった4人。
「…あなた達が朝食のプレートを持ちながら中庭を走っていたのは、その為でしたか…」
「仕方ないでしょう。でも、いいお弁当になったでしょう?」
そう言う事か、と納得。
道理で、ご飯まで持って来るなんて用意が良すぎると思ったのだ。