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ちょっと待ってて下さいね…今ブログ生き返らせますので…(涙)
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若様の出迎えの準備をお願いいたします。兵士がリディア達に告げたのは少し前の事。

「もっと膝を曲げて腰を落として…そうです。」
「えっと、それで一礼だよね?」
「そこは自然な礼で大丈夫ですわ。」

が、しかし。リディアは、結局訳も判らぬまま『エッジの刀を受け取る練習』にひたすら励んでいた。簡単な事だから、と説明を受けたものの。まずは練習と言う事で、事情はよく判らない。

「えっと…まずは“お帰りなさいませ、ご主人様!”」
「若様、かエッジ様で大丈夫ですよ。」
くるくるっと周り、流れを確認する。確かに動きやする事自体は短く簡単、すぐにでも出来るものだった。

―――これが、エッジの手伝い…?

手伝い、と言うからには書類整理とお使いに明け暮れると思っていたが、どうにも様子が違う。
何の助けになるのかはよく判らないものの、リディア様でなければ勤まらない、と女官達に強く言われ、とりあえずはその役目を受ける事にした。
「大丈夫ですよ。右左間違えたとか、意外と判らないものですわ。ホホホホホ…」
ころころと笑うカレン。どうも、機嫌が良いとこの笑い方になるらしい。
エッジを出迎えて刀を受け取ればいいらしいが、兵士の前に出るとは思わなかった。どうやら、裏方ではなく、表に出て形式的な王族としての仕事に関わる、と言う事の様だ。本当にそんな事して大丈夫なのだろうか、と今更緊張感が沸き起こる。

―――自分、とんでもない事受けちゃったのも…

後悔しても、もう遅い。
そう言えば、ローザとセシルも戴冠が決まってから、色々な上位儀礼を身につけたと言ってたっけ…と思い出す。ローザは事も無げに言っていたが、セシルは苦笑いしきり。リディアも礼一つで実感し、改めて二人の努力に頭が下がる思いだった。
「でもこれって…何で私がやるの?いいの?王家のお手伝い、って言われたけど…」
「本来ならば…いえいえ、未来こそ本来。エッジ様がやると言えばやるのです。」
若干意味不明なカレンの言葉に、アイネは頷く。
「そうです。まぁ何故かって…お教えしませんわ。終わるまでは。」
「え~!?ずるいよ…」

どうも、三人の様子がおかしい。しかし疑問を感じるまでも無く、侍従三人は自分達も軽く身づくろいを済ませると、リディアの髪を手早く結い上げた。
「ええ…こ、こんな事までするの…?」
アイネが碧の髪のバランスを見ていると、ゴリゴリと黒髪を結ぶカレンが声をかける。
「夜会巻きはちょっとね…お若いんだし、半頭垂らし結いでいいんじゃない?」
「お姉さま…ハーフアップ、って方が言いやすくないのかしら。う~~ん、サイドの…下で結ぶのも可愛いけど…確かに、その方がいいわね。」
女官達は話しながらも、手早く身づくろいを整える。珍しくカレンも薄く化粧をしていた。

「まぁまぁ、そう固くならずに。身づくろい、程度ですから。」
カレンにボフッ、と豪快に粉を叩かれ、リディアは思わず咳き込む。
「カレン!それじゃ濃くなるわよ。もっと肌に近い色の…あら…鼻にまで入ってるわ。」
アイネがそっと顔の粉をふき取るも。
「私化粧なんてした事ないもの。あんた化粧上手いわねぇ。この顔、私じゃないみたい。」
「それでよく粉、手にしたわね?化粧くらい自分でなさいな。」
口の中に残る奇妙な感触。

「…何か…小麦粉みたいな白粉だね、これ…」
黒髪女官はリディアの顔を拭いた布をこすると、途端に背を向けて小声になったのだった。
「あ、この袋小麦粉だったわ!!昨日の余り持って帰ろうとして無くなってたあれよ!!」
「…あなた…何て事したのよ!!」
「リディア様、テンプラだわ…ハァッオ゛!!」
カレンが吹っ飛んだのは、恐らくアイネの掌打によるものだろう。

今度はアイネの手で、色味を抑えた薄い化粧が、手早くリディアに施されて行く。
「お胸元は品良く閉め気味に…カワユスだわ!!!ホホホホホホ!!!」
笑うカレンの頭には、大きなコブが出来ている。
「そうね。エッジ様はボ~ンとかより、清楚な感じを好まれるのよね…実は。」
「えーっ、そうなの?“俺、グラマー美人じゃなきゃヤダ~”って言ってたよ…?」
「それはそれ。騒ぐ時とそうでない時は別ですよ。リディア様。」
「え~っ…そうかなぁ…」
 
女性三人は、めいめい好き勝手な事を言ってきゃあきゃあ騒ぎ出すも、置いてけぼりの魔道師1人。
「皆さん、一応お迎えの前なんですから…」
手持ち無沙汰に、伸びてしまった後ろ髪の結び目を整えているオルフェ。
「ねぇオルフェ、あんたならどっちがいい!?グラマーと…」
「だからカレン!人の話を聞いてください!!幾ら人の良い私でも怒りますよ!!」
こんな調子で、エッジの『我がまま』が仕事の邪魔とあらば、女官や侍従も『丁寧に』物言いをつける。馴染んでしまえばこう言う雰囲気の方がすごしやすいかもしれない。

―――でももし…私がここにずっといる、なんて事になったら、皆どう思うんだろう?

リディアが袖を通したエブラーナ風のドレスは、大陸の物に比べデザインこそシンプルではあるものの、袖口や合わせる襟に細かい刺繍が施され、軽く暖かい。仕立ての良い物だ。この服を自分が着て皆の前に出てよいのだろうか?
「リディア様、緊張されてます?」
気がつけばアイネがそっと、背に手を回している。リディアは黙って、首を振り微笑んだ。


再び、兵士がやって来た。
「失礼いたします。エッジ様、間もなくご帰還されるとの事でございます。」
「は、はい…」
一体、何が始まると言うのだろう。
「いよいよですね、リディア様!!我々もご一緒しますから、ご安心下さいね。大丈夫、5分くらいですから。」
「う、うん!!」
リディアは深呼吸一つして、背筋を伸ばす。
 
―――よくは判らないけど、やるって決めたんだから…よし。
 
四人はエッジを出迎える為に、部屋を後にした。兵士達の最敬礼に会釈で礼を示しながら、リディアは顔を上げ階下へ向かう。略式の服とは言え、慣れない長い裾に手間取ったが、女官達が手を貸してくれた。
角を一つ曲がると言う所で、カレンは覗き穴を示し、迎えの間の様子をリディアに見せる。
「ん~、30人ってとこね。何時もより多いわね…こりゃ。いつもせいぜい10人位だし。」
「各隊の隊長さんが来たのでしょう?やっぱり、エッジ様の言わんとしている事が判っているからでしょうね。」
「…?」

天井の高い、大きな玄関先のフロア。石の重ねられた壁に色のない彫刻が施された玄関間には、左右に刀と杖を構えたエブラーナの守護神の漆黒の塗りの像が祭られ、後ろの壁には数々の武器が飾られていた。その前に忍姿の兵士達が並び、城主の帰りを待っている。兵の数こそ部屋の広さには少なかったが、張り詰めた空気が漂っていた。
 
―――エッジの言わんとしている事…?

聞いた限りでは、城主の刀をわざわざ出迎えて受け取る、と言う事で、城内に注意を喚起する効果がある、と言っていた。
オルフェが後ろからそっと、耳打ちする。
「リディア様。ご普段の様に、お力を入れずに参りましょう。お出迎えだけですから。」
「…ありがとう、ね。」
四人は、手を取り合って、気持ちを落ち着かせたのだった。
 
迎えの玄関に入ると、兵士達がリディアの方に向き直る。一斉に出された礼に戸惑いつつも、少しだけ頭を下げた。顔を上げたリディアを見た兵士から、声こそ立たなかったが、ため息が漏れたのだった。
 
―――翡翠の姫だ…
―――今日はまた御美しいな…
 
はっきりと目は向けないものの皆、リディアの姿に見入っている。リディアは女官2人に先導され、後ろにオルフェを従え、兵の控える中を前に進んだ。

―――これで大丈夫かな…

心臓が早鐘を打っている。兵士の間で感じる緊張感は痛い程ではあったが、顔だけは正面を向き、開かれた扉を見つめるリディア。

―――ここからエッジが帰ってくる。そうしたら…

中ほどまで来た時に、兵士が一斉に扉の方を向き、最敬礼の構えを取った。ぴくっ、と驚きに一瞬身体を震わせるも、静かに、大きく息をつく。
「エッジ様、到着でございます。」
アイネが脇から囁くと、三人は跪き、リディアはわずかに腰を落として顔を伏せた。
 
―――エッジ…
 
聞きなれた、かすかな足音で判る。兵士達が中央に向き直ったのと同時に、リディアは顔を上げた。
 
―――!!
 
よう、と小声が聞こえた気がしたが、目が合った瞬間、反射的に顔を伏せた。
兵の最敬礼を受けたエッジの姿は、戦が始まる前の険しい表情をしている。自分が目を伏せたのは、形式でなく一瞬の畏敬の念と判る程。この人は、王子だ。そう疑いもなく感じられる品格。
 
―――こんな人と、いつも一緒に居たんだ…
 
それでもエッジは、リディアにだけ判る程度に、微かに案じる様な表情を浮かべていた。
 
お帰りなさいませ、と慣れない言葉を振り絞ると、エッジは小さく答え、刀を差し出す。教わった通り両手で押し頂き、互いに礼をする。
エッジは手を放す直前までゆっくりと力を抜いて行ったが、手渡された細身の刀の重さはずしり、と細い腕に響いた。エッジが片手で振り回していた刀。細身だが、自分はとても片手では扱えない。
 
―――結構、重いんだ…
 
そのままエッジと近衛兵は奥へと進み、リディア一行も付き従う。背中に兵士達の視線を感じながら、部屋を後にした。

それは、わずか数分の間の出来事。
 
―――終わった…のかな?

「ありがと。」
息をついたリディアの腰をエッジは無言で引き寄せ、握り締めていた刀を再び受け取り、その腰に差したのだった。
 
それから一同はしばらく無言で進んでいたが、回廊に入るとエッジは近衛兵に振り返った。

「おし、お前らここまででいいよ。後はこいつらと部屋に戻るわ。」
「はっ。」
 
一瞬、若い近衛兵がカレンと目を合わせたが、カレンは鋭い目で一瞥するとすぐに目を反らす。エッジは口笛を吹き、下がりかけた兵士に声をかける。
「トマス、お前、部屋まで来る?今日はコイツも少しめかし込ませてみたけど。全然違うよなぁ。」
「い、いえ!!失礼いたします!!」
慌てふためいて下がる若い兵。忍びの姿で口を覆っていたが眼元と声からすると、馬小屋に駆けつけてくれた若い近衛兵だ。
「フン…近衛兵ともあろう者が動揺して。失笑者とはこの事。」
知り合いのはずのカレンの言葉には、何故か棘があった。
 
「にしても…緊張したぜ!お、今日はいいカッコしてんじゃん!!」
兵が下がればまたいつもの調子に元通りし、エッジはリディアの肩を抱き寄せて、笑いながら頬を撫でる。
「ちょっと!何やってんのよ!!私も緊張したんだからね!!」
「ああ。手数かけたなお前ら。礼言うよ。今日はすぐ出るから、休んでくれ。」
だが、女官二人は、にやりと越後屋笑いを浮かべ、エッジににじり寄り何やら小声で囁く。

「ホホホ…エッジ様もワルですわねぇ…」
「リディア様に何も言ってないのでしょう?」
「…そう言うなよ…いや、うるせーヤツらは逃亡しちまったし、まぁ事後承諾…まぁそこん所、融通利かせられるお前達には感謝してるよ…」
エッジと女官達との密談を、リディアは目を瞬かせながら聞いているが、やはり内容は聞こえない。
「…エッジ様も…あなた方も…全く…」
オルフェが額を押さえてため息をついた理由など、知る由も無かった。
 
自室に入ると、エッジは三人に礼を言って下がらせた。
「さ、いっちょ行ってくるか!!」
だがその前に、とごろん、とそのままソファに寝転がり、四肢を伸ばしたのだった。
「午後、兵士に出陣の令を出す。明日出陣するよ。さっさとカタ付けたい。」
「…やっぱり、始まるんだ…」
大丈夫だって、と微笑むエッジだが、やはり緊張感はある。
「ついでに…まぁさっきみたいので、御見送りのナンちゃらもあるんだけど、夫婦で近衛兵の前だけだ。大勢の兵士の前で…ってんじゃないから。」
「夫婦?あの…エッジ、私何も聞いてないんだけど…その、今回のコレは一体…」
刀を受け取ってお帰りなさい、を言うだけの事だったが、にわか仕立ての自分が前に立って何が出来たというのか。

すると、とん、とエッジが立ち上がり、リディアの前で頭を下げた。
「いやぁ、リディアちゃん。王妃様の代理役、ありがとうございました!!」
「へ?何言って…」
「王様の刀を受け取れるのは、王妃様しかいません。これ当たり前。ま、俺まだ王子だけどさ。」
「…今、王妃って言った…?」
 
にやにやとエッジの顔が歪む。
「だから、お前にやって貰ったのは、王妃の代理役。本当の事言うとさ、ウチの国、何かキナ臭い事になりそーだな…ってなると、文字通り『奥さんが出てくる』と言う訳です。ははは。」
「は、はい!?!?!?」

めまいを感じ、何か叫ぼうとするものの、リディアの口はぱくぱくと動くだけだった。今まで荷物一つ自分に持たせなかったエッジが、刀を持ってくれと言うのは意外だった。三人の笑顔はそう言う事だったのか。それを兵士の前でやったと言う事は。出迎え云々兼ねて、リディアがそれを皆の前でするのが目的、暗にお披露目、という事だ。
 
「ちょっとぉ!どうするのよ!!私どう見てもあんたのお妃様じゃないの!?」
 
―――伝統、しきたり、うるさい貴族。反対、許さん…
 
ありがちな色々な言葉が、リディアの頭に一気にスパークした。
「いや、こーゆー事に反対する大貴族は既に国外逃亡。欠席裁判。じいは何か後ろめたいのか、程ほどの反対。で、決定。」
候補候補、と笑うエッジ。出陣と聞いてこみ上げた不安が一気に吹っ飛んだ。
「ちょっと!!そんな事でいいの!?」
「大丈夫だって。お前が絶対、そうならなきゃいけないって事じゃないよ。俺も昔破談とかあったし、ま、俺のやる事、またかって皆思う位だろ。」
「エッジ…そうじゃなくて…!!」
 
―――何言ってるのよ!!!
―――こんな事して、平気なの!?あんた王子様なんでしょ!?
 
言いかけて、飲み込んだ。エッジが明らかに心にも無い事を言っているのが判る。
 
―――破談、か…嫌な事思い出させちゃったかな。
 
この国に来て、まだ数日。こう色々あると、もう何年も居る様な気がする。してしまった事は仕方ない。多分、エッジなりに対策がある…と願うしかない。そう思いながら、隣に腰掛ける。
 
―――…あればいいけどなぁ…もう
 

「リーディアちゃん。起きてますか?」

ぱたぱたと、エッジが目の前で手を振っているのも目に入っていない様子のリディア。
「あれ?お前まだ緊張してんの?それとも何か心配事?」
かぽっ、とその手が頭を掴むが、リディアの表情は晴れずにいた。

「だって…戦いに行くんでしょ?心配しない訳ないじゃない…」
 
判らない事は山積みだ。そもそも、何故、エブラーナ城に近い街をこうもやすやすと占拠出来たのか。本当に少人数で蜂起したのだろうか。城の周りにあった無数の移動魔法のポイントは、混乱させたり、盗みを働く為に潜入しただけなのか。
 
そして、王家の名を名乗った男―――要求は少数民族の独立。
廃位の王、と言う言葉の意味も、はっきりとは理解していない。女官達が口にする位だから重要機密では無いだろうが、全ての事を、何から誰に尋ねればいいのか。
 
「少数民族の独立要求…って、そんなに厳しい政治だったの?」
「昔は、な。侵略で無理やり統合した部分も多い。けど今は実質、個々の政治には口出ししていないし、王都から遠ければ遠いほどいわゆる上納金みたいなもんだって、名目上少し取ってる様なもんだ。ただ、エブラーナは小国だ。幾ら関わりが薄いからって一つの国としちまうと、他の大国にそこを落とされたら、いい足がかりにされちまう。それが理由だよ。」
確かに要求はあるだろうが、圧政とは言い難い今、武力によって強引な独立をした所であまり得られるものはない。その一つでは蜂起の理由には乏しいのは間違いないだろう。

「城の外で隊を組み立てて、明日の日の出と共に出発だ。王の間で出陣の令を出したらすぐ行く。俺、少しまともな服、着てくるわ。」

―――本当に、出陣してしまうんだ…
 
「エッジ…」
「ぜってー無事に戻るからさ、そしたらご褒美でしてくれ、その、お前から。」
「…?」
「えっと、お子様風にはチュー。いや、いってきますのちゅーでも…むふっ」
「バカッ!!!」
一体、今日は何回この言葉を口にするのだろう。
だけど、と思い立ち、リディアは立ち上がると背後からエッジに近づき、腰に手を回す。
「おっ、何だ何だ!?相撲か!?」
「い、行ってらっしゃい…の…」
鼻を思い切り背中に押し付けた。
「し、してあげない!!帰ってこないと、してあげないからね!!」
それ位なら、と思って背中をつかまえたものの、それ以上動けない。折角だからそのお願いを聞いてあげたいとは思いつつ、顔を上げる事は出来なかった。
「何だよ~?ここまでしておいて…」
「わ、判らないから。そんなのした事無いから、判らないのっ!!」
「じゃ帰って来たら、ゆーっくり教えます。」

にやにやと笑うエッジが何処までの事を考えているのか、リディアの判断は甘かった。
「いいって!!ち、ちゅー位…そ、そうだ、女官さんとかに教えて貰うよっ!!」
「…いや、それはヤメテ…あ~、何かしおしお~ってなっちまった…アイツらが思わせる物は男と何一つ変わらねぇ…くそぅ…」
首を振りながら、エッジは部屋を後にしたのだった。
「…しおしお?ヘンなの…」

その言葉通り、午後エッジは王の間で出陣の令を出し、兵士達が慌しく出陣の準備をしていた。
相手が少人数と言う事で、近隣から兵の召集をかける事はなかったが、それでも大分の人数が集まり、エッジの隊は、明日夜になる前には小さな集落に陣を張り、そこで指令を出す流れになった。
リディア達は同じ迎えの玄関で、近衛兵のみの見守る前でエッジに刀を簡単に手渡した。

「それじゃ、行ってくるぜリディア!!カレン達、後は頼んだ。難しい事はじいとか宰相に任せてあるから、まぁ一緒に城を頼むわ!!」
「うん!エッジもね!!」
「心得ました!」
四人は連れ立って中庭に出ると、エッジは馬にまたがって手綱の調子を確かめている。軍馬達の体調はまだ不安定だった為、兵たちは訓練中の馬、エッジはハヤテに乗っての出陣となった。
 
「―――気をつけてね…っと、ご武運を…お祈りしてます。」
近衛兵の前で、抑えた口調でそう告げると、エッジの目が優しく細まる。
「ああ。城の事は頼んだよ。」
 
片手を挙げて手綱をさばくと、ハヤテは城門の方に向き直った。近衛兵隊長がリディア達に一礼し、エッジと共に城門へ馬を走らせる。リディアは城門から出てゆくエッジの姿を、小さくなるまで見つめていた。

―――エッジ、必ず…必ず、帰ってきてね!!



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翌朝は、何時もと変わらぬ朝。
初めての朝には違和感のあったこの城の天井も、すっかり見慣れてしまっていた。 いつも通り、かすかに庭先から女官や兵士達の声が聞こえる。一人部屋を出て顔を洗い、帰りにすれ違った夜勤の兵士達に礼を返す。
その兵達の様子から伺う限りでは、城内に混乱は無い様だった。
―――昨日…何て言われたっけ…
エッジに、王家の人間になって力を貸してくれと言われたのは昨夜。テーブルの置かれていた所に立った時、鮮やかにその時の様子が心に蘇った。

 

―――翡翠の姫。どうかこの国に希望をー――

「や、やだ…ひ、姫って何よ!!!」

途端に頬が熱くなり、自然に顔を震わせる。
確かに、エッジの面持ちは真剣なものだった。だけど、自分に何が出来るというんだろう。さすがにいきなりエッジの隣に立てば、女官達だって内心は面白くないかもしれない。

―――もしかして、エッジ…昨日は説得しに行ったのかな…
―――怒ってないかな…あの2人

扉がノックされる。女官達が来たのだろうか。

「おはようございます、リディア様。」
「おはよ…へ?オルフェさん!?どうしたの?」
意外にも、一番のりは魔導師オルフェ。
「エッジ様の命により、本日よりリディア様のお傍にお仕えする事となりました。」
「へ?そうなんだ…私、十分色々して貰ってるけど…」

―――二人はボイコット…まさかね…

しかしそれを打ち消すように、続いてカレンとアイネが姿を現した。
「おはようございます、リディア様。御召し替えの服をお持ちしましたわ。」
大きな袋を抱えたカレンは、殊更上機嫌な様子が見て取れる。
「おはよ~って…何だかいい服だね…!?」

大体は、リディアは自分で持ってきた簡素な服を着ていた。
しかし今日二人が持ってきたのは、シンプルなエブラーナ風のドレスに魔導師の薄い室内用ローブ。派手ではないものの気品があり、一見して貴族、あるいはそれ以上の身分を思わせる物だ。
「お国のドレスとは違うかもしれませんが…見た目より暖かいですよ。」

嬉しそうな表情でにじり寄る二人に、リディアは目を丸くする。
「ま、待って…ど、どうしたの二人とも!?」
「まだ余り、詳しいお話はご存じない様ね。じゃ、最初は穏やかに行きましょ。」
「…いいわよ。エッジ様が決めたんだし…ホホホ…」
ほくそ笑む女官2人を、オルフェがたしなめている。
「ち、ちょ…特にカレン!!こういった事には順序があるんですから!!」

三人は頭をつき合わせて、何やら相談事をしている様だった。どうやらエブラーナでは、仲間内の密談の際には円陣を組むらしい。
「ち、ちょっと!!オルフェさんまで!?どうしたの!?」
 一斉に3人が振り向く。
「今日より我らの事は、お呼び捨てて下さいませ。さん、とつけたらお返事いたしません!」
「そうですわ。今日よりエッジ様のお妃候補として振舞って頂きますので…」
「ええええ!?あ、あの…それって…」

―――確かに、そうと言われた様な…

力にはとは思ったが、返事もしていない今の今にいきなりとは思わなかった。しかし三人の目の色に真剣以上の輝きがある。先程の憶測が吹き飛んだのはありがたいが、若干の身の危険を感じるリディア。

「…勿論」
リディアの心を見透かす様にカレンが追い討ちをかける。
「この戦いが終わるまで、とかはナシでございます。ホホホホホ…」
「ホ、ホホホって…」
カレンの目は既に据わっている。明らかに本気だ。
「リディア様…”翡翠の姫”がエブラーナにお忍びでいらしている事は、城下の噂になっております。城内の者も感づいてる様ですわね。どこへも隠れられませんわよ。お迎えの刀受けも練習です…ホホホ。」
「迎えの?えっと、エッジが帰って来たら、刀もちすれば良いんだよね?」

ぴたっ、と女官達の動きが止まる。
「あ、ごめんなさい…刀って大切な物なんだよね。エブラーナでは…って、皆…?」
またもや3人は頭をつき合わせて、何か相談している様だった。
「お披露目兼ねてって事は存じてない様だね。二人とも、迂闊な事言っちゃダメよ!!」
一人の声だけは、こちらまで届いて来た。

「…エッジが王家の仕事を手伝って…って…言ったんですが…で、後の事は後って。その、皆…何隠し事してるの!?ずるいよ!!わ、私たち…仲間でしょ!?」
仲間、と言う言葉に、三人の肩が微かに震えた様だった。
「もう…笑ったでしょ…だって、一緒にお城抜け出したりしたじゃない…」
大柄な黒髪の女官は笑いを噛み殺した風で、ドレスを手にリディアに迫った。
「…フッ、後の事は後で?そんなの口から出まかせに決まってます。さ、お召し換えいたしましょ。この服の着方は…ご存知ないですわよね。では我々が。」
「ち、ちょっと待ってよ!!」
オルフェと言う男性がいる事も忘れ、リディアの服を引き剥がしに取り掛かる黒髪女官。

「きゃぁぁあああ~~~~!!!」
アイネが慌てて制止しようとしたが、オルフェは脱兎の如く扉の外へ駆け出していた。流石に服を着る位は自分でしたいものの、エブラーナ風の服の着方がまだ判らず、リディアはされるままに立ち尽くす。襟と身頃を合わせながら、カレンはかまわずに喋り続けていた。
「我ら三人、エッジ様とは幼少のみぎり…女官・侍従見習いの頃よりのなじみでございます。本当は誰よりも、エッジ様にふさわしい方を待ち続けてました訳で。」
勿論三人にはエッジに対し何の権限もないが、身近にいる分思う事もあるのだろう。そろりそろりとオルフェも戻って来た。

「た、確かに言われたけど現実は…ねぇ…ほ、ほら私、身分も無いただの…」
その迫力に下がっても、もはや後ろは壁。
「エッジ様に取り入ろうと寄ってきた貴族のお姫様方は、世の中ご存じないお美しい方々ばかりでしたの。部屋に小さなクモがいただけで失神される事が、皆さんお得意といいますか…どの様な訓練を積めばああなれるのか、優秀なくのいちよりもお芝居がお上手で。」
にっこりと笑うアイネの言葉には若干の毒。
「その様な方々が妃になったらと思えば腹切った方が…もとい、お暇を頂いた方がマシでございます。私は、ふさわしい方に全力でお仕えしたいのです。個人的に言えば、強い女性は大好きでございます。」
「あ、あの…カレンさん…嬉しいんですが、そのぉ、そんないきなり…」
 さん、をつけたせいか返事は無い。恐らくは、ハナから耳に入っていないのだろう。

―――全力で仕える…歓迎…されているのかな…

ともかくも、エッジの身近な人達には歓迎されているのは間違いない。さぁ、ご飯ですとカレンの全力でつかまれるリディアの小さな身体。抵抗は無駄だ。
 
―――私、どうなっちゃうのかな…

警備兵達が最敬礼する中、食堂に引きずられるリディア。それでも、城内の様子が平穏な事に、僅かに胸をなでおろしていた。


一方その頃。
城下の軍事施設、エッジの陣営では―――
 
「今入っている情報は…まだそんなもんかよ…」
若干の苛々をかもし出し、半ば頬杖をつきかけつつも、近衛兵隊長に向ける銀眼は鋭い。
エノールの街では、エブラーナ軍が街を包囲し反乱勢力は立てこもったままで、大きな変化は見られない。反乱勢力は街や住人に手を出す事もなく、平安を保っているが実質的には街一つ人質の様なものだ。しかし、王家の名を語る首謀者と言う者も姿を見せず、混乱させる為の偽りの情報ではないか、との空気も兵の間には漂っていた。

「少数民族の独立は容認できない。が、自治に関しては別に話し合いをするか…王家の話が嘘だとしても、首謀者は早く拘束したいな。示しがつかねぇし。」
近衛兵からの報告を受け、エッジは腕を組んで思案していた。
「しかし、その交渉の席があの様な事に…双方被害が出たとなると、その意図は…」
最も、情報が少ないのは当然の事ではある。それを持ち帰る為の者たちが、敵味方問わず全員爆発に巻き込まれたのだから。最低限の状況変化を知らせる狼煙と、通信用の鳩。
詳しい情報は追々という事になるだろうが、早馬でも1日ではたどり着かない距離。
 
「魔法とか、忍術とか…原因も判らねぇのか?とりあえず城内の兵だけで明日出陣する。いつまでも少人数程度にてこずってる訳にもいかねぇしな。で、俺も行くぜ。」
最後のエッジの一言に、控えていた兵達がざわめいた。
「若様!!それは危険でございます!!」
「ああ、確かにな。だから俺は街には入らねぇよ。」
将校達から安堵の声が漏れる。近衛兵隊長が進みより、エッジに資料を手渡した。
「街に陣を構える兵は確かに報告よりかなり多いようですが、我が軍には及ばない様です。港も運搬に関しては通常通り、王家を名乗る者の姿もありません。」
港が押さえられていないと言う事からすれば、兵力が少ない、と言うのは本当だろう。どうやら大きく争う気は無いようだ。
 
――― 一体、何があったんだ?
 
港を押さえない、と言う事は、街を占領してまで争う気はないと言う事だ。だが、何故。そしてその場で、何が起きたのか。相当の混乱があった事は伺えるが、武力衝突発生、沈静化している、と言う最低限の情報で止まってしまっている。

「ああ、ありがとうガーウィン。海から行く必要はないか…お前はどう見る?このまま膠着状態が続けば…まぁ俺一人乗り込みゃ済みそうな話だけど…」
今度は家老が顔色を変えてエッジに詰め寄った。やりかねない、と思ったのだろう。
「わ、わ、わ、若っ!!どうかそれだけはお控え下さいませ!!!」
「いや、もう無茶はしねーよ。何ていうかこう…今回は帰りを待ってるのもいるしさ。だから、くれぐれも!!よけ~な心配はすんじゃね~ぞ!!じい。」
その言葉は何時もと変わらぬ調子だったが、一瞬エッジの目線が鋭くなる。言わんとしている事を察し、さしもの家老も、黙ってうつむいてしまったのだった。

あまりに珍しい家老の反応に、何事かと、兵士たちはエッジと家老の二人を代わる代わる見比べる。

「…いや、今、俺に大事なお客さんが来てるんだよ!!」
一瞬場の空気が緩む。特に近しい近衛兵達は、その存在を知っていたのだ。
「それではやはりあの方が…」
「いや何もまだ言ってねーぜ!?お客さんとして来ただけだよ。こんな状態だし帰せなくてさ…この戦いが終わったら…なんつーか、正式にアレ…まぁ受け入れてくれると…いいけど…」

しん、と静まった一同。女官と親しい分、その”お客さん”の正体を良く知る近衛兵トマスが口を開く。
「…あれ、ですか。」
「アレだって!!だから、アレだよ!…その、ほら!!」

その言葉に近衛兵だけでなく、下々の兵士、果ては軍医までも色めきたった。
「是非この戦が終わりましたら、ご求婚されませ若様!!!」
「ここは一服盛ってもハイと言って頂きましょう!!」
「おう!そりゃ良い考えだ…って!!ばっ…バカかお前らは!!」

口々に近衛兵、将校達から激励が浴びせられる。
おおよそ戦の場には不似合いな空気だが、士気を高めるには一役買った様だ。その言葉一つで軍事施設が活気付き、にわかに兵達の動きが活発になっていた。
「若様の晴れ姿を見るためにも、我ら力を尽くさねばな!!」

―――おいおい…俺の為じゃねぇだろ…

狙い通りながら、いささかの気恥ずかしさも感じる展開。
 
エッジにとってこの一戦は、最高指揮官として初めての出陣になる。勿論、小規模の制圧に出陣した事はあるが、あくまで上には王である父がいた。不安がないと言えば嘘になる。勿論実際の指揮をとるのは将校だが、彼らは対魔法の実戦は無いに等しい。

国王と言う立場なら内乱程度の事に自ら出陣はしないが、今はまだ王子の身であり、王家の名を語る者とあれば内乱では済ませられない可能性もある。それだけに黙っていたくはなかった。唯一の次期国王に対する周りの心配は大きく、数倍の人数を制圧に当てたのも、エッジを案ずる意見あっての事だった。
失敗は、許されない。

―――いい機会、だったのかもしれなぇな。

ふと、控えていた兵士に向き直る。
「…昼に一度城に戻り、出陣の令を出す。将校達は王の間に集めておくから。」
「心得ました。では城の兵達にも、出陣の準備をする様伝令を。」
「あと、城の者に迎えの刀受けも準備させてくれ。ま、慣れてないから簡単に、な。」

はいと言いつつも、兵士は一瞬、首をひねった。

形式的な事を嫌うこの国。
わざわざ『出迎えの刀受け』をすると言う事は、刀が必要になるという可能性を―――非常事態が近い事を暗に城内に知らしめる合図でもあった。確かに戦が起きるこの時だが、『刀受け』の役目をする者は、王の刀を受け取れる程の格のある人物、非常に王に近い立場の存在がなければ成り立たないのだ。

王と同等の存在。
しかし次の瞬間、兵はあっと大声を上げた。

「…あ!!わ、判りました!!ではすぐにその様に伝令を!」
「そ、俺の部屋にいる人。近衛兵には伝えといたから、玄関の兵士に頼むわ。」
心なしか喜び勇んで、兵は部屋を出て行く。

ふう、と息をつくエッジ。ふと、バロン王に戴冠するセシルとローザの顔が浮かぶ。大国を任せられたあの二人。恐らく名君になるだろう。

―――負けてらんねぇ。

違った部分で高揚する心を、エッジは大きくなる鼓動で感じていたのだった。
 
 
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「リディア」

どれ位時間がたっただろう。エッジはベッドの縁に座っていたが、先ほどとはうって変わり、穏やかな口調で臥せるリディアに語りかけた。
「エッジ…?」
リディアは身体を起こし、恐る恐るエッジと目を合わせる。そしてその表情からも怒りが
消えているのが判り、胸を撫で下ろしたのだった。

「お前にとって家族って、どんなもん?」
「家族?」
「ああ。オヤジとお袋がいて、子供もいて…」
「?う、うん…えっと…」
不思議な問いだ。母の亡くなった理由を知っているエッジがこんな事を言うなんて。
 
「…私は…お父さん…召喚士の血が濃くて…早く亡くなったの。お母さんとはとても仲が良かった。幸せだったな。」
「そうか…俺もだよ。親父とお袋、仲良かったな。色々言う連中もいたけどさ。いいよな。親父とお袋が仲いいって。」
そっと、頬にエッジの手が触れるが、優しい感触を伝える指先。
「俺…国の事は大切だし、心配かけてんのも判るけど…その為にいい所のお姫さんと結婚してお世継ぎどーのとか、ムナクソ悪くてさ…やっぱ、段取り踏んで行きたいじゃん。」

自分の立場と、召喚士の歴史と重ね合わせた様なエッジの言葉だった。家老の行動を節操が無い、等思えないかもしれない。
リディアはふと、自分の生い立ちを思い出していた。自分もまた、血統維持の為に血族結婚を繰り返し、不妊と短命へ走る召喚士の血筋なのだ。
 
かつては、将来婚姻させるために、引き離して血縁を隠し育てられた兄妹や姉弟も珍しくなかった。それが、召喚士の使命と周りに教えられていた。村には召喚の血筋とそうでない者がおり、差別と言うものはなかったが、それでも召喚の血を持つ者は特別な存在だった。
今は流石に血族婚はなくなったものの、少し前まで、召喚士としての才能を発揮しはじめた子供は、それ以外の血筋のものとは、個人的に深く心を通わせない様に仕向けられていたのだ。
それはいずれ、濃い血を交えると言う前提の為だった。
 

しかし幸いにも自分は、村を出てセシル達と世界を周り、幻獣達の愛情に包まれて成長する内、それが様々な思いや理に反する事だと気がつく事ができたのだ。大切なのは心が通う事。それをないがしろにした故郷の村が、抱えるものに固執するあまり、衰退の道をたどったのが、外から見れば良く判る。

「うん。私も…そう思う。王族の血統が、どれ位すごい事なのか私…判らない。でも…エッジと私は、心…繋がっているんだよね?」
「当たりめーだよ。それでいいじゃん。」
「うん。血筋だからって…私はお母さんが魔法を教えてくれたから、召喚も出来る様になったと思っているよ。エッジもそうでしょ?それに、私…大きくなったら、えーっと…確か…30位上の叔父と結婚する事になっていたんだよ。そんなの嫌だったもん。」
「30上…って…?そんな話があったのかよ!?」

幼い日、若い叔母が亡くなった。父の弟の妻は、まだ20才にもなっていなかった。
そしてある夜、近所の年長者達の話し合いを盗み聞きしてしまったのだ。

―――子も産まずに死んでしまったな。後妻は誰にするか。
―――リディアはどうだ?子供が産める様になるには、5年もかからないさ…
―――しかし時間が長くはないか?純血でなくても、早く後添いを迎え子を…
―――いいじゃないか。あいつは若い娘が好きだし…
―――ならば決定だな。今のうちに、懐かせておかなければいかんな…

親類の情は、男女の仲とは全く違う物など知りもしない頃だったが、生理的な嫌悪感を、男達の話に覚えたのは鮮明だった。

「お母さんは絶対させない、って言ってくれたけど…どうなってたか…だから私、子供が出来たら、召喚魔法を教えてあげるの。きっと召喚士とは違う人との子供でも、頑張れば出来る様になる。もうミストに戻ることは無いだろうけど、それが知られれば、皆血に頼らなくなるから、そんな不幸もなくなるかな、って。」

父と母は遠い血縁の夫婦だった為か、リディアは純血の召喚士であっても才能は最初から非凡、と言える程では無かった。その代わりに、召喚士としては比較的健康な身体を持つ事ができた為、周りの将来への期待は大きく、血を保つ為に近親者を配偶者にと言う動きは、幼いリディアにも感じられる程だったのだ。
 
それを自然として育って来た。だが、今は違う。
家老の言葉に拒絶反応を示したのは、その記憶にもあるのかもしれない。

「…エッジ…どうしたの?何か悪い事…言ったかな?」
覗き込んだエッジの表情は、怒りとは違っていたが、再び険しいものになってるのに気が付き、リディアは首をかしげる。
だがその視線を逸らし、別に、と息をついたのだった。
「もう村を出たんだろ。だったら、そんな事気にするな。お前はお前で、一人の召喚士でいいじゃねぇか。聞きたくねぇよ。30も年上のジジィと結婚?冗談キツイだろ。」
「…あ…ごめん。変な話だよね。そんな事言われた位だから…家老さんの言葉、気にしてないって事なの。」

しかし言葉の途中で、ぐい、と今度は強めに頬が引き寄せられた。
「いいからやめろ。聞きたくねぇ。口ふさぐぞ。」
「え!?鼻はふさがないでね…」
近づきかけたエッジの顔が、ため息と一緒に一気に下へがくっ、と下がる。
「…そうじゃねぇって…あのなぁ…ガキじゃねぇんだ。ベッドルームに男なんか、間違っても入れるんじゃない。俺が悪いヤツだったら、お前ひどい目にあってるよ?ジイじゃなくたって、誤解するよ?何されても、言われてもおかしくねぇよ。全く…」

僅かに、頬にかかった手に力が入った。
「…一回だけ聞いてもいいか?お前が受け入れてくれるなら―――俺は…その、お前とそうなるのは…」
「ちょっ…!!そんな事言わないで!!」

思わぬ大きな声に、エッジの手が一瞬、驚きで震えたのが判った。意識はしていなかった。自分でも驚く程の勢いで、制止の言葉を叫んでいた。
「ご、ごめん…その…エッジが嫌い、とかじゃなくて…」
頬にあてられた掌から熱が伝わって来る。言葉の意味が、判らない訳ない。頑強に拒む程、いやな訳じゃない。そしてエッジを嫌いな訳じゃない。でも。

それなのに、自分を間近に包むエッジの眼差しは柔らかく、そのまま、その胸に身体を預けてしまいたい衝動にかられていた。

―――なんて我がままなんだろう…

「そうか。残念だな。だったら、ベッドで男に顔なんか触らせちゃいけないだろ?」
「…意地悪。」
意地悪は、どちらだろう。わざわざ会いに来て、からかっていると思われたのだろうか。

「お使い…でも私もエッジに会いたいと思ったから…だから来たの。ごめん。そんな事…考えてなくて…」
「ばか。そんな事…二の次だ。でも俺、ちょっと幸せかも。ありがとな。」
小さな額に柔らかく、唇が触れた。もじもじ、と肩をすくめるリディア。その腕を両方からぽんと叩き、にかぁ、と笑みを浮かべる。

「大丈夫。野蛮な事はいたしません。さ、メシにしよーぜ。まだ食ってないんだろ?」

外に出て部屋の灯りを幾つか灯すエッジの指先には、微かに火遁の動き。ワゴンに添えつけの小さな火鉢にも火を落とすと、金属の器に入ったスープを温め出す。懐から取りだされた袋から、皿にぼたぼたとパンやらドライフルーツやらが落ちてきた。
「ほれ、穀類とらねぇと腹持ち悪いだろ。お前、肉あんまり食わねぇよな。その皿頂戴。」
「エッジ…それ、何…?」
「ああ、台所にあったから貰って来た。余り物ってのは、こうやって持ち出すもんだぜ!」

エブラーナ城では、食べ物の無駄は一切ない様だ。今朝の事を思い出し、くすくすと笑みがこぼれたのだった。
「何だぁ?」
「ううん、何でもないの。」

「…あ、あの~う…」
まるで頃合いを見計らったかの様に、扉の外から、遠慮がちに強い方の女官の声がした。
「お加減よろしい様でしたら…エッジ様の夕食も、お持ちいたしますが…」
「ああ、俺のあんの?わりいな、急に帰ってきちまって。余ってんのでいいよ。」
おそらく、オルフェから次第を聞いて来たのだろう。
それを知ってか知らずか、何であいつら、そんなに用意がいいんだ?等とつぶやきながら、エッジはパンをかじる。何やら思う所もあるのか、俺もヒトがいい~、等とボソボソ呟く声と共にパンの欠片が床に落ちていった。
「って!!ちょっと!歩きながら食べないでよ!」
「おお~怖いお母さん!」
食べかけのパンはそのまま、リディアの口に押し込まれた。
「んむむ~!!」
それでも出す訳にはいかないとばかり、もぐもぐと必死で口の中にパンを閉じ込めるリディア。
「うっわ、ガキみて~~~~!!!」
「むむむむむ~~~~!!!」
必死の抗議も『リス顔』と一笑にふす表情からは、先程の面持ちはすっかり消えていた。

「おうカレン!早かったな!」
扉を開ける音に、リディアは慌てて後ろを向いて、パンの最後を口に閉じ込めたのだった。
「すみません。もう火を消してしまったので、こんな物しか残ってなくて…確かドライフルーツもあったのですが…」
扉の外に立つ二人もリディアを案じていたのだろう。安心した様な表情を浮かべている。

「そうそう、ドライフルーツが無くなってしまったのですわ。パンと一緒に。」
「まったく、人が夜食に取っておいた…も、もとい大切なお城の食べ物を…見つけたらタダじゃおかないわ!!」
さっと、袋から出したドライフルーツを乗せた皿の前にエッジが立った瞬間ちらり、とアイネの眼鏡がこちらを見た気がした。
「あ、いいって!!いいからいいから!!ゆ、許してやれ、な!!」
噴出しそうになるのをこらえるリディア。
「…もふッ…二人ともごめんね。ちょっと寝すぎちゃって。」
まぁ、お客様の為なら、と言う空気を醸し出しながら、アイネが首を振る。
「いえいえ、お疲れになりましたでしょう?今日は泊まりで下のフロアにいますので…御用ございましたら、何時でもお呼び下さいね。」
恐らく話は聞いているのだろう。なんでもない、と言い訳をする気にもなれずにいたが、女官の方もそれは察している様で、あえて心配している様子は見せない風だった。

素っ気無く立ち去ろうとする二人に、エッジが声をかける。
「あのさ、お前ら、これから本格的にリディアの面倒頼みたいんだけど…どうよ。」
「へ…?私、十分面倒見てもらってるよ!?」
十分過ぎるほどこの二人は仕事をしている。エッジも判っているはずだ。それなのに。
「…私達はそれが仕事ですわ。ねぇ、カレン。」
「ええ。命を助けられたからには、荒野でも戦場でも、リディア様に付いて行くつもりです。」
「荒野戦場は勘弁してくれよな…ま、ありがと。」
女官二人は一瞬顔を見合わせた。すたすたと、エッジは二人の方へ近づくと、小声で何か話しかけている。
「…エッジ?」
リディアも近寄ろうとするものの、三人は円陣を組むように頭をつき合わせる。

「ちょっとさ、お前ら下の部屋で仮眠だろ?後で行っていい?」
「はぁ。って、何故ですか?リディア様を置いて…?」
「おめーらを見込んで頼みたい事があるのよ…俺の…いやお国の為に、力かしてくれ、なっ!!」
「…どうせ私たちが何を言っても、思う様にしかなさりませんでしょ。」
ひそひそ話をしていたと思えば、クックックッ、と漏れる声。
「…で、今回は…根回し・書類偽造・事後伝令のどれになさいますか?」
「お二人に反対する方々を大人しくして頂くとかもOKですわ…ホホホッホホ…」
「ばか!!声でけぇよ!!とにかく後で行くから!!」

漏れる言葉からすると、穏やかな話ではないのだろう。リディアは聞かない様に背中を向けて、スープをかき回していた。
 

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自己紹介:
FFは青春時代、2~5だけしかやっていない昭和種。プレステを買う銭がなかった為にエジリディの妄想だけが膨らんだ。が、実際の二次創作の走りはDQ4のクリアリ。現在は創作活動やゲームはほぼ休止中。オンゲの完美にはよぅ出没しているけど、基本街中に立っているだけと言うナマクラっぷりはリアルでもゲームの中も変わらない(@´ω`@)
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