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ちょっと待ってて下さいね…今ブログ生き返らせますので…(涙)
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序章


夕刻の農村の片隅に、その風は突然に舞い降りたのだった。

一陣の渦が巻き起こり、柔らかな光が地面に集まる。それは、典型的な移動魔法の前兆ではあるが、魔法を知らぬ者が見れば、驚くのも無理はない。
「おかーさん、何か光ってるよ。」
「―――!!中に入るのよ、早く!!」
運悪く?それに遭遇してしまったのは、エブラーナ城の近くの農村の親子。二人は家に入ると扉を閉ざし、かすかに開けた隙間から外をうかがっていた。

「あ…れぇ?」

降り立ったリディアは、周りに広がる田園風景に目を見開いた。いきなり目の前に現れた者に驚いたのか、馬小屋の馬達が騒いでいる。粗末な小屋はかたく扉が閉ざされ、ただ鶏と馬の鳴く声がする。どう見てもここは農家の庭先。 
目の前にあるはずのエブラーナ城は遠く東の方向にあった。

―――城…が遠いなぁ…

デビルロードを改良したバロン城の最新魔力増強装置を使いワープしたが、やはりエブラーナでは距離が遠かったのか、着地点がずれてしまった様だった。しかも、既に太陽は西に傾きかけている。
あと一時間もすれば日が暮れてしまうだろう。

セシルの書簡を持って非公式の使者として、エブラーナを訪れたリディア。バロンを出たのは昼過ぎ。僅かながらにもこの世界に存在する時差と言う物を忘れていた。客が訪れるには、少し遅い時間だ。

「あのう、すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
リディアは目の前の井戸に近付きながら、声を上げる。

「井戸を使わせてください。あのぅ・・・」
目の前の小屋に人の気配はするのだが、物音一つしない。

「お水、頂きます・・・」
井戸から水を汲み上げるとほんの少し水を手に取り、口に含む。かたり、と小屋の方で音がした。
「ねぇお母さん、女の人だよ。怖くなさそうだよ。」
横開きの扉の隙間から、小さな男の子が顔をのぞかせると、その後ろから母と思われる女性の声が小さく聞こえた。
「顔を出しちゃだめよ!!あの黒い魔導師の奴らかも―――」
「え、でもぉ、ほら、碧の髪。きれいだよ。」
僅かに扉が開けられ、子供が奥に引っ込められ、女性が顔を出す。

「あ・・・どうも」
リディアが頭を下げると、その女性も礼を返した。
「あの、すみません。勝手に井戸を使ってしまって…」
「え、ええ…お城に御用の方、ですか?」
若干の警戒を感じ、前に進むのを止める。しかし女性の脇の下から顔を出す先ほどの男の子は、照れた様にこちらに笑いかけている。

「私、バロンから来た魔導師です。ごめんなさい、驚かせてしまって。」
女性は、黒いローブの下にいたのは小柄な少女と判り、扉を少し大きく開けたのだった。
「・・・そうでしたか。まぁ・・・ご無礼しました。最近、この辺りに変な人達がいるもので・・・」

忍者の国エブラーナでは、魔導師は大陸の様に一般的な存在ではない。いきなり黒いローブをかぶった人間が現れたら、警戒するのも無理はないだろう。

「私は…エブラーナのとある貴族の方まで、書簡を頼まれたんです。」
さすがに王宮の用事とは明かせなかったが、女性の驚き様を見ると正直に外国からの貴人への使者、と言った方が安心させられるだろう。確かにリディアの身づくろいはエブラーナでは異国風、平民と言うには小奇麗な物だ。

「ねぇねぇ、バロンって空飛ぶ『ひくうてい』がある所だよね?」
母に抑えられていた男の子が口を開いた。
「お姉ちゃん一人で行くの?あの黒い人達に遭わないでね。気をつけてね。」
「黒い人…?」
「これ!!あ、あの、恐れながら、暗くなってのお一人の移動は危険です…実は先ほど隠れていたのも、近頃…あなた様の様な黒い服を着た人達が居て…」
「え・・・?」

母親の話によれば最近夜になるとごくたまに、黒いローブを来た人間が近くの林や野原に数人で集まっているらしいのだ。近くに人が通ると人目を避ける様逃げてゆくが、その一団の去った後は地面が丸く焦げていたり、まるで『儀式の跡』と思われる物が残されているので、村人達はその黒衣の一団に警戒心を強めていると言う。
しかし特に誰かが襲われた、と言う事もなく、またその『跡』も長く続く物ではないので、あえて城の方に報告する事はない、と思っている様だった。

「魔導師かな・・・?でも、夜中にそんな事する儀式なんて聞いた事ない・・・いえ、そんな事しないわ。」
首をかしげるリディア。

しかし、西に傾きかけた夕日が目に入り、はたと自分の用事を思い出し慌てて、親子に再び頭を下げた。
「・・・っと、すみませんでした驚かせてしまって。私、移動の魔法が使えるので、城まで移動できます。心配してくれてありがとう―――」

恐れ入りながら頭を下げる母から離れて、男の子はリディアに近付き、髪と瞳をかわるがわる見始める。
「珍しいかな。エブラーナでは。」
「あ、そっかあ!!お姉ちゃん。エッジ様に会いに来たんだよね!!」

―――へ!?

思わぬ言葉だったが、まさにその通り、リディアは目を丸くする。
「こ、これ!!すみません、この子ったら…あ、あの、気にしないで下さい!!」


そして、女性が渡してくれた麦飯をほおばりながら、リディアはローブのフードを胸まで外し、村はずれへ歩いて行った。時折農夫とすれ違ったが、顔をさらした少女を怪しむ様子もなく、挨拶をして通り過ぎた。
魔導師に対しては警戒している様だ。誰もいない場所を捜して、移動魔法で城に向かおう。

―――夜の儀式・・・何かの怪しい集団なのかな?
―――ご飯、おいしいなぁ…でも何でエッジって判ったんだろ。あの子。


「ねぇお母さん!あの人、翡翠の姫かもしれないね!!」
小さな暖炉の前で夕げの支度をする母に絡みつき、男の子ははしゃぐ。
「そう…ねぇ。でも、あれは歌のお話でしょう?」
「でも、歌の通りだったよ。ほら、翡翠の色の髪と瞳、って。エッジ様きっと喜ぶね。」
「そうね…こんな歌、だったっけ?」
母は男の子の頬を撫でながら、小さく歌を口ずさんでいた。

―――翡翠の髪と瞳
―――幻の国の姫君よ・・・


太陽がいよいよ沈む頃。城壁の側にワープしたリディアは、急ぎ足で城門へ向かっていた。

―――エッジ、遅くなってごめんね。

これから自分を待ち受ける大きな運命のうねりには全く気付かぬまま、リディアはエブラーナ城の門をくぐるのだった―――



[翡翠の姫君 1] へ





 

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前夜  ~side E

来る日も来る日も書類の山。
俺がやるのはハンコだけ。あ、でも一応目は通す。来る日も来る日もジイは見合い話。跡取りが何だって?こんな時、一人っ子の身を恨みたくもなる。

―――あー、たまには、思いっきり走りてぇ~~~~

いや、走る、が希望って凄いぜこの状況。いよいよヤキが回ったかな。

「若様ッ!!!」
「うぉぉぉ!!見合いはお断りだぁ!!」
「今回の相手は、何とミス・ファブールですぞ!!」
「その微妙な線は何だよ!!ミス・幻獣界とかねーのかよ!!」
「そっちの方がよっぽど危険な香りがしますぞ、若!!」

・・・確かに、それがアイツとは限らねぇ・・・

いつもの如し、呆れてジイは部屋を出て行った。

国の再建も、国民総出で必死で取り組んだお陰で、もう街の殆どは元に戻った。細かな事は色々あるが、そろそろ気分転換は必要だろう。でも、昔みたいに城を抜け出すのも、近衛兵の若いのと酒飲むのも、女連れて遊ぶのも、もう楽しいとも思えねーだろうし、どうしたらいいの、俺。

床に寝転がり、手足を伸ばす。うん、誰も居ない。あ~、見合い話はうっとおしい。
「や~だ、俺はリディアを嫁にしてぇ~~!!」

「どいて下さいエッジ様。掃除できません。」

いつの間にか、掃除女官が部屋に入って来ていた。
「何度もノックいたしました。扉開けっ放しで床にごろごろ転がって、しまいにはヤダヤダ言い出して、これで外で見ていろと言うのですか!?」
「リディア~」
「・・・私の名は、カレンです。」
「ああ、おめーどう見ても、黒髪黒目のエブラーナ人。俺の欲しいのは碧の髪の翠の瞳のぉ~!!」
「・・・探しておきます。」

王子だから当たり前なのだが、俺はエブラーナに友達と呼べるのは少ない。
親しい若い近衛兵や、ガキの頃からなじみのある、割と年の近い女官(コイツとか)や侍従はいるけど、こう言う時に遠慮なくこう、思っている事言える様な奴らは後にも先にも結局、アイツらだけだろう。

色々あった。
宿屋でカインに尻を蹴っ飛ばされた事も、酒飲んだローザに絡まれた事も、今となりゃ懐かしい。カインか。あいつ、どーしてるのかなぁ。
あれこれ考えている間にも、女官が無愛想に部屋の床のゴミを片付けている。転がってた見合い相手のリストも、気持ちよく袋に放り込んで行く。ああ、スッとした。

「俺もそろそろ、潮時かなぁ・・・」
「長生きしてください。エッジ様。」
「いや、そっちの潮時じゃなくて…しかも何とも思ってなさそーな声で言うなよ」

窓に切り取られた空が青い。春が近い。
「あ~、でも、俺の春は遠い・・・」
「・・・」
「何か言ってくれよ・・・」

目の前に差し出されたのは、床に捨てた没書類。もとい、その裏に書かれた落書き。
「これは、如何しましょう?」
俺のヘタクソな絵は、碧の髪の(かろうじて判る)女の子、と言う事以外リディアとは似ても似つかない。
「捨てちゃって…」

無常にも俺の力作は、小さく丸めて袋に入れられたのだった。
嗚呼。今夜は久々に屋根に上がって、星でも見るか。
 


「やっぱ、夜はさみ~なぁ…」
夜は夜でちょっと興が湧いて、と言うか。城の屋根に大の字で寝転がる。まだ少し寒い季節。今宵は新月の空だった。月はないけど、星は冷えた空気のせいかやたらよく見える。

―――なぁ、お前行く場所ないなら、俺の国こねぇか?
―――う~ん、私は…幻界に帰ろうと思ってるんだ。
―――何で?いや、別に変な意味じゃなくて、向こうに彼氏でも…いんの?
―――そんな訳ないでしょ!!地上にお家が無いから!!それだけ!!

―――あ、そ、そうか…まぁ、向こうに友達もいるからな。

後悔なんて柄じゃないけど、正直あの時の事は後悔している。
もう少し、真剣に引きとめられなかったのか?俺。

でも、もし、ここに居たとして―――

お前が俺を、受け入れてくれなかったら。俺とお前が一緒になるのを、国の誰にも許して貰えなかったら。その挙句に、お前が俺の目の前で、エブラーナの別の男と結婚とかしちまったら・・・

近くに居る方が、辛いと思っちまったんだあの時は。でも後悔がこれ程『効く』物だとは思わなかった。ジイが見合いを勧めるのは判る。自分の役目も義務も。でもここでそっちに行っちまったら、今の何倍も後悔しそうだ。

―――だから・・・

「お、流れ星。」

―――リディアに会えますよ~に

なんて、ガキみたいなお願いをかけてみる。いや、待てよ。セシルの戴冠式には顔を出すだろう。アイツも。だからこれは叶うだろうな。
また星が流れた。

―――リディアが俺の所に来てくれますよ~に。

多分、星100個必要だろう。

「ん?」
星が流れた。同じ所からまた一つ。また一つ。何秒かに一つ、すーっと流れてゆく。
「…流星…群…!?」
そんなバカな、いや、待てよ。それでも、次々に星は、俺の頭上辺りから四方に流れて行った。

―――リディアに会えます様に
―――俺の所に来てくれます様に
―――あ、国が平和であります様に
―――リディアに・・・

全部で100にはならない星達に、ずーっと願いをかけ続ける。

―――何やってるんだ、俺、本当に・・・


願いが”叶った”のは、まさにその次の日。
「何だ、こりゃ。」
掃除屋カレンから差し出されたのは、『玩具問屋・戸伊挫羅巣 エブラーナ本店』の袋。
「昨日、帰りに寄ったんです。エッジ様のお部屋には、似合わないでしょうけど。」

開けてみると、赤札の付いたガキ用のぬいぐるみだった。碧の髪の、ふわふわした女の子。俺の昨日の落書きそっくりの女の子。
「お、おう、ありがと…枕、にゃ小せぇな…」

とりあえず、これは貰っとこう。やっぱり、100個行かなきゃ難しい願いの様だ。今日は夕焼けが綺麗。
あーあ。流石に今日は、もう星は降らねぇだろうな。


「おぉ、カレン!!若様は、部屋にいらっしゃるかの!?」
「エッジ様?ええ…居ましたわよ。家老殿、何か?」
「バロンから、非公式の使者が見えたのじゃ!!それが、どうも―――」


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前夜 ~side C
 
 
「セシル~!!本の片付け終わったよ。次はこの書類、分ければいいの?」

う~ん、頼むよ、と本の壁の中からの声。
リディアは大きな箱に『大切』『お金』『秘密』『その他』『判らない用』と書いて、次々に書類を分け入れて行った。

「すまないね、リディア。」
「この本…法律、って言うんだよね。国の決まりって。掟とおんなじなのかな。」
リディアも時折ぱらぱらと分厚い本をめくって、へぇ~、あ、そうなんだ!と言う声を時々漏らしながら、法律の文言に目を通している。
王になる為の最低限のたしなみとは言え、僕は今一つ、机での勉強と言うのは好きではない。

「…本が好きだったね。そう言えば。でも、ここの本じゃつまらないだろう?僕、ちょっとその回り
くどい表現が苦手でさ。ローザは辞書引きながら、すごく勉強してるんだけど。」

ようやく本の一列がどけられ、その顔が見えてくる。

――― セシルが執務室にこもると、後がすごいのよ!それがここずっと!
――― リディア、セシルが遭難しない様、頼むわね!!

ローザの言葉通りだね、と広いはずの狭い室内を見回すリディア。3日間執務室にこもりきりな僕は、あわや本と書類の中で遭難しかけていた。
「うん。でも、幻界の図書館でも、こう言う難し~い本がたくさんあったの。あそこで勉強してたから、何だか懐かしいなぁ」
「すごいね。これが出来る位なら、リディアもいい王妃になれそうだね。」
「へ?王妃様?」

「あ、えっと…いや、何でもないよ。」
 
これじゃ、切り出し方が悪すぎるな・・・
 
リディアがバロンに来て1ヶ月程になる。
バロン屈指の力を持った老黒魔道師の急逝で、魔道師隊の残務処理の為、強力な魔力を持つ黒魔道師の手が必要になった。

リディアにお願いした所、快くその申し出を引き受けてくれて、老魔道師が残した封印や結界を解く手伝いをしてくれた。しかし仕事は終わったものの、数ヵ月後に戴冠式と結婚式を同時に控えた僕とローザの身辺は慌しく、その手伝いをしている内にバロンに居ついてしまった、と言う所だった。

「あ、もしかして、近くで王子様がお嫁さんを募集しているの?行っちゃおうかな、なんて!」
「い、いやちょっと遠いけど…、いや、そうじゃなくて…」
 
―――何とかこの機会に、エッジをバロンに呼べないかしら?
―――あなたが寝込んだ…位じゃ無理そうね。
―――リディアに3日間スリプルをかけて、病気って言えば…
 
いや、待ってくれローザ。
僕も色々考えてはいるんだが…この忙しさじゃ、リディアがバロンに来ている事を不自然さなしにエッジに知らせるのも難しい。リディアが来る少し前、シドに使いを頼んじゃったばかりだし…あそこまで手紙を送る口実もない。

大体、何日も魔法で眠らせるのは危険だよ。

ばたん、と、いやドカンと言う音と共に扉が開いた。
 
「おおセシル!!って、セシルはおらんのかリディア?」
聞こえてきたのは、最もこの場に似つかわしくない声。
「おじちゃん!!えっと、セシルは…その、右奥の方に居ると思うんだけど…」
いや、今僕が居るのは君の後ろだ。かまわず本を掻き分けようとする来客の姿が隙間から見えて、慌てて飛び出す。
「シド!!何か用かい?」
シドの手は、仕事柄いつも油まみれなんだ。一応、貴重な本もあるんだから。

「おおセシル!そんな所におったのか。探したぞ。いや、例の飛空挺の小型化じゃがな、あれ、結構簡単に出来よったわ。」
「え、本当かい!?」
「本当じゃい。まだ細かいテストはしとらんが、しっかり飛びよる。後は船体の調整と、長距離飛行をクリアすれば良いだけじゃ。」

「な~に?何の話?おじちゃん、セシル~!?」
リディアは目をぱちぱちとして、僕とシドの顔をかわるがわる見ている。後で説明するよ、と目で伝え、資料を取り出すシドの言葉を待った。

「飛空挺をあのまま小さくするのは難しいからの。大きさ10分の1、積載量を一家族分にして、全く違う動力を使ったんじゃ。この程度なら、外国に出しても軍事には転用出来ん。」

ぱらぱらと資料をめくり、説明するシド。実の所、僕も飛空挺の理論は判らないのだが、ともかく小型の飛空挺は実現できるらしい。
「前から、小型飛空挺があればと思っていたんだ。緊急用とかに小回りが利くほうがいい。」
「そう思うとは、さすが時期国王じゃなセシル。あのナマクラ王子もたまにはいい事言うの。」
言わば兵器である飛空挺は、見た目の派手さも大切と言う事もあり、大仰に作られ過ぎている所もある。これが例えば2、3人が乗ってちょっと移動する程度の物ができれば、いいなとは思っていた。

「エッジ…?」

資料を覗きこんでいたリディアが顔を上げる。
やっと、その名が出てきた。

「戴冠式の招待状を、シドに届けて貰ったんだ。エブラーナまで。その時色々、ね。」
「あ、そう…なんだ。」
それでも前々から小型化の研究だけはしていたものの、実用化が不透明な事から試作とまでは行かなかった。ところがシドの乗って行った大型飛空挺を見たエッジが、

―――これ、もっと小さくならねぇの?

と、言ったのが始まりで。シドのプライドに火をつけてしまった様だった。
若干、リディアは気のない返事をしたけど、シドはお構いなしにしゃべり続ける。
「大変だったんじゃぞ!!このワシが公式の使者をやったんじゃ。もう堅苦しい正装やらポマードで髪はべたつくわ、ゴーグルは眼鏡になるわ、難しい文句やら…普段の使者ならツナギで良いが、公式の使者となればそうは行かんからの。」

ポマードで固められた髪形を手で再現するシド。リディアは口を押さえてころころ笑い出した。

「済まなかったよシド。でも、お陰で助かった…その飛空挺、完成のめどが立ったらすぐに教えてくれるかな?」
「勿論じゃ。さて、ワシはもう行くぞ。お前達、そろそろ茶でも飲んだらどうじゃ。このままじゃ本に遭難してしまうぞ!!」
来た時と同じ様に、ドカン、バタバタと部屋を出てゆくシド。ちょっと油の匂いが凄い。
その言葉通り、時計の針は、昼食を取らないままとっくに15時を回っていた。
 

  
「…どうしたの?リディア。」
リディアの手が止まっている。スコーンを片手に持ったまま、スプーンが宙に浮いていた。サンドイッチも減っていない。
遅すぎた昼食。お腹が減ってないのかな。それとも、減りすぎたのかな。
「えっ…ああ、あのね、どのジャムをつけようかな、って思って!」
「このマーマレード、美味しいわよ。」
素直にローザの差し出すマーマレードをスコーンに塗り、ほおばっている。

「ああ…リディア。さっき、エッジの話が出ただろう?彼は、元気にしているよ。」
さっきより、ちょっとは自然に出せただろうか。
 
「そうなんだ。近くだったら会いに行っても、良かったんだけどな。残念。」
ローザの耳がぴくり、と動く。
「いーえ、心配は無用よリディア!!魔道師隊の棟に、魔力増強装置の魔法陣が新設されたわ。あなた程の魔力があれば、移動魔法でエブラーナはひとっとびよ!!」

魔法陣でワープ?ああ、魔導師隊が研究している,デビルロードの技術の・・・って、何時の間に、そんな所まで手を広げたんだ、ローザ・・・

リディアは少し、興味を引かれた様だった。
「ふうん。機会があれば…使ってみたいな。結構すごい技術らしいよね。」
「別に飛空挺で…」
「早いほうがいいわよね。」

・・・ここは、ローザのリズムに合わせた方がいいかな。

「まぁ、家老さんにお見合い話ばかり持ってこられてうんざりしてるみたいだね。リディア、遊びに行ってあげたら?」
「え!?だ、だって用事ないもん!!」
リディアは首をふりながら、スコーンの残りを口に放り込んでいるが、ローザの目は更に光を強く放つ。
「ねぇセシル、エブラーナに用事、無かったっけ?何かあった様な気がしたけど…」

いや、そんな急に言われても・・・
 
リディアがバロンに来てから、はっきりとエッジの話が出たのは、これが初めてかもしれない。忙しい、と言うのもあったけど、言い出せなかったというのもあった。
 
幻界に帰る時、じゃあまたね、バイバイ、と言う感じで遠い世界へ帰ったリディア。
エッジは彼女を遠まわしにエブラーナに誘ったらしいが、それは本気とは取られなかった様で、その時の落ち込み様ったら無かった。
勿論本人は平然とはしてたけど言葉も表情も、笑い声も冗談も、全てが気が抜けた感じだった。リディアもリディアで、さっきもそうだけど、何故か若干エッジの話題には構えてしまう様だ。

「皆に会えるのは嬉しいよ。でも…エッジは国の建て直しで忙しいだろうし…それに…」
「だから、励ましに行ってあげるとか。ねぇ、セシル。」
「でも…」
 
ふとその時、扉がノックされた。
「失礼します。ローザ様は、ご在室でしょうか。」
「あ、ちょっとごめんね。」
ローザが慌てて席を立つと、白魔道師隊の女性が顔を見せる。ローザの片腕とも言われる、優秀な女性魔道師だ。
「実は、先日の魔術兵器密輸の件、情報が入りまして…」
「本当に!?判った。すぐに行くわ。」
席に戻り、紙ナプキンで口元を拭きながら手早く食器を重ねだす。
「ごめんなさい、しばらく外すわね。」
じゃあ後ほどね、とローザは足早に扉へ向かい、魔道師と共に姿を消したのだった。

「エッジかぁ…元気だったら…いいんだ。うん。」

リディアの性格を承知の上で、ローザが少々強引なのも訳がある。立場も住む場所も違う二人。そして、過ぎる時間さえも。エッジは勿論、もうリディアだって子供ではない。でも―――
 
―――リディア。君は、何を考えているの?
―――エッジの話、聞きたいの?聞きたくないの?
 
「リディア…よかったら、戴冠式まで地上に居ないかい?」
「え、うん…迷惑じゃないなら、何か手伝う事があるのなら…いいよ。」
そう、と頷くと、残ったスコーンをリディアの皿に移した。
「ちょっと先だけど、用事を頼むかもしれないんだ。」

僕なりの賭けだった。上手く行くかは、シドにかかっている。
 

そして、1ヵ月後。
飛空挺テスト成功の知らせは、思ったより早くやって来た。しかもかなり。
 
「エブラーナに、お使い?私が!?」
「うん。シドの小型飛空挺、完成のめどが立った様なんだ。完成したらまずはエッジにプレゼントしたいんだけど、いきなりは何だしね。連絡係。」

大きなプレゼントを伝える、エブラーナへの非公式使者。リディアにとってはいきなりの話だろうけど、もうここまで来たら勢いでお願いするしかない。クッキーに歯形をつけたまま、リディアは手を止めてしまった。

「エッジは遠くから戴冠式に来てくれるし、そのお礼の手紙も出したい。君が適任なんだよ。リディア。」
「でも…正装とか、ポマードとかって…大変なんでしょ?」
「非公式だから、そんなじゃなくていいよ。」
かちゃかちゃ、と紅茶のカップの柄をいじる指。
せめて、ドレスって言って欲しかったな・・・

「・・・まだ、何が怖い?」
「え」
 
「答えてあげて欲しいんだ。どんな答えでも、君から。」
「セシル・・・」

―――何を言っているのか、判らないよ。

うつむき加減なのは、赤くなる頬に気が付いたからか。
「気が付いてない訳じゃ、ないんだろう?」
「違う、多分そんなんじゃないよ。セシル…エッジは…」
リディアは下を向いたまま、消え入りそうな声で答える。
 
「大丈夫。これはお使いだから。お願いするからね。」
 

******************* 


『―――エッジ
 
お返事届きました。戴冠式に出席してくれると言う事で、ありがとう。
エブラーナの名もこちらの近隣諸国でよく聞くようになりました。
君が来てくれる事で、各国の友好関係にも発展があると思います…



エッジ。今回のお使いには、驚いたかい?
彼女の帰国期限は、戴冠式まで先延ばしても問題ありません。
その後、更新できるかどうかは君次第だと思います(にっこり)
 
どうか、ずっと、大切にしてあげて下さい。帰りたくない!!って、言う位にね。
そうじゃないと僕も、ローザに怒られてしまうからね。
 
これ以上素敵なお嫁さんは、これから先に見つかりそうかい?


                              ―――セシル  』


*******************************
 
数日後。
バロン魔導師隊の魔力増強装置から、リディアはエブラーナへ旅立つ事になった。帰りの便を考えたら飛空挺で行かせても良かったんだけど、強固な反対があった。
「その間に、見合いが決まっちゃったらどうするの!善は急げよ、今すぐよ!!帰り?勿論、帰って来させないわ。エブラーナに永久就職よ!!」

・・・すまないエッジ…またすぐ手紙を送るからね・・・

補佐役の魔導師が、移動魔法の詠唱を始める。
「じゃ、行ってくるね、セシル、ローザ!!」
「ああ、行ってらっしゃい。エッジによろしくね。」
「か、帰りは飛空挺を送るから、ね、心配しないで!決して、移動魔法で戻らないのよ!!」
「・・・ローザ、心にも無い事を・・・」

まぁ、リディアが、その懐に抱えた書簡。本当はどうでもいい内容なんだ。

―――だから、今度こそ、絶対に離すなよ。

エブラーナの方角に、僕はそっと目配せをした。 


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プロフィール
HN:
tommy
性別:
非公開
自己紹介:
FFは青春時代、2~5だけしかやっていない昭和種。プレステを買う銭がなかった為にエジリディの妄想だけが膨らんだ。が、実際の二次創作の走りはDQ4のクリアリ。現在は創作活動やゲームはほぼ休止中。オンゲの完美にはよぅ出没しているけど、基本街中に立っているだけと言うナマクラっぷりはリアルでもゲームの中も変わらない(@´ω`@)
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