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ちょっと待ってて下さいね…今ブログ生き返らせますので…(涙)
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「う~ん…三秒以内にウソです、って言ってただろ、いつも。困らせんなよ…」
こりこりと鼻っ柱をいじりながらエッジは顔をしかめているが、困らせられているのはこちらの方。エッジも無神経にその様な事を言う人間ではない。それは判っているんだけど。

「…だってさ。さっき…『奥さんを迎える時は段取り踏んで…』って言ったよ…」
「あ~…ごめん、今は例外って言う事で…いや、だからさ…それに関しては、今すぐ急いでどう、ではないよ。ただ―――」

―――例外…言うに事欠いて…

「ほら、ウチの民はさ、どーも変な歌に影響されて、お前を魔法の国のお姫様みたいに思っているみたいなんだ…えっと…だからお前が俺と一緒にいて、それ見たら結構元気出るんじゃねーかと思って。民が、そう民民。」
「えっと…つまり、私が翡翠の姫君役になれば、皆の心の助けになれるのかな…」
「ま、そう言うところ…だな。」
そう頷きつつも、心なしか少し、エッジの表情は曇った様子。勿論理解した上での、リディアなりのさっきのいきなりの仕返しのつもりだったが、思ったより『効いた』様だった。

「ただ、その…この戦が終わったら考えてみてくれねぇか?」
「えっと、ほら、いまは…戦、だよね…」
返事にならない返事ではあったがこくり、とリディアはうなずき、二人は再び食卓に着いた。
「う~ん。とりあえず、今はそのお姫様になってもいい、かな。感謝してね、エッジ。」
「ああ、王子様の愛で、一生かけて返すからな。」
「一生もいらないよ!!」
頬を膨らます小さな頭を、テーブル越しにエッジの手が軽く叩く。

小さな内乱ではあるが、エッジは一国を背負って死を覚悟しなければいけない立場になった。現時点唯一の王族。正直な話、家老といいエッジといい身勝手な物言いとも思うが、それでも『翡翠の姫』が降臨してエッジの勝利の女神となるなら、その役目を負いたい。小さい国だからだろうか、どうにも放って置いたらあまり良い事にならない様な雰囲気。後の事は、後の事だ。

「…どうして、王には王妃が必要だと思う?」
「えっ?」

いきなりの、エッジの問いかけだった。
「いや…いい加減な事言うとさ、王様が一番偉くて、子供だけ作って王家を繁栄させてって…だったら、たった一人の妻とか、どの女が一番かってのを決める必要はないよな。でも、世界中どの王族でも正式な夫婦としての王と王妃がいる。」

言葉の真意がわからず、リディアは黙って頷く。

「必要だからさ。まぁ親父の受け売りだけど…どんなに王や女王が有能でも一人の人間である以上、限界がある。二人なら、発揮できる力は全然違う。俺もまぁ…結構華やかな時もあってさ。いよいよまぁ、ちょっと問題っつぅか…ね、起きちまった時…親父に言われたんだよ。飾り物の様な娘達にうつつを抜かすお前では王にはなれない、それが判ったか、とか何とか。」
言葉を続けながらエッジは、リディアの皿に残った小さな肉をつまみ上げる。
家老の言っていた、婚約者の話だろうか。半ば濡れ衣の様な醜聞なのだろうが、エッジの日ごろの行いがそう弁解する事を許さなかったのだろう。
 
「最初は意味が判らなかった。でも、実際親父もお袋も居なくなって、仇討とうとしたら返り討ちにあっちまった。それでお前らに会って。俺も一人じゃたかが知れてるって…何となく、親父が言いたかった事判って来た様な、そんな感じでさ。」
お茶を飲む手が自然と下に下り、リディアはその言葉に引き込まれていた。
「俺だって王子様さ。正妻希望の縁談は日照り気味だけど、なーんの公務もねぇ気楽な御寵妃になっていい生活したい…そんな女はいくらでも寄ってくる。最近28件断ったよ。でも俺、そんなのいらねぇ。うっとおしい。」
「ご寵妃?何それ?お仕事?」
「ち、違う違う!!えーと…お偉いさんの彼女だよ彼女!!ったくよぉ、大体俺が何時彼女募集したってんだよ…どいつもこいつも余計な世話焼きやがて…」

仕事と言えばそうかもしれない。身分の高い人間の遊び相手になる代わりに、面倒を見てもらう。ただ、リディアには聞かせてはいけない言葉だった、と慌てて話を変える。

「だから…おめーとなら、そんなんじゃなくてちゃんとしたふ、フウフ…いや、アレになれんじゃないかなって、ずっと思ってたの!!俺の、その、勝手なアレだよ!!!」
「に…28件…」
エッジの熱弁にも、リディアの関心は別の所に向けられているご様子。
「そこかよ!!まったく…らしくねぇ事言っちまった。最後だけ聞いてくれりゃいいよ。」

だがしかし。あ、と声を上げ、首を振るリディア。
「でも私、エブラーナの文字読めないよ!!!」
「あのなぁ…そう言う細かい事は全部面倒見るから!漢字ドリル用意するから!!って言うか、ウチの国だって半分は共通語だから大丈夫だよ!!」
はて、と首をかしげたまま動かない小さな顔。
しばらくの間、王族としての仕事をする。そこでリディアの思考はとまっている様だった。
「う~ん…で、エッジ、私どうすればいいの?えっと、何か今日明日からやる事ってあるの?」

「そだ、な。カレンとアイネ…あと、まともな奴が必要だな…オルフェにも手伝って貰うか。」
「ま、まともな人って…」
やはり、あの女官二人はまともではなかったのか。
「ところでさ…あいつ、おめーの好み?ガキの頃から知ってはいるんだけどさ、結構、オンナに騒がれてんだぜあれでも。ヤサ男だから、ちょっと気にくわねぇ。確かに大陸ならあいつの方がモテる系の顔かもしれねぇけどさ、でも俺とアイツが同じ位っておかしくねーか?どーみたって俺の方が…」
「ちょっ…そんな事言ってる場合なの!?」
呆れながら、リディアはエッジの皿のあらかた残されたグリーンピースを掬い取った。

「あ~ん、ってしてくれたら全部食べる。」
「バッカじゃないの!?」

あえなく撃沈した様子。
「う~…ま、あいつらだけにお前の面倒見させるわ。それで…明日、本格的に 兵を動かし始める、まぁ結構特別な日になりそうなんだ。」
「…そうなんだ…」

内乱の現状は、言葉以上に緊迫しているのだろう。
交渉の場所が爆破された事で、もはや話し合うと言う方法はなくなり、軍の中でも兵を増やし一気に殲滅を、と言う声が高くなってきたのだ。そして王の血を引くと名乗る者を自らの手で捕らえたい、と言うのはエッジの望みでもあった。
 
それでな、とエッジが、若干言葉の調子を整える。
「明日、俺が城に帰って来たら、玄関の迎えの間で俺の刀持ちしてくれないか?」
「刀持ち?」
「そ、玄関で、俺の刀持ってくれ。」
はて、と、昔読んだ本の、遠い異国のチョンマゲ殿様の後ろに控える刀持ち少年を思い出すリディア。 刀を持ってエッジの後ろをついて行くと言う事だろうか。
うんうん、とエッジは頷き、簡単だろ?と言いながら顔を覗き込む。
「ほれ、王族にありがちなさ。どーでもいい事をおおげさにやって、権威見せてやろう的なもんだよ。まぁこーゆうのを下に見せると、『緊急事態』って感じするだろ?」

元々エブラーナの宮廷儀礼は簡素な物が多く、他国では王の帰りは兵総出で迎えるのに対し、この国では玄関を守る兵だけが出迎える、と言う程の差だった。

―――でも…それに、私が出ていいの…?

「判った…とにかく、二人に聞いてやってみるね。」
その言葉に、わずかにしてやったり感を出しながらも、エッジは頷き席を立ったのだった。
「?」
「おし。決まりだ。ああ、食べ終わったら、ワゴンは廊下に出しといて、先に寝ててくれ。じゃ、おやすみ。歯磨き忘れんなよ。」
サラダをほおばる頬におやすみのキスをして、そそくさと部屋を出てゆく。
「全くっ…」
お出迎えとか刀とか、色々考えている様だ。随分急いでいたけど、あの二人と何を話すのだろう。
―――まぁ…エッジに任せておくしかないか…
サラダの大皿を抱えながら、リディアは最後のレタスをかき集め、ほおばった。

部屋から出たエッジに、音も無く近づいてきた影。
若き近衛兵トマス。先日の襲撃の際、リディア達の元に駆けつけた青年だった。
「トマス…調べついたか。消えた連中は、どの位だ?」
「はい…商業に縁のある大貴族の当主は、交渉施設爆破の情報が入った直後、ほぼ全員国外に出た様です。」

想像通りのその言葉に、くそっ、と短く吐き捨てる。
「情けねぇな。貴族のくせに国を守ろうなんて、思っちゃいねえ…もういいさ。こっちは都合よくできる。明日、出迎えをするから、近いのには知らせといて。」
近衛兵は一礼し、すばやく立ち去った。

そして夜は更けて行き。当然のことながら、エッジは部屋に戻る事は無かった。
夜着に着替えたリディアが一瞬、魔力的な軋みを感じた時、机の上に置いたペンが、にわかにカタカタ…と音を立てた。立ち上がり、紙を横に置く。するとペンは一人、つらつらと魔導師の文字を連ねて行った。
高等魔導師同士の連絡手段である、筆魂の術。それも、魔導師の中でも最高峰の位を持つ『聖人』の筆だ。その辺の魔導師に妨害できる物ではない。

「ローザ…」
リディアは、かつての戦友であり、バロン王妃に戴冠するその女性の名を呼んだ。家老の来訪の後に書いた筆魂の手紙、海を隔て、魔力的な土台の少ないエブラーナでの術には不安もあったが、ローザには無事届いた様子。


『―――リディア

手紙をありがとう。無事そうで安心したわ。

実はエブラーナ内乱の話は、ミシディアには既に知られています。
そこからこのバロンにも、昨日情報が入りました。魔導師が加わって
いると言う事で、長老はじめ魔導師組織も動き出した様です。

話を聞いた限りでミシディアに分析を依頼しましたが、、反乱勢力の魔力の
使い方は、独自の魔力訓練で攻撃魔法を培った感があり、基本的な部分を
習得していない非常に危険な使い方、と言っていました。

少し前よりエブラーナ国内の動きは、魔術的な部分で監視をさせて
貰っている様です。

―――勿論、貴国の益になる部分のみと思われますが

恐らく、ミシディアにとって、何かしらの予兆はあったのでしょう。
公に動く事は出来ませんが、もしもの事があったら、協力は惜しみません。

今は私達の分まで、エッジを助けてあげてね。

何か情報が入ったら、すぐに連絡するわ。


                                  ―――ローザ 』

 

「ローザ…ありがとね…」

バロンに助けを求めるほどの事ではないけど、伝えてはおきたかった。しかし、思わぬ所まで話が広がっている事には驚く。

―――ミシディアに情報が行っているなんて…

確かに、先日馬小屋で会った男たちの魔法は、本来ならば彼らが使いこなせるレベルではないものだろう。何と表現していいのか判らないけど、それは例えるなら、分不相応な力の使い方だ。魔法の素養の無いものでも、数年学ぶ事で基本的な魔力の使い方は判る様になるが、それを実際に使う、と言う段階になると様々な制約が入る。
それは、術者である以前に人間として長く生きる事を優先させる為、肉体や精神の磨耗や疲弊を防ぐ為だが、あの者たちにそう言った備えはあるのだろうか。
恐らくは、『力』を得る為の修行のみをしてきた者たち。それは、術を使う全て者の禁忌なのだ。
 
他にも、侵略、暴動行為に魔法を使う事など、様々な意味での魔導師社会の掟破りとあらば、ミシディアが介入する可能性がある。魔道師を中心に組織され、強大な力を持ちながら中立を貫く非常に穏やかな国。 しかし裏では魔導師社会の元締めとして、組織犯罪加担等で魔導師の中に非人道的な振る舞いがあれば、容赦なく鉄槌を下す事もある。

力のある魔導師であればあるほど、国の利益になるが逆もある。魔導師に絡んで問題が起これば自国で解決できない事も多く、その部分の非公式な介入は、世界各国が黙認する事も多かった。ただ、エブラーナは他国との国交も薄いし、魔法の歴史は浅い。
小規模の内乱ならば自国で解決できる事。恐らくミシディアは静観するだろう。

―――とりあえず、良かった。

かつての仲間の後ろ盾があるだけでも、気持ちが違う。今エブラーナに来てしまったのも何かの縁、エッジの力にならないと。

―――後ろ盾、か。見守ってくれてる人がいるって…いいな…

リディアはエッジのベッドにもぐりこみ、目を閉じた。耳を澄ました所で、下の話が聞こえる筈はなかった。
 

 
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一夜明け太陽が昇ると、想像以上の城下の惨状が浮き彫りになったのだった。

負傷した民は林の中に日よけやテントをはっていたが、何処も負傷者で溢れていた。その家族や街の医者達が懸命に活動するも、救護の手は追いつかない。辺りには血の匂いや、負傷者のうめきが充満していた。
リディア達は、中庭に作られたテントに運び込まれた負傷者を目の当たりにし、言葉を失っていた。

「何てひどい…」
「闇に紛れていましたが、これ程とは…」
かつて、ダムシアン、ファブールでも戦の惨状を見た。人の居なくなったエブラーナの城も。
そしてまた、このエブラーナで…

町の女たちだけでなく城に残った侍従、女官達が救護に参加した為、リディアも家老の反対を押し切って加わったものの、手が足りない。城の外にも負傷者がいるのだ。

―――エッジ様は…生きておられるのか…
―――敵の奇襲を受けて足止めされたと言うのは…まさか…

不吉な噂が流れている様だった。小競り合いと思った隣町の反乱は、城下への攻撃となった。無事な者も皆、予期しない攻撃にさらされ、怯えきった表情で座り込んでいる。

シルフの力を使い、回復を手伝うものの力が及ばず、泣きながらこの世を去った子供もいた。しかし、泣いている暇はない。今度は痛みに呻く老人に睡眠の魔法をかけ、苦痛を和らげる。泣き声とうめき声が、城の庭には響いていた。

「家老殿!!薬はもうないですか!?」
「地下倉庫の物で最後じゃ!!今運ぶ!!」

家老や宰相も始めこそ、ただでさえ少ない城の備品が使われる事に難色を示していた物の、目の前の惨状に自ら薬や荷物を運ぶ、と言う状態だった。城に残った兵士は少ない。しかし、城の外では、今しも敵が再び攻撃を仕掛けるかもしれない、という緊迫状態だ。

―――どうすればいいの…

城壁の外では敵が攻撃の準備をし始めたとの情報が入った。オルフェは将校たちと共に城下町の軍事施設に赴き、少年達も15才を超えた者は全員召集された。家老、少しの兵や女官侍従、宰相達が城に残るのみだ。
城下町にも兵は配置されている。が、この状態でもし城下に敵が入れば一たまりも無い。何処まで通じるか判らないが、自分が行くしかない。だが、今は目の前に死に掛けた人達すら助けられない。

―――私、どうすればいいの?

水を汲みに行きながらも、流れる涙がずっと止まらない。
世界を救った英雄の一人、しかも魔導師でありながら、何て無力なんだろう。ローザ程の白魔法の腕があれば、どれだけの人が助かったのか―――
「エッジ…早く帰って来て…」
本当はそんな時間はないと判ってはいても、桶を沈めたまま座り込み、立ち上がる事は出来なかった。

「あれ?あんた、リーア…だったよねぇ。」
野太い声にふと顔を上げると。全身に包帯を巻いた大柄な女性らしき人物が、たらいを手に自分を見下ろしている。
「ゴモラ…さん?」
全身包帯を巻いた巨大なミイラの様な姿で立ちはだかっていたのは、門の前で会った巨体の女官。
「ああ、あんたも無事だったの!!良かったよ。いやぁ、ウチの実家なんて爆発しちゃったからさ。おかげでこの怪我さ。全く、ジィさんが芝刈り行ってて良かったよ!!」
足を引きずりいつもの迫力は無かったものの、爆発したにしては達者な様子だ。

「爆…発?」
「いやあ、何かウチの裏手?妙な落書きがしてあって、変な箱が薪ん所置いてあったからさ、何よこれと思って持ち上げたら、いきなりつむじ風みたいな火が出たんだよ!!」
「落書き…って、あの、円みたいな…?」
そうそう、と巨体女官は頷く。どうやら、『仕掛け』のそばに居たらしい。
「本当、驚いて箱投げ捨てなかったら、絶対オダブツだったよ。投げた途端そいつが屋根の上で爆発して、実家全壊しちゃったのよ。これで命があるんだから運がいいってヤツだよ!やっぱり、薪は地下か中に入れとかないと駄目だねぇ。」
「爆弾投げ捨てたんだ…つ…強いんだね。ゴモラさん…」

だが、リディアの泣き笑いに、ゴモラは眉をひそめたのだった。
「アンタ、誰か亡くしたの?」
「ううん…だけど、私、何も出来ないからさ…情けないんだ。外国のお友達にね、すっごく腕のいい白魔導師がいるの。私もその人みたいだったら、って…」
言葉が終わらぬうちに、ゴモラはリディアの背中を軽く、いやリディアの感覚としては思い切り叩いたのだった。ふらふらとよろめいたが、ふと気負いが緩んで、ゴモラの大きな姿を見上げた。
「ご、ゴメン…そうだよね。私が泣いてる暇ないよね。ゴモラさん、そんなすごい格好しているのに。」
「格好だけじゃなくて、これでも結構痛いんだよ。まったく…」

ごめんごめん、とリディアは久々の笑い声を上げる。しかしふと、自分は新人の下働きという風に思われてたっけ、と思い出し、あわてて首を振った。
「っと、ご無礼すみませんゴモラさん!!」
「ははは!!そうそう。あたしは近衛兵隊長の妻だから偉いんだよ。」
その言葉にリディアは一瞬、訝しげにゴモラの顔を見つめる。

――― へ?
――― 近衛兵隊長…って…確か…

エブラーナの城を訪れた時、門前でエッジに取り次いでくれたガーウィンは、近衛兵隊の隊長だった。と、言う事は。だが、近衛兵隊長の奥方と言えば、それこそそれなりの貴族級の立場。だが、あまりに目の前の洗濯女官とはかけ離れている。
「どっちが無礼してるんだか!!私なんて大層な身分じゃない。まったく、隊長の奥さんなのにこの国は、洗濯仕事辞めらんないんだからねぇ――― 本当、おかしいでしょ?リディア様。」
「え…」
思わぬ所で名を呼ばれ、リディアはゴモラから一歩下がるも。
 
――― やっぱり…ガーウィンさんの奥さん…なの!?
 
「ああ、リーアだったね。出来ない事、ああだこうだ言ったって仕方ないでしょ。」
その手で、リディアの髪を覆っていた布を引き剥がしたのだった。
「ま。アンタはこうしてた方が、よっぽど助けになるんじゃない?―――ほら!!翡翠の姫様!!」
途端にリディアの翡翠色の髪が流れ、ゴモラの声に振り返った皆が一瞬、息を呑む。

――― あれは…翡翠の姫様!?

驚いて振り向くと、ゴモラは深々と頭を下げ、足を引きずりながら立ち去ったのだった。
「ま…待って!!ゴモラさん!!」

「あっ!!リディア様―――!!」
遠間にリディアを見つけたエルが駆け寄って来た。
「エル!!」
怪我をし、呻いていた人までも、一心にリディアの方を見つめている。その眼差しの多さに、リディアは息を飲んで立ち尽くした。
「皆…」
幾つも自分の身に向けられた、助けを求める目。エッジの言っていた言葉。

―――エブラーナの民が、希望を失わない様に。

「良かった!!リディア様も無事だったんだね!!」
腰に抱きついた少年は、怪我を負いながらも満面の笑みで自分を見上げていた。リディアはそれを優しく見下ろすと顔を上げ、人々に向けて声を張り上げたのだった。
「皆…エッジは焼き討ちにあったけど…生きているわ。怪我もしていない―――!!」
人々は顔を見合わせる。エッジ負傷の噂は城下にも流れており、兵の一部が帰還した事で民はその話を悪い方に信じていた。
「それは敵を欺く為の噂―――すぐにエノールへ向かったの。だから必ず帰って来る。それまでこの城を…守らないと…!!」
一瞬の沈黙。しかしそれはすぐに歓喜の声に変わった。

―――エッジ様は…ご無事だったのか!!

エッジの消息が判らない今、『妃』であり、エッジの武勇伝の象徴でもあるリディアは、エブラーナ国民の希望と言っても良かった。
「リディア様…頑張りましょう…私達も。」
「うん…」
負傷者の救護は過酷を極めたが、悲壮な雰囲気は和らぎつつあった。
リディアは再び髪をしまって手伝いに明け暮れていたが、自分を呼ぶ声にふと顔を上げると、中庭の方から宰相が駆け出してくるのが見えた。
「リディア様!!どうぞ、どうぞこちらへ―――」
宰相は相当慌てている様で、用件も告げずにリディアを中庭へ連れてゆこうとする。
「ど、どうしたんですか!?」

「な、中庭に急に使者の方が…バロンとミシディアの使者の方が突然現れ…いや、いらっしゃいまして…!!」
「大勢!?現れた、って…いきなり…?」

半ば引きずられる様にリディアが中庭に入ると、中庭噴水の横に使者、というには大人数の、白いローブをまとった一団が居るのが見えた。

―――バロンと…ミシディアの使者!?

何処から入った、と言うのは愚問だろう。しかし、緊急事態中の他国の城内に移動してくるのは、あらゆる方面での想定外。何が起こったのだろうか。
戸惑うリディアに、一人の白いローブを被った女性が近づき、跪いたのだった。
「あなたは、確か…」
その顔に見覚えがあった。確かに、ローザの片腕と目される、バロン白魔導師団の高等魔法の使い手だ。
「お久しぶりです、リディア様。ローザ・ファレル様の私兵白魔導師隊として派遣されました。リディア様に従い、エブラーナの皆様をお助けする様に、と―――」
「ローザが!?」

軍事同盟を結ばないエブラーナにバロンとして直接兵を送る事は出来ない。だが、未だ戴冠前のローザ個人の、あくまで救護目的の私兵組織であれば話は別だろう。
「この事は、非戦闘員の方々の負傷者と、ご友人であるエッジ様とリディア様をお助けしたいという、ローザ様の独断であり、バロン国家の意はございません。私どもも人道的な援助、と言うローザ様個人のご意思に賛同し、こちらへ参じました。国際的な規則の事に関しましては、事後に話合いの場を設けて頂ける事を望む、と。」

エブラーナに内乱の知らせが入った時、ローザはリディアの身を強く案じていた。リディアがエブラーナに行く事を誰よりも喜んだのは他ならぬ自分、是が非でも助けに行く、と自ら魔法陣に飛び込みそうになったのを、白魔道師隊総出で止めに入ったのだ。

さらに、一人だけ黒いローブを被った男性が進み出て、跪く。
「ミシディア長老の命により参りました。同じく、長老私兵の魔導師隊でございます。お初お目にかかります。リディア様、家老殿、エブラーナ宰相殿。」
宰相は、腰を抜かさんばかりに驚いて、頭を下げる。魔導師は丁寧に礼をした。
「実は、私どもの国より得た魔法を悪用し、恐れ多くも一国を手に入れんと図るものが居る、と証拠をつかみました。魔導師を統括する国として、見逃す事の出来ない暴挙にございます。その者を拘束させて頂きたく、参上いたしました。」
何かしら、ミシディアが情報をつかんだ、と言う事だろうか。

「あ…ありがとうございます。でも、そう言った事は家老さんとかが…」
「…先ほど城下の軍事施設にて、あくまで非公式、後方支援に徹するという事を条件に将校方よりお許しは頂きました。魔導師隊はすでに城下におります。」
幾ら私兵の派遣とは言え、セシルとローザの、バロンの意思があるのは明らかだ。リディアはちらりと宰相を見る。とても自分が口を出す事ではないと、宰相は首を振った。家老も、二つ返事の表情を見せ、リディアに返事を促した。
「お願いします―――どうか、エブラーナの人達を―――」
リディアの言葉に魔導師は強く頷く。
「白魔道師隊、中庭と城下に分かれ救護活動を開始します。」
女官達は魔道師隊の案内を申し出た。すぐにでも城の庭に、街の中に救護の手が差し伸べられるだろう。

「よかった―――」
リディアが安堵から息を付いた時、向こうでどすん、と大きな音がした。
「ゴモラおばちゃんが!!!エルが下敷きに!!!だれかぁ―――!!!!」
振り向くと、ゴモラが倒れ、その腹の部分からエルの小さな手がばたばたと暴れている。
「ゴモラさん、しっかりして!!」
駆け寄り、何とか傷だらけのゴモラの大きな上半身を抱き上げるも。
「…」
手は力なく垂れ下がり、返事は無い。
「ゴモラさん!!ゴモラさんってば!!!」
「―――おばちゃん!!こんな所で寝ないでよ!!!」
「…へ?」

―――グゴゴゴゴオ~~~~

その瞬間。 ゴモラの鼻から、大きな息が抜けた。もう、とエルは体を叩く。
「おばちゃんが木に寄りかかって居眠りしてたからさ、大丈夫かな~って見に行ったらいきなり寝返りうつんだもん。死ぬかと思った。」
「な、な~んだ…ははは…ばかぁ…こんなになるまで、皆を…」
腰に巻いていた上着をゴモラの腹にかけると、その場にへたり込み、目を閉じたのだった。



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「そ…んな…」

エブラーナの民は誇り高い民族、と聞いた事はある。
少し前の時代まで、主君の為に自害する事も美徳とされ、敵に捕まり辱めを受けるならば死を選ぶ、と言う風潮もあった。
そして更に、王位を狙うものとあれば、現在の王族に関わる者達は殊更に非道の限りを尽くされ、見せしめになぶり殺されるのは眼に見えている。

でも、とリディアは激しく首を振る。
「駄目だよ!絶対駄目だからね!?そんなの許さない!!エッジは必ず帰って来るって!!だったら私も出陣する!!お城を追い出されてもいい、私も戦いに行くから!!」
エブラーナを統べる一族の名は、長い歴史の中で何度も代わって来た。戦が起こればどちらかが全滅するまで戦い、滅んだ一族の家臣は自害した。勿論古い時代の話だが、ならず者の非道な侵略に甘んじる位なら、命を絶つ者も多いだろう。

―――だから…あんな事言ったの?

エッジが民に希望をと望み、家老が自分に頭を下げ、恥を忍んであんな事を言った理由。

―――希望ってなんだろう。

―――例え逃げる事になっても…

「家老さん…ねぇ、家老さん、私、エッジの子供…産んでもいいよ。」
思わぬリディアの言葉に、へ?と家老は大きく目を開く。
「えっと、ね、その…私…あんまり丈夫じゃないんだけど、それでもよかったら、エッジのお嫁さんになっても、いいかなって。だって家老さん、そうして欲しいって言ってたよね?」
「へ、は、はい…そうですが…しかし今はそんな望みはもう…い、いやしかし…」
家老は一瞬、何時もの調子を取り戻したのか、腕組みをして首をかしげる。

「いや、しかし、ある意味悪行の限りを尽くして来た若様の奥方候補は、もはやリディア様以外には…何より、その言葉にはこのじいも何やら元気が…」
悲壮な雰囲気に沈んでいた他の者達も、固唾を飲んで続きを待っていた。
「だから、自害なんてやめよう、ね?もし、どうしてもなら、負けそうになったら皆で逃げよう。エッジも一緒に逃げて、また取り戻そう!ルビガンテとの戦いみたいに!それでいいでしょう?」

「リディア様…」
カレンは、この場に不似合いな笑いを噛み殺して近づいてきた。
「ね、あ、あのさ、カレンもそれでいいでしょ?」
「いや、って、リディア様…本当になってもいい、って…」
ぼたぼたと、その目から涙が流れる。
「まさか私たちが…本ッ当にエッジ様の結婚『ごっこ』しているとでもお思いでしたか!?もう!!私たち必死だったんですよ!?今だってリディア様いなかったら、とっくに穴掘って逃げてますわよ!!二度とこの私たちの本気を疑わないで下さい!!ね!?」
「カ、カレン、苦しい…」
カレンがむせび泣きながらリディアに抱きつく様子に、やれやれ、と家老が息をついた。

「…まぁ、致し方ありませんなぁ。この様な一大事に城の中にお留まり頂いたとあっては、そのまま国にお返ししてはエブラーナの評判に関わります。おまけに、有事の際の城内の様子と言う機密事項も目撃されては…」
それに、と続け、ふふんと家老が鼻を鳴らす。
「リディア様にはいい地位について頂かなくては、尻尾を巻いて逃げ出した貴族どもの鼻を明かせませんわい。」

がたん、と扉が重く開く音がした。
「…決まりですね。これから先の事…そして、皆が助かる事が、エッジ様のお望みです。」
「オルフェ!!」
開け放たれた扉にいつの間にか立っていたのは、城を出たオルフェだった。爆風にもまれたのか全身に小さな傷を負い、城下への攻撃の激しさが、その姿に刻まれていた。
「あのお方が大儀を承知で、貴女様にこの様な役をお願いしたのは、ご自身に大事が起ころうと皆を助ける為―――そうであればこそ、です。私は、そのお心に背きはしません。先代の王もかつてのルビガンテとの戦の時、例え王族が滅びようと、一切の自害を禁じました。だから我々も、最後まで…」

静かに決意を告げる低い声。リディアは涙を浮かべる。
「オルフェ…無事だったのね…ごめんなさい、こんな時に…」
張り詰めた心が緩んで行ったのか、部屋から次々に嗚咽がもれた。

「オルフェ、城下の様子はどうだったの?炎が上がってた。あれは、誰かが侵入したの?」
「いいえ…城下の至る所に小さな魔法陣が発見されました。その大部分は、薪置き場などの燃えやすい所、また、目印となる様な大きな貴族の屋敷―――恐らく敵は事前に侵入し、目立たない所でそう言った工作を行っていたのでしょう。そこから魔力自体を転送し、発火した物と思われます。また、幾つかの火薬の入った箱が、路地裏などに放置されていました。今街の者は、不審な場所や物を総動員で撤去しております。」
「そう…よかった…」
「それから、城から飛んできた霧の竜は―――翡翠の姫の御使い、と噂されている様ですよ。」
未だに後ろからリディアの首にしがみついていたカレンは、やっとその手を離す。
「リディア様は“魔法の国のお姫様”と言う事ですしね。城下では。」
「はい。おかげで街の者は、勇気を頂いた様です。」

ほんの少し、広間の空気が緩む。次にオルフェは、家老に向き直った。
「家老殿。城下では、街の者が多数負傷しております。病院や―――神殿、寺院も炎に巻かれ、収容の施設が間に合いません。城門の前の広場まで、民は避難してきております。…どうか城門の中…第二城門の中まで、入城をお許し下さい。」
「城に民を…か…」

第二城門。中庭の手前にあり、自然の雰囲気をかもし出した庭だ。
手入れされた木々の中を城下町へと通じる道が通っている。光は入るが木陰もあり、王族散策用の小屋、泉もある。場所も広く、臨時のテントを張れば避難には最適だろう。
「確かに、この城下の状況ではやむを得ぬ…しかし…我らでは…」
「お城のこう言う事を管理してるのは誰なんですか?庭師の頭さん?」
リディアの素直な問いに、家老は目を丸くする。

「いえ、しかし将校や宰相はこの様な問題は…あえて言うならエッジ様しかおりません…」
「救援物資はあるんですか?」
「城の中の物は限りがあります。救護班は軍に付き…」
逃げ道はなく、明日にでもまた攻撃があるかもしれない状況だ。その場の皆も頷いた。

「…確かに。貴族の反対はあるでしょうが…それでも緊急事態じゃな…。宰相将校と共に、わしらが貴族達は説得しよう。そなた達は物資と救助の準備を。」
家老の言葉を受け、兵・女官・侍従達は一斉に物資の手配に走りだした。
「ま…待って!!私も手伝うよ!!」
走り出した侍従の3人の後を、リディアは息を切らせながら追いかけるのだった。

意外にも、城門開放に反対する者は居なかった。反対しそうな城に出入りしている大貴族達は逃げ出していた、と家老達は呆れ顔しきりだったが、さすがに罪悪感があったのか、援助、寄付と置いていった彼らの土産―――資金や食料、簡易テントなどはありがたく頂戴する事にした。

間もなく夜半に城門が開かれ、城下の民は次々と城の庭に入り込む。その夜、リディアはローザに状況を知らせる短い手紙を書いて送り、再びシルフを召喚した。
「エッジを…助けてあげて。お願い…」
妖精は頷くと飛び去ろうとしたが、不意に振り返り、リディアの耳元で何かを囁いた。リディアは赤くなりながらも、その言葉を聴いている。

「もう!!…仕方ないなぁ。じゃあ、私もだよ、って伝えておいて!!それで元気になるなら!!」

―――王子様はいつでも、お前を愛しているよ。

何を悠長な事を言ってるの、とリディアは一人、頬を膨らませた。そんなの知らない。

―――どうでもいい!とにかく、あんたに生きて帰って欲しいの!!皆の為に!
―――でも…明日はどうなるかわからない…
 
妖精が飛び去ったのを見届けて、リディアはベッドに入る。例え明日どれ程の事が起きようと、今日は眠った方がいいだろう。

 


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tommy
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自己紹介:
FFは青春時代、2~5だけしかやっていない昭和種。プレステを買う銭がなかった為にエジリディの妄想だけが膨らんだ。が、実際の二次創作の走りはDQ4のクリアリ。現在は創作活動やゲームはほぼ休止中。オンゲの完美にはよぅ出没しているけど、基本街中に立っているだけと言うナマクラっぷりはリアルでもゲームの中も変わらない(@´ω`@)
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