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ちょっと待ってて下さいね…今ブログ生き返らせますので…(涙)
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 12
 

エッジはリディアが幻界に帰ってからと言うもの、今までにもまして公務に精を出す様になっていた。
だが城下ではリディアの姿が消えた事を、『戦に参加したから、魔法の国の両親に連れ戻された』と子供たちが噂してたらしい。
そして村娘には負けたくなくなったのか、ここぞとばかりに一部の貴族達がエッジに縁談を持ちかけたが、エッジ側は当然聞き入れなかった。話を聞くたびに、『こっちの世界にゃ、リディアよりいいオンナはいないからな…』とため息しきり、結果は明らかなので家老が全て丁寧にお断りしていた。

一日、二日と日を数えるうちに、二ヶ月、三ヶ月が過ぎ、後数日でバロンの新王戴冠式が行われると言う時になっても、リディアは姿を現さないどころか、バロンのセシルやローザにすらも連絡を取っていないと知り、エッジのみならずセシルやローザ…彼女を知る者達は皆、さすがに不安を感じつつあった。

「…エッジ様?まだおやすみでないのかしら…」
階段から首だけ出して覗いた王族のフロアに、微かに明かりが灯っている。既に夜半をまわっており、人払いをしたのか兵士達もいない。宿直室へ向かう足を止め、カレンは静かに、エッジの部屋へ向かった。

開け放たれた窓から、冷えた夜風が入りこむ夜半。エッジは真っ暗になった部屋の中で机に突っ伏して寝込んでいた。
「エッジ様…」
「あ、ああ。カレンか、すまねぇ。また寝ちまった。」
どれ位、うたた寝をしていたのだろうか。机の上には、小さな果実酒のビンが空になってる。
「まだ起きてたのですか?風邪ひきますよ。」
「…いや。明日は久々に休みだから…ちょっと、な。」
エッジはカレンに向き合い、ぽん、と自分の膝を叩いた。
「お前さ、トマスとの縁談進んでるんだってな?おめでとう。ガキの頃からの知り合いが結婚するって、何だか複雑だな。置いてかれるみてぇ。」

カレンはええ、と返事をしたものの、どう答えていいのか判らない、と言うのが正直な所だった。召使の私事とは言え、エッジが計らってくれた話。
本来は真っ先に報告するべきだっただろう。しかし、リディアが幻界に帰ってからというものの、公務に精を出すエッジの心中を全く判らない訳ではなかった。

「なぁ、オンナは結婚って嬉しいのか?それとも、不安なのか?」
「う~ん…両方、かしら。不安になる事も多いです。」
エッジはグラスを差し出すと指で水差しを指す。黙って水を注ぐ忠臣。
「俺…リディアを不安にさしちまったかな。いきなり妃になれなんて、さ。」
「う~~ん、確かにいきなりには大きなお役目ですわね。でもリディア様は出陣されたエッジ様の事を心底、気にかけてましたし。」
 
状況が状況とはいえ、エッジがいきなりリディアに妃の役をさせる事には、その負担が判るからこそ不安を感じはした。
しかし、リディアはただひたすらエッジの身を案じ、女官である自分達の命をも救い、彼女なりにエッジの大切なエブラーナを守ろうとしていた。
それまでは“翡翠の姫君”は―――リディアはエッジの恋人、憧れの人。共に国をどうするとまでは真剣に考えてはいないのだろう、と軽い気持ちで、皆、可愛いお姫様をもてなしていた。

しかし、そう言ったリディアの顔を見るにつれて、リディア本人にも気が付いていない、二人の心の絆が周りには見えて来ていたのだ。
だから誰もが道を開けた。二人が一緒になる為に。
「…アイツ消えて、三ヶ月経つのかな?」
「今日で92日です。アイネが一昨日、90日と言っていたので。時間の流れが違うと言うので、暦に印をつけているみたいですよ。」
「…うわ、怖ぇ…アイツ、誕生日忘れたら一服盛りそうじゃね?」

「エッジ様…」
聞くべきではないのかもしれない、と言う遠慮を踏み越えるのは、相手が例え王子であろうと、この女官の得意とする事だった。
「エッジ様。何をお考えなのですか?何かを恐れているのですか?」
幼なじみの頃に戻った様な、ややもすると強い口調でカレンは尋ねる。
「へ?何がだよ。」

「…私はあなたを存じてますからね。幼い頃から。」
酔って判らない、という様なみえみえの表情がみるみる崩れて行く。それでもうつむいたままだったが、首をかしげ、何だろうなぁと呟いた。
「―――戴冠式、が怖い。」
予想外の答えに、眉をひそめる女官。
「戴冠式が?バロンの―――セシル様のですか?」
「怖ぇんだ。眠れないんだよ…だって来なかったらどうするんだよ。」
確かにエッジが夜半に酒を飲みだしたのは、ここ数日の事だった。
「―――リディアに会えなかったら、戴冠式にあいつが来なかったら、きっともう地上には… 会えたとしても…怖ぇんだよ。結論聞くのが。何でこんなに連絡無いんだよ…駄目なら駄目って、そう言ってくれよ…何であいつが居なくなって、三ヶ月も経ってんだよ…」

灯した明かりが一瞬消えそうになり、カレンはとっさにランプに手を添える。うつむいたエッジの表情が間近に見えた。
「…!?」
エッジの目じりから、僅かに涙が流れている。
「ったく、格好つけちまった。親御さんがなんて言おうと帰したくなんてねぇ…なのに…」
相当、酔いがまわっているのだろうか。こんな風にエッジが弱音を吐く姿を、泣く姿を見たのは、子供の頃以来だった。

殊に女性に対しては軽薄な真似をしてきた彼が、一人の女性の為に涙を流した事があっただろうか。
若い頃に婚約が破棄された時も、それにまつわる陰謀が明かされた時も、エッジは一向に意に介さない表情をしていたのに。 一度手の中に入ったものを手放してしまった苦しみは、想像を絶したのだろうか。

―――今、リディア様を失ったら…

「何時ものあなたなら、俺が取り返してやる、位言うでしょうに。」
「…でも何処にもいねーじゃん。」
「む…ならば、私に考えがあります。」
エッジの細い目がぱちぱちと瞬く。
涙は消えていたが、浮かない表情は晴れていなかった。
「最後は正攻法です。バロン王戴冠の日はリディア様がお帰りになって…98、99… ちょうど100日目。きりがいいわ。お戻りを許されないなら、皆で幻界とやらへ行きましょ。もし時間が違うと言っても、家老殿以外なら大丈夫でしょう?団体交渉ですわ。」
「だ、団体交渉?」
「ええ。幻界の方は、相手が信頼できるかを戦って試す、と伺いました。皆で行った方がいいわ。早い話、負けてもなんでも、誰かがさらってくればいいのです。」
思わぬ提案に、エッジは噴き出す。
「…ああ…おめーの考える事は常に中央突破。答え聞くまでもなかった。」

当然ながら、幻獣の強さは人智を超えている。自分ひとりならば、王との謁見すらままならないだろう。
知ってか知らずかどこまで本気でそんな事が言えるんだと半ば呆れつつ、心強い言葉ではあった。

―――確かに…
―――最後は、正面から行くしかねぇんだよな…

妻にしたい女性の親にすら、恐れて会いに行けない男。
このままではそれ以外の何物でもない。手紙一つで納得してもらえる訳無い。

「お前、色々頼りになるよな。産休やるから退職するなよ。」
「勿論です。近衛兵とは言えトマスは若いから収入が少ないです。共働きでなければ、私が好き勝手でき…もとい、食べて行けません。」
「うわっ、早速金の話かよ。おめーキツイな…いや、一応子供手当ては出すよ、うん…」

それ以前に自分の事だけをまず気にしている時点で、この夫婦の前途は多難だろう。しかし、とエッジはすっかり気分が変わった様で、ほおづえをついて目を細める。
「…う~ん、俺は、お前のそーゆー所好き。実は俺、初恋お前だったんだよ。」
「へ!?!?」
「驚いた?」
思わぬエッジの言葉に、目を口と鼻の穴をまん丸にするカレン。だが、続いた言葉は。

「ほら、あの頃ってあんまり男も女も判らねぇじゃん。女らしい奴って気持ち悪ぃ位にしか思わなかったし、その点まず、お前はあの頃俺より強かった。」
「ホ、ホホホホホホホ…何てありがたい褒め言葉…」

「野良犬から俺とオルフェを守ってくれたり…女の子だってのに強くなろうと顔はしょっちゅうボコボコにしてあざだらけで、でも頭全然賢くねーから忍者にはとてもなれなくて、大人になっても変わらねぇから他の女官も気味悪がって、アイネしか友達居なくて…」
「…ホ、ホホホ…そ、その通りですわね…宦官なんじゃないかって言う不名誉な噂まで立ちましたし…」

「それでもおめーみたいに、好きな事の為にオノレを捨てられるのは素晴らしいというか、いや、おめーは完全に、素でもがさつでワガママで大喰らいで、誰に何を言われても気にしない。若い頃、結構愛されたがりで格好つけ屋の俺の目にはとても羨ましく見えた。」
「…ホ、ホホホ…」

「まぁ段々大きくなって、俺には周りに女達が…早い話がさっさと色気付いてたからさ。そっちとどーにかなるのに忙しくて、全く変わらぬお前には、ある種の奇特な存在を目にした時のときめきすら覚える程だった。まートマスはおねーちゃんとか言ってよく引っ付いていたけど、それを蹴り飛ばす非情な度胸と言い思い切りの良さと言い…」

プチプチッ、とどこかで何かが切れた音がした。

「いや、今でもたくましい。寄る年波を考え、今度は武器でも作るかというその感覚、常軌を逸しているとつくづく思うが変わらずだ。そしてすまん。子供の頃、お前が宦官だと言う噂を流したのは、この俺だ。はっはっはっ、ときめいただけで恋じゃないな、こりゃ。」

その瞬間。風切り音と共に、カレンの拳がエッジの顔面すれすれで止まった。
ぽとり、と拳圧で縦に裂かれた羽虫が机に落ちる。
「…虫です。」

―――よ… 避けられなかった…

「は、ははは…すげぇ…あ、頭まで綺麗に縦割りになってやがる…」
「ホホホッホ…綺麗なお顔に羽虫が止まっては一大事です、ええ…ホホホ…」
深夜の部屋に、似合わぬ笑い声が静かに響いた。

が、その時。
「あ、あの…エッジ様…」
入り口に現れたのは、もう一人の女官。
「アイネまで…どうした?」
アイネはランプを手に持ってエッジの部屋の扉に立っていたが、その様子はうろたえ、慌てている様にも見えた。
「お、お客様が…サロンの方に…」

「何?こんな時間に?!」
エッジはすばやく、後ろの廊下に目をやる。女官を人質に取った賊と言う言葉が浮かび、懐刀に手をかけていたが、どうやらその様な気配はない。
「どちらから入られたのかも…判らないのです…でも、もし…本当だとしたら…」
「お前が来たって事は、少なくともそれなりの相手だろ?どんなヤツだ?」
「女性の方です。非常に高貴な雰囲気で…シルフ、って言うのかしら、従えて…」

―――!!

反射的に、エッジの胸が大きく高鳴った。幻界の奥で、一度だけ会った事のあるその姿が浮かぶ。

「リディア様の―――お母様と名乗られる方が―――」


[101日目のプロポーズ 13]

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 11
 

リディアが帰るという意思を伝えると、数日のうちに幻界からの反応があった。
よほどに心配をしていたのだろう、特別に幻界が、向こうから時空を開きリディアをワープさせると言うことで、エブラーナ城中庭でしばしのお別れとなった。

真夜中にも関わらず、エッジだけでなく忠臣3人や家老、近衛兵隊長ガーウィンと妻のゴモラまでもが見送りに出ていた。

「じゃあリディア…最後にこれ、渡しとくわ。」
「ありがとう、って、エッジ、これ以上持てないよ…」
大きな風呂敷包みを背中に背負い、両手にも袋を抱えて、懐にはエッジにねじ入れられた書簡。全身に皆の餞別を持たされたリディアの姿。この上さらにエッジは懐から包みを取り出し、手に握らせる。

「おふくろの遺品。良かったら、使って。」
取り出したそれは、エブラーナの紋章が刻まれたシャンパンゴールドの首飾りだった。全体に細かな模様が彫りこまれ、縁に鈍い光を放つ虹色の七宝と、中央に赤い瑪瑙がはめ込まれていた。
繊細な美しさに、リディアは目を見張る。
「…こんなすごい物…受け取れないよ。」
「いや…その、別にそんな重い意味はねぇ。だってほら、しまい込んで倉庫にあったやつだし。城を守ってくれた礼だよ。まぁ、これからの事は向こうのご両親と話し合って…納得する様話し合ってくれ。こればっかりは、俺がどうこう言える問題じゃない。俺は、待ってるからさ。」
「若様…」
らしからぬエッジの言葉に、家老も神妙な表情。
「いいだろじい?王妃として振舞って貰った以上、手ぶらのまんま放り出す訳にもいかねーしさ。」

そしてオルフェがつと、前に進み出た。手には艶やかな皮の紐に、紫の水晶玉とビーズを通したブレスレットが握られている。
「あと、これはエルと私からです。」
「エルから!?…ありがとう。もう持てないから、手首に巻いてくれないかな?」
「何それ。却下。何だかガキの作ったのにしちゃモノがいい。」
「いえ、こう言った石類は、魔力にも微妙に影響を与えてしまうものですから、私が色々アドバイスをして一緒に…」
なにぃ、そんなもんをリディアの手に、とエッジが表情を変えかかるも。
「もうエッジ!いいじゃない!」

「わぁ…色が綺麗ね。」
「恐れ入ります。そう、伝えておきますね。どうでしょう?影響はないはずですが。」
ビーズを結んだ目はぎこちなさの残る子供の物だが、子供が選んだには地味なその深い色みと、丁寧に結ばれた大きな結び目は、大人の手によるものだった。
「大丈夫。ありがとね。エルによろしくね。」
言葉を返さずに、オルフェは静かに下がった。

月が真上に昇った時、リディアの身体に光がまとわりつき始めた。幻界への扉が開いたのだ。
「…もう行かなきゃ。じゃあ、皆…色々、ありがとうね!」
「最後みたいな言い方するな!!気をつけろよ!!」
「うん、エッジもね!!またね!!」
「リディア様、お気をつけてえ!!私達は何時でも待ってますわ!!」

一瞬、まばゆい光に包まれ、その場の誰もが目を閉じた。再び目を開けた時にはすでにリディアの姿はなく、真上に昇った月が煌々と城を照らし出していた―――


『  ―――幻界王・女王 陛下

リヴァイア様、アスラ様におかれましては、ご機嫌麗しく存します。
本来ならばお目通り願いまして礼を尽くすべきですが、書簡での非礼を
お許し下さい。

まずは先日、我が国で起きた内乱により、両殿下にとっては実の娘にも
等しいリディアを巻き込んでしまった事、深くお詫び申し上げます。
これはひとえに私の未熟さが引き起こした国の乱れであり、以後この様な
事の起こらぬ様、国内の動きに目を配ると共に、内外に知恵を求めて次期
国王として邁進する所存でございます。
さて、不躾ではございますが、両殿下にお願いがございます。
私の元、エブラーナにリディアを迎える事を、お許し頂けないでしょうか?
失態を犯しながら、この様な事を申し上げる無礼重々承知しております。

しかし私自身、リディアと共に旅をしている時から、共に歩んで行きたいと
思う気持ちが高まるばかりで、彼女が幻界に帰った後もそんな未来を夢に見て
おりました。
許せる事でないならばまずはどうか、幻界にてお二方にお目通りする機会を
お与え下さい。私は、生涯かけてリディアをただ一人の妻とし守って行く事を
誓います。

何卒、私の願いが真摯である事をお汲み取り下さい。         

                ――― エドワード・ジェラルダイン 』


 
「リディアを…妻に…という事ね…」

エッジの書簡は、幻界の奥に届けられた。
表情を変えずに、連ねられた言葉に目を通す美しい女性。傍らに居たお付きの侍従―――と、言っても人の姿をしてはいないのだが――― は、かすかな女性の呟きからその内容を察し、憤る。
「リディアを巻き込んでおいて、この上何と無礼な物言いだ。この様な者は相手にする必要ありません!!」
 
だが女性は書簡から目を離さず、口を慎みなさい、と静かに侍従をたしなめたのだった。
「卑しくも、この方は一国の次期国王。非礼な物言いは何一つありませんよ。…それはそうと、リディアの…いえ、あの子の周りの様子はどうなのですか?」
「は、はい、それが…やはり、危惧されていた通り…いえ、更に深刻です。エリアの一つに結界が張られています。人間の身体を持つ者は通れないものが。」
「なるほど…再び人間と関わるのを、よしとしない者達ですね?」

寄りによって、ならず者相手の内乱という人間の我欲争いに巻き込まれ、あわや命を落とす所だったリディアは、地上に戻ることをよしとしない一部の者達によって、幻界の一角は閉じ込められる形になっていたのだ。
そう…と僅かに息をつき、書簡を再びしまい立ち上がるのは。海龍の王と共に、幻界を治める統治者であり、リディアの母親代わりとなった女王・アスラ。

「女王様、如何なさいましょう、周りの意思は強固ですが、ご命令とあらば、如何ようにでも。」
「―――なりません。」
しかし、と侍従が口ごもる。バロン国王の戴冠、結婚式までにリディアを地上に戻さなければいけない。それは、女王の望みでもあるだろう。

だが、と女王は立ち上がり、滅多に使わない外出用のベールを持つ様に命じたのだった。
「アスラ様…どちらへ?」

「すぐに戻ります―――留守を、頼みますよ。」






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 10

 

―――数日後 昼下がり。

エブラーナでも、3時のおやつなる習慣がある。
エッジとリディアは4階の回廊になったテラスに席を作って、カレンが入れてくれた紅茶を飲みながらクッキーをつまんでいた。
そんな中、リディアが一度幻界に帰りたいと申し出た事に。考えてはいた事だろうが流石に驚きを隠さなかったエッジ。
「もし、もしも、だ。王達に止められたら、あいつらの結婚式に出られないかもしれないんだぜ!?そ、それが終わるまで…」

戻る事自体は仕方ないものの、三ヶ月後、セシルとローザの戴冠式が行われる。幻界と地上の時間の流れの違いと言うのは、本来単純に計算できるものではないらしく、時間の概念自体も違うが、幻界の出入り時にタイムラグも発生する為、確実に地上時間に合わせるのは難しい。

そしてリディアが成長して帰って来たのは、幻界の中で10年の時間を体感してはいない所から、時間の流れの違いと言うより、ある種成長のリズムが変異したと言う可能性の方が高いと思われた。
なら、今は戻るより待った方がいい。エッジの心配は最もだった。
脇に控えた女官も、固唾を呑んで話の流れを見守っている。

「俺だって、本当は幻界まで行って一言詫びたい位なんだ。だから、結婚式の後に時間作ったっていいだろ?!」
「だからこそ、今すぐ行きたいんだ。本当に間に合わなくなっちゃうでしょ?」
「…お前…こっちに戻れないかもしれないんだぜ!?それはどうでもいいのかよ!!足止めされるかも、って事を俺は心配してるの!!」
「え…そんな訳ない…」
怒るのも無理は無い。カレンも小さく首を振っている。 ただ、幻界に帰るのも、リディアなりの考えがあっての事。

元々、戦いの後幻界に帰ったのは、こちらの世界に寄る辺が無く幻界の生活が長かったからであって、王や女王に戻された訳ではない。セシル達の危機を知り助けに駆けつけたのも自分の意思だった。
そして今は逆に、仲間の居る地上の時間の流れに置いて行かれる事に、違和感を覚え始めた事、エブラーナの内乱で、自分が役に立つ事が出来た事―――それを幻界の方にも説明したい。

リディアの言葉に、エッジは黙って耳を傾けていた。
「もし、私で良いんだったら、一緒にここに居てもいいのかなって思って。だから、ちゃんと話をして来たいんだ。」
「リディア…」
初めてはっきりリディアが示した返事。だが嬉しさの反面、不安の残る状況。リディアが足止めされてもおかしくはない。また、幻界がいかに地中深く閉ざされた世界でも、外の世界との接点を持てる存在を欲しているのは間違いないだろう。

「…判った。」
だけど、それがリディアの選択。エッジは大きく息をついて、椅子に腰掛けた。
「でも今日の今日はないだろ?ちょっと…何日か待ってくれるか?俺は付いて行けないけどさ、土産位、持たせてやるよ。」
「へ?私…手ぶらだったけど?」

しかし。すでにエッジは食べかけていたお菓子をもごもごと口に押し込み、席を立ちかけている。
「いいからいいから!俺、ひとっ走り行って来るわ!!残りお前ら食べちゃっていいから!!」
「ち、ちょっとエッジ!?」
そう言うと事もあろうかテラスから身を投げ出し、ひらりひらりと窓枠や壁に足をかけながら下へ降りてゆく。そして見る間に地上に降り立ち、驚く庭師達の間をすり抜けて何処かへ走って行ってしまった。

やれやれ、とリディアは女官に向き直ると。
「…あ、あのぅ…もうお茶…はだ、大丈夫…」
振り向いたそこには。鬼の様な形相の黒髪女官が天に届く程のオーラを発して仁王立ちしていた。
「リディア様!その、地底の国に行ってしまうなら、このわたくしめがお供させて頂きますわよ!!お付きの者は必要です!!!」
「だ、大丈夫だよ!!その…人間が見たらびっくりするっていうか…そんな世界だし…」 何も言わなければ本当に付いてきそうな勢い。いやしかし。
「け、結婚は…?ほら、トマスとの…」
「…待たしとけばいいのです。どーせ年下だし。別にいない間に若い娘に行っても…」
なんと言う事。それは聞き捨てならない。

「カレン!!」
立ち上がり、カレンの間近に顔を寄せる。
「意地張らないの!!!」
しゅん、と縮こまる仕草に、あ、少し丸くなったかも、と感じるリディア。何だかんだとこの国でのつきあいも増えたと言う事か。
「でも…戻って来ると約束して頂かないと、私、不安でございます…あんな王子の手綱を引いてくれるのは、世界中捜してもきっとリディア様だけ…あの方には小さな頃からお仕えしてましたが、結構将来案じてたんで…」
「そっか、子供の頃からの知り合いだもんね…あれ、そう言えばオルフェもそうだよね?オルフェは?結婚とかしてるの?」
子供の頃からのなじみ、と言えば魔導師もそうだ。
あまり、色恋に興味はなさそうな感じではあったけど。

「オルフェは…魔法の修行三昧でしたねぇ。子供の頃は侍従見習いとして入った中でも、真面目に働いてたし…それ以外は修行と本の虫で、まぁ変わり者でしたね。あの通り物腰柔らかな上イケメンだし、結構女性にも騒がれてたんですがねぇ。エブラーナ人としては彼も婚期が過ぎてるので、どうするんだか…」
「ふぅん…意外だなぁ…じゃ、尚更放っとけないね。私もまた皆の姿が見たい。ちょっと時間かかるかもだけど…さ。」

立ち上がって伸びをする。高台の風が気持ちよかった。山の緑は深まり、間もなく夏になると言う季節。
「リディア様…いい季節になりましたね。」
「うん…私ね、この季節の緑、大好きなんだ。」
「…結構、エブラーナの夏は蒸してて暑いんです。その間だけ、幻界に行かれるのも… ありかも、しれませんね…うんうん。って、本当は3日位で戻って頂けると…」
への字口のカレンの顔に、思わずくすくすと笑みがこぼれた。

一緒に、とは口に出したものの、迷いはある。
この城に自分の未来はあるのだろうか。確かに、自分は勝利に貢献した事で、王妃になる資格を得られたのかもしれない。
でも、全く知らぬ文化の中で、エッジとの関係だけを軸に1から立ち上がってゆけるのだろうか。

そして。
不妊短命の召喚士の血を、全く意識する事もなかった。だが、それは自分の中にどれ程の陰を落とし、知れず身体を蝕んでいるのだろうか。
出産を機に命を落とす若い娘も多かった。無事だとしても、召喚士の血を持つものは、50まで生きれば十分な長寿だった。永く生きられる身体ではないのは、判っている。

――― 未来… 明るい未来の可能性がもしあるのなら。
――― 僅かでいい。それを目指したい…そんな未来を見てみたい。

その時。
ふと、誰かが通り過ぎた気がして、リディアはテラスの端に目を向けた。
「あれ?」
一人小さな影が、自分の脇をすり抜けて行った気がした。

―――誰?

一瞬見えた、薄い碧色の髪の幼い少女と、それを追う小さな銀髪の少年。

「待って…」
「リディア様…?」
立ち上がって後を追い、回廊の角を曲がった。
少年と少女は、テラスに立っている男の方に走って行く。

―――エッジ?

逆光の様な視界の中にいる男はエッジに似ていた。
優しい目をして子供たちを見下ろす表情に、今にない柔らかさが宿っている。

―――誰?

その脇に控えた女性の姿が、おぼろげに見える。碧色の長い髪の女性。ふと、エブラーナに留まった、初めての朝を思い出す。
あの日、夢に見たもの。 エッジと、誰かがいた。それを見ていた自分。

―――あなたは誰…?
―――どこかで…会った…

問いかけに答える様に女性は振り向いた。が、顔をこちらに向ける前に、その姿はかき消す様に消えて行った。
「待っ…」
目の前にはバルコニーの手すりとエブラーナの山々の緑が広がっていた。
「…」
後を追ってきたカレンも辺りを見回した。
「どうされたのですか?」
「え…」
やはり目の前には何もなく、はるかに西の山が見えるだけだった。

「…夢を、ね。」
リディアは手すりに近寄り、身を乗り出す。
「エブラーナに来た日、夢を見たって話したっけ―――」
「ええ…エッジ様が結婚する夢って、確かお聞きしました。」

あの朝。何か夢を見ていた様な気がして目を覚ました。
この国に留まる事になった日から始まった様々な出来事の中で、時折記憶にも薄かったその夢の片鱗が、リディアの心によぎる事があった。
散歩に出た女官達に、エッジの恋人と勘違いされていた時。翡翠の姫の歌。エッジに跪かれた時。その刀を受け取った時。何よりも、その無事を願った時。全てが、一つの方向に向けて自分を動かしている様な感覚―――

翡翠の姫の歌は王子の嘆きで終わるが、その続きは緩やかな時間の流れの中、確実に未来を作り上げていたのだろう。

「夢って、日が経つと忘れちゃうけど、不思議だな…時間が経っても良く覚えてるの。 ―――夢の中で私、ほら、城門の所にあるバルコニーの下にいて。エッジが奥さんと一緒に、手を振っているのを沢山の人と見上げていた。よく見えなかったの。隣に居た女の人が…真下にいたから。」
「ええ…でも、今となってはただの夢、ですわ。だって…」
「思い出したよ。その人、碧の髪していた。今、ほんとたった今、その続きが見えたんだ。」
カレンは首をかしげて、黙ってリディアの顔を見つめている。
「大丈夫。私絶対戻ってくるから、心配しないで。約束するから。」

中庭の端からエッジが再び姿を現し、こちらに手を振っているのが見えた。リディアは笑みを浮かべて手を振り返し、再びテーブルへと戻って行った。
 
 
 

[101日目のプロポーズ 11]

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プロフィール
HN:
tommy
性別:
非公開
自己紹介:
FFは青春時代、2~5だけしかやっていない昭和種。プレステを買う銭がなかった為にエジリディの妄想だけが膨らんだ。が、実際の二次創作の走りはDQ4のクリアリ。現在は創作活動やゲームはほぼ休止中。オンゲの完美にはよぅ出没しているけど、基本街中に立っているだけと言うナマクラっぷりはリアルでもゲームの中も変わらない(@´ω`@)
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