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ちょっと待ってて下さいね…今ブログ生き返らせますので…(涙)
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一夜明け太陽が昇ると、想像以上の城下の惨状が浮き彫りになったのだった。

負傷した民は林の中に日よけやテントをはっていたが、何処も負傷者で溢れていた。その家族や街の医者達が懸命に活動するも、救護の手は追いつかない。辺りには血の匂いや、負傷者のうめきが充満していた。
リディア達は、中庭に作られたテントに運び込まれた負傷者を目の当たりにし、言葉を失っていた。

「何てひどい…」
「闇に紛れていましたが、これ程とは…」
かつて、ダムシアン、ファブールでも戦の惨状を見た。人の居なくなったエブラーナの城も。
そしてまた、このエブラーナで…

町の女たちだけでなく城に残った侍従、女官達が救護に参加した為、リディアも家老の反対を押し切って加わったものの、手が足りない。城の外にも負傷者がいるのだ。

―――エッジ様は…生きておられるのか…
―――敵の奇襲を受けて足止めされたと言うのは…まさか…

不吉な噂が流れている様だった。小競り合いと思った隣町の反乱は、城下への攻撃となった。無事な者も皆、予期しない攻撃にさらされ、怯えきった表情で座り込んでいる。

シルフの力を使い、回復を手伝うものの力が及ばず、泣きながらこの世を去った子供もいた。しかし、泣いている暇はない。今度は痛みに呻く老人に睡眠の魔法をかけ、苦痛を和らげる。泣き声とうめき声が、城の庭には響いていた。

「家老殿!!薬はもうないですか!?」
「地下倉庫の物で最後じゃ!!今運ぶ!!」

家老や宰相も始めこそ、ただでさえ少ない城の備品が使われる事に難色を示していた物の、目の前の惨状に自ら薬や荷物を運ぶ、と言う状態だった。城に残った兵士は少ない。しかし、城の外では、今しも敵が再び攻撃を仕掛けるかもしれない、という緊迫状態だ。

―――どうすればいいの…

城壁の外では敵が攻撃の準備をし始めたとの情報が入った。オルフェは将校たちと共に城下町の軍事施設に赴き、少年達も15才を超えた者は全員召集された。家老、少しの兵や女官侍従、宰相達が城に残るのみだ。
城下町にも兵は配置されている。が、この状態でもし城下に敵が入れば一たまりも無い。何処まで通じるか判らないが、自分が行くしかない。だが、今は目の前に死に掛けた人達すら助けられない。

―――私、どうすればいいの?

水を汲みに行きながらも、流れる涙がずっと止まらない。
世界を救った英雄の一人、しかも魔導師でありながら、何て無力なんだろう。ローザ程の白魔法の腕があれば、どれだけの人が助かったのか―――
「エッジ…早く帰って来て…」
本当はそんな時間はないと判ってはいても、桶を沈めたまま座り込み、立ち上がる事は出来なかった。

「あれ?あんた、リーア…だったよねぇ。」
野太い声にふと顔を上げると。全身に包帯を巻いた大柄な女性らしき人物が、たらいを手に自分を見下ろしている。
「ゴモラ…さん?」
全身包帯を巻いた巨大なミイラの様な姿で立ちはだかっていたのは、門の前で会った巨体の女官。
「ああ、あんたも無事だったの!!良かったよ。いやぁ、ウチの実家なんて爆発しちゃったからさ。おかげでこの怪我さ。全く、ジィさんが芝刈り行ってて良かったよ!!」
足を引きずりいつもの迫力は無かったものの、爆発したにしては達者な様子だ。

「爆…発?」
「いやあ、何かウチの裏手?妙な落書きがしてあって、変な箱が薪ん所置いてあったからさ、何よこれと思って持ち上げたら、いきなりつむじ風みたいな火が出たんだよ!!」
「落書き…って、あの、円みたいな…?」
そうそう、と巨体女官は頷く。どうやら、『仕掛け』のそばに居たらしい。
「本当、驚いて箱投げ捨てなかったら、絶対オダブツだったよ。投げた途端そいつが屋根の上で爆発して、実家全壊しちゃったのよ。これで命があるんだから運がいいってヤツだよ!やっぱり、薪は地下か中に入れとかないと駄目だねぇ。」
「爆弾投げ捨てたんだ…つ…強いんだね。ゴモラさん…」

だが、リディアの泣き笑いに、ゴモラは眉をひそめたのだった。
「アンタ、誰か亡くしたの?」
「ううん…だけど、私、何も出来ないからさ…情けないんだ。外国のお友達にね、すっごく腕のいい白魔導師がいるの。私もその人みたいだったら、って…」
言葉が終わらぬうちに、ゴモラはリディアの背中を軽く、いやリディアの感覚としては思い切り叩いたのだった。ふらふらとよろめいたが、ふと気負いが緩んで、ゴモラの大きな姿を見上げた。
「ご、ゴメン…そうだよね。私が泣いてる暇ないよね。ゴモラさん、そんなすごい格好しているのに。」
「格好だけじゃなくて、これでも結構痛いんだよ。まったく…」

ごめんごめん、とリディアは久々の笑い声を上げる。しかしふと、自分は新人の下働きという風に思われてたっけ、と思い出し、あわてて首を振った。
「っと、ご無礼すみませんゴモラさん!!」
「ははは!!そうそう。あたしは近衛兵隊長の妻だから偉いんだよ。」
その言葉にリディアは一瞬、訝しげにゴモラの顔を見つめる。

――― へ?
――― 近衛兵隊長…って…確か…

エブラーナの城を訪れた時、門前でエッジに取り次いでくれたガーウィンは、近衛兵隊の隊長だった。と、言う事は。だが、近衛兵隊長の奥方と言えば、それこそそれなりの貴族級の立場。だが、あまりに目の前の洗濯女官とはかけ離れている。
「どっちが無礼してるんだか!!私なんて大層な身分じゃない。まったく、隊長の奥さんなのにこの国は、洗濯仕事辞めらんないんだからねぇ――― 本当、おかしいでしょ?リディア様。」
「え…」
思わぬ所で名を呼ばれ、リディアはゴモラから一歩下がるも。
 
――― やっぱり…ガーウィンさんの奥さん…なの!?
 
「ああ、リーアだったね。出来ない事、ああだこうだ言ったって仕方ないでしょ。」
その手で、リディアの髪を覆っていた布を引き剥がしたのだった。
「ま。アンタはこうしてた方が、よっぽど助けになるんじゃない?―――ほら!!翡翠の姫様!!」
途端にリディアの翡翠色の髪が流れ、ゴモラの声に振り返った皆が一瞬、息を呑む。

――― あれは…翡翠の姫様!?

驚いて振り向くと、ゴモラは深々と頭を下げ、足を引きずりながら立ち去ったのだった。
「ま…待って!!ゴモラさん!!」

「あっ!!リディア様―――!!」
遠間にリディアを見つけたエルが駆け寄って来た。
「エル!!」
怪我をし、呻いていた人までも、一心にリディアの方を見つめている。その眼差しの多さに、リディアは息を飲んで立ち尽くした。
「皆…」
幾つも自分の身に向けられた、助けを求める目。エッジの言っていた言葉。

―――エブラーナの民が、希望を失わない様に。

「良かった!!リディア様も無事だったんだね!!」
腰に抱きついた少年は、怪我を負いながらも満面の笑みで自分を見上げていた。リディアはそれを優しく見下ろすと顔を上げ、人々に向けて声を張り上げたのだった。
「皆…エッジは焼き討ちにあったけど…生きているわ。怪我もしていない―――!!」
人々は顔を見合わせる。エッジ負傷の噂は城下にも流れており、兵の一部が帰還した事で民はその話を悪い方に信じていた。
「それは敵を欺く為の噂―――すぐにエノールへ向かったの。だから必ず帰って来る。それまでこの城を…守らないと…!!」
一瞬の沈黙。しかしそれはすぐに歓喜の声に変わった。

―――エッジ様は…ご無事だったのか!!

エッジの消息が判らない今、『妃』であり、エッジの武勇伝の象徴でもあるリディアは、エブラーナ国民の希望と言っても良かった。
「リディア様…頑張りましょう…私達も。」
「うん…」
負傷者の救護は過酷を極めたが、悲壮な雰囲気は和らぎつつあった。
リディアは再び髪をしまって手伝いに明け暮れていたが、自分を呼ぶ声にふと顔を上げると、中庭の方から宰相が駆け出してくるのが見えた。
「リディア様!!どうぞ、どうぞこちらへ―――」
宰相は相当慌てている様で、用件も告げずにリディアを中庭へ連れてゆこうとする。
「ど、どうしたんですか!?」

「な、中庭に急に使者の方が…バロンとミシディアの使者の方が突然現れ…いや、いらっしゃいまして…!!」
「大勢!?現れた、って…いきなり…?」

半ば引きずられる様にリディアが中庭に入ると、中庭噴水の横に使者、というには大人数の、白いローブをまとった一団が居るのが見えた。

―――バロンと…ミシディアの使者!?

何処から入った、と言うのは愚問だろう。しかし、緊急事態中の他国の城内に移動してくるのは、あらゆる方面での想定外。何が起こったのだろうか。
戸惑うリディアに、一人の白いローブを被った女性が近づき、跪いたのだった。
「あなたは、確か…」
その顔に見覚えがあった。確かに、ローザの片腕と目される、バロン白魔導師団の高等魔法の使い手だ。
「お久しぶりです、リディア様。ローザ・ファレル様の私兵白魔導師隊として派遣されました。リディア様に従い、エブラーナの皆様をお助けする様に、と―――」
「ローザが!?」

軍事同盟を結ばないエブラーナにバロンとして直接兵を送る事は出来ない。だが、未だ戴冠前のローザ個人の、あくまで救護目的の私兵組織であれば話は別だろう。
「この事は、非戦闘員の方々の負傷者と、ご友人であるエッジ様とリディア様をお助けしたいという、ローザ様の独断であり、バロン国家の意はございません。私どもも人道的な援助、と言うローザ様個人のご意思に賛同し、こちらへ参じました。国際的な規則の事に関しましては、事後に話合いの場を設けて頂ける事を望む、と。」

エブラーナに内乱の知らせが入った時、ローザはリディアの身を強く案じていた。リディアがエブラーナに行く事を誰よりも喜んだのは他ならぬ自分、是が非でも助けに行く、と自ら魔法陣に飛び込みそうになったのを、白魔道師隊総出で止めに入ったのだ。

さらに、一人だけ黒いローブを被った男性が進み出て、跪く。
「ミシディア長老の命により参りました。同じく、長老私兵の魔導師隊でございます。お初お目にかかります。リディア様、家老殿、エブラーナ宰相殿。」
宰相は、腰を抜かさんばかりに驚いて、頭を下げる。魔導師は丁寧に礼をした。
「実は、私どもの国より得た魔法を悪用し、恐れ多くも一国を手に入れんと図るものが居る、と証拠をつかみました。魔導師を統括する国として、見逃す事の出来ない暴挙にございます。その者を拘束させて頂きたく、参上いたしました。」
何かしら、ミシディアが情報をつかんだ、と言う事だろうか。

「あ…ありがとうございます。でも、そう言った事は家老さんとかが…」
「…先ほど城下の軍事施設にて、あくまで非公式、後方支援に徹するという事を条件に将校方よりお許しは頂きました。魔導師隊はすでに城下におります。」
幾ら私兵の派遣とは言え、セシルとローザの、バロンの意思があるのは明らかだ。リディアはちらりと宰相を見る。とても自分が口を出す事ではないと、宰相は首を振った。家老も、二つ返事の表情を見せ、リディアに返事を促した。
「お願いします―――どうか、エブラーナの人達を―――」
リディアの言葉に魔導師は強く頷く。
「白魔道師隊、中庭と城下に分かれ救護活動を開始します。」
女官達は魔道師隊の案内を申し出た。すぐにでも城の庭に、街の中に救護の手が差し伸べられるだろう。

「よかった―――」
リディアが安堵から息を付いた時、向こうでどすん、と大きな音がした。
「ゴモラおばちゃんが!!!エルが下敷きに!!!だれかぁ―――!!!!」
振り向くと、ゴモラが倒れ、その腹の部分からエルの小さな手がばたばたと暴れている。
「ゴモラさん、しっかりして!!」
駆け寄り、何とか傷だらけのゴモラの大きな上半身を抱き上げるも。
「…」
手は力なく垂れ下がり、返事は無い。
「ゴモラさん!!ゴモラさんってば!!!」
「―――おばちゃん!!こんな所で寝ないでよ!!!」
「…へ?」

―――グゴゴゴゴオ~~~~

その瞬間。 ゴモラの鼻から、大きな息が抜けた。もう、とエルは体を叩く。
「おばちゃんが木に寄りかかって居眠りしてたからさ、大丈夫かな~って見に行ったらいきなり寝返りうつんだもん。死ぬかと思った。」
「な、な~んだ…ははは…ばかぁ…こんなになるまで、皆を…」
腰に巻いていた上着をゴモラの腹にかけると、その場にへたり込み、目を閉じたのだった。



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「そ…んな…」

エブラーナの民は誇り高い民族、と聞いた事はある。
少し前の時代まで、主君の為に自害する事も美徳とされ、敵に捕まり辱めを受けるならば死を選ぶ、と言う風潮もあった。
そして更に、王位を狙うものとあれば、現在の王族に関わる者達は殊更に非道の限りを尽くされ、見せしめになぶり殺されるのは眼に見えている。

でも、とリディアは激しく首を振る。
「駄目だよ!絶対駄目だからね!?そんなの許さない!!エッジは必ず帰って来るって!!だったら私も出陣する!!お城を追い出されてもいい、私も戦いに行くから!!」
エブラーナを統べる一族の名は、長い歴史の中で何度も代わって来た。戦が起こればどちらかが全滅するまで戦い、滅んだ一族の家臣は自害した。勿論古い時代の話だが、ならず者の非道な侵略に甘んじる位なら、命を絶つ者も多いだろう。

―――だから…あんな事言ったの?

エッジが民に希望をと望み、家老が自分に頭を下げ、恥を忍んであんな事を言った理由。

―――希望ってなんだろう。

―――例え逃げる事になっても…

「家老さん…ねぇ、家老さん、私、エッジの子供…産んでもいいよ。」
思わぬリディアの言葉に、へ?と家老は大きく目を開く。
「えっと、ね、その…私…あんまり丈夫じゃないんだけど、それでもよかったら、エッジのお嫁さんになっても、いいかなって。だって家老さん、そうして欲しいって言ってたよね?」
「へ、は、はい…そうですが…しかし今はそんな望みはもう…い、いやしかし…」
家老は一瞬、何時もの調子を取り戻したのか、腕組みをして首をかしげる。

「いや、しかし、ある意味悪行の限りを尽くして来た若様の奥方候補は、もはやリディア様以外には…何より、その言葉にはこのじいも何やら元気が…」
悲壮な雰囲気に沈んでいた他の者達も、固唾を飲んで続きを待っていた。
「だから、自害なんてやめよう、ね?もし、どうしてもなら、負けそうになったら皆で逃げよう。エッジも一緒に逃げて、また取り戻そう!ルビガンテとの戦いみたいに!それでいいでしょう?」

「リディア様…」
カレンは、この場に不似合いな笑いを噛み殺して近づいてきた。
「ね、あ、あのさ、カレンもそれでいいでしょ?」
「いや、って、リディア様…本当になってもいい、って…」
ぼたぼたと、その目から涙が流れる。
「まさか私たちが…本ッ当にエッジ様の結婚『ごっこ』しているとでもお思いでしたか!?もう!!私たち必死だったんですよ!?今だってリディア様いなかったら、とっくに穴掘って逃げてますわよ!!二度とこの私たちの本気を疑わないで下さい!!ね!?」
「カ、カレン、苦しい…」
カレンがむせび泣きながらリディアに抱きつく様子に、やれやれ、と家老が息をついた。

「…まぁ、致し方ありませんなぁ。この様な一大事に城の中にお留まり頂いたとあっては、そのまま国にお返ししてはエブラーナの評判に関わります。おまけに、有事の際の城内の様子と言う機密事項も目撃されては…」
それに、と続け、ふふんと家老が鼻を鳴らす。
「リディア様にはいい地位について頂かなくては、尻尾を巻いて逃げ出した貴族どもの鼻を明かせませんわい。」

がたん、と扉が重く開く音がした。
「…決まりですね。これから先の事…そして、皆が助かる事が、エッジ様のお望みです。」
「オルフェ!!」
開け放たれた扉にいつの間にか立っていたのは、城を出たオルフェだった。爆風にもまれたのか全身に小さな傷を負い、城下への攻撃の激しさが、その姿に刻まれていた。
「あのお方が大儀を承知で、貴女様にこの様な役をお願いしたのは、ご自身に大事が起ころうと皆を助ける為―――そうであればこそ、です。私は、そのお心に背きはしません。先代の王もかつてのルビガンテとの戦の時、例え王族が滅びようと、一切の自害を禁じました。だから我々も、最後まで…」

静かに決意を告げる低い声。リディアは涙を浮かべる。
「オルフェ…無事だったのね…ごめんなさい、こんな時に…」
張り詰めた心が緩んで行ったのか、部屋から次々に嗚咽がもれた。

「オルフェ、城下の様子はどうだったの?炎が上がってた。あれは、誰かが侵入したの?」
「いいえ…城下の至る所に小さな魔法陣が発見されました。その大部分は、薪置き場などの燃えやすい所、また、目印となる様な大きな貴族の屋敷―――恐らく敵は事前に侵入し、目立たない所でそう言った工作を行っていたのでしょう。そこから魔力自体を転送し、発火した物と思われます。また、幾つかの火薬の入った箱が、路地裏などに放置されていました。今街の者は、不審な場所や物を総動員で撤去しております。」
「そう…よかった…」
「それから、城から飛んできた霧の竜は―――翡翠の姫の御使い、と噂されている様ですよ。」
未だに後ろからリディアの首にしがみついていたカレンは、やっとその手を離す。
「リディア様は“魔法の国のお姫様”と言う事ですしね。城下では。」
「はい。おかげで街の者は、勇気を頂いた様です。」

ほんの少し、広間の空気が緩む。次にオルフェは、家老に向き直った。
「家老殿。城下では、街の者が多数負傷しております。病院や―――神殿、寺院も炎に巻かれ、収容の施設が間に合いません。城門の前の広場まで、民は避難してきております。…どうか城門の中…第二城門の中まで、入城をお許し下さい。」
「城に民を…か…」

第二城門。中庭の手前にあり、自然の雰囲気をかもし出した庭だ。
手入れされた木々の中を城下町へと通じる道が通っている。光は入るが木陰もあり、王族散策用の小屋、泉もある。場所も広く、臨時のテントを張れば避難には最適だろう。
「確かに、この城下の状況ではやむを得ぬ…しかし…我らでは…」
「お城のこう言う事を管理してるのは誰なんですか?庭師の頭さん?」
リディアの素直な問いに、家老は目を丸くする。

「いえ、しかし将校や宰相はこの様な問題は…あえて言うならエッジ様しかおりません…」
「救援物資はあるんですか?」
「城の中の物は限りがあります。救護班は軍に付き…」
逃げ道はなく、明日にでもまた攻撃があるかもしれない状況だ。その場の皆も頷いた。

「…確かに。貴族の反対はあるでしょうが…それでも緊急事態じゃな…。宰相将校と共に、わしらが貴族達は説得しよう。そなた達は物資と救助の準備を。」
家老の言葉を受け、兵・女官・侍従達は一斉に物資の手配に走りだした。
「ま…待って!!私も手伝うよ!!」
走り出した侍従の3人の後を、リディアは息を切らせながら追いかけるのだった。

意外にも、城門開放に反対する者は居なかった。反対しそうな城に出入りしている大貴族達は逃げ出していた、と家老達は呆れ顔しきりだったが、さすがに罪悪感があったのか、援助、寄付と置いていった彼らの土産―――資金や食料、簡易テントなどはありがたく頂戴する事にした。

間もなく夜半に城門が開かれ、城下の民は次々と城の庭に入り込む。その夜、リディアはローザに状況を知らせる短い手紙を書いて送り、再びシルフを召喚した。
「エッジを…助けてあげて。お願い…」
妖精は頷くと飛び去ろうとしたが、不意に振り返り、リディアの耳元で何かを囁いた。リディアは赤くなりながらも、その言葉を聴いている。

「もう!!…仕方ないなぁ。じゃあ、私もだよ、って伝えておいて!!それで元気になるなら!!」

―――王子様はいつでも、お前を愛しているよ。

何を悠長な事を言ってるの、とリディアは一人、頬を膨らませた。そんなの知らない。

―――どうでもいい!とにかく、あんたに生きて帰って欲しいの!!皆の為に!
―――でも…明日はどうなるかわからない…
 
妖精が飛び去ったのを見届けて、リディアはベッドに入る。例え明日どれ程の事が起きようと、今日は眠った方がいいだろう。

 


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事態が動いたのは夕方だった。
城下の数箇所で、一斉に火の手があがったのだ。
しかし爆撃などをされた様子はなく、城下の民が懸命に消火にあたっていた。なぜか火は様々な所で発生し、一向に消える様子はなく、遂には兵が動員された。

そして―――
「申し上げます!!反乱勢力と思われる兵群、大型船10隻にてエブラーナの港を突破し上陸、城下へ向かっております!!」
「兵を総動員して迎え撃て!!城下の民にもすぐに戦開始の伝令を!!」

将校達の声が響き、城の中がにわかに殺気立つ。戦が始まったのだ。
リディアは城のバルコニーから、夕日に染まる町に火の手が上がり、幾つもの爆発が所々に起こるのを見た。そして、兵隊達が堰を切った様に、大通りを城門に向けて出陣して行く姿を。

―――偶然の火事じゃない…あの炎は、魔力の…

城下の所々に、魔術的なひずみが発生しているのが感じられる。おそらくは、魔力の転送だ。何かしらの仕掛けで送られた魔力による炎が城下に発生しているのだ。送られた炎自体は、恐らく小さなもの。だが、そこがもし、燃えるものが置いてある所だとしたらろうそく程の火一つでも、大きく燃え上がる。

―――オルフェは…大丈夫かしら…

反乱勢力の兵と城の兵では、明らかに装備の差はあるだろうが、何をしてくるかわからない。エッジが帰した隊が間に合わなかったら、どうなっていたか。 微かに手が震えている。

―――私だけで…戦える?
―――エッジの代わりに皆を守れる?

逃げる気になれば、一人でも逃げられるだろう。敵に囲まれたなら、突破するだけの力もある。だが、もしそんな事が起きたら、心が折れずに居られるだろうか?

「…街が燃えている…何もしないなんて出来ないよ…」

返事を待つより早く、リディアは両手で印を結び出した。

「リディア様…?」

近寄ろうとした女官2人は、異様な空気の流れに足を止める。
「我が声に答えよ―――幻界の使徒、時の狭間を越えよ。地に降り立ちて、清め齎せ―――」

静かに呪文の詠唱を始めるリディア。その響きはシルフやチョコボの時と違い、低く重く響き出す。次の瞬間リディアの周りの空気が冷たく曇り始め、何処からともなく深い霧が立ち込め出した。

「えっ…何?何!?」
女官達は目を見開いた。霧はリディアを、そしてバルコニーを包んで渦を巻き、次第にその姿を変えてゆく。

「出でよ、清き竜―――深き霧より現れし者、反逆の炎を消し鎮めよ―――!!!」

霧の中から、今度ははっきりとドラゴンの陰影が浮かび上がり、中庭に出ていた兵士達から、驚きの声が上がった。それは再び渦を巻くと、一つの筋となって城下に向かった。時折その姿を現すのは、巨大な翼の透き通る白い竜。

「ええっ!?」
二人はバルコニーの手すりまで駆け、身を乗り出さんばかりに竜の後姿を目で追った。
「すごい…」
「魔法…だわ…」
城下に向かう霧は時折巨大な竜の姿を作り、見る間に城の近くに広がっていた大きな炎を鎮めたのだ。
だが、リディアは、やや息を上げていた。城下全体に霧の竜の力を使うのは不可能、先ほどの炎もそれが完全におさまった訳ではない。だが、霧の、水の力があれば、城下中に燃え広がる程の被害は防げるだろう。よろよろとバルコニーに倒れこむと、我に返った女官が慌てて駆け寄ってきた。

「こ、これが―――召喚…ですか!?あれが、リディア様の力…」
「うん…」

―――誰にも…頼れないんだ…

自分が強大な魔力を持つ事は、この国の人達に知られている。そして、エッジのお妃候補。否が応でも高い立場にいるのだ。エッジも、有能な将校もこの城にいない以上、城や城下の人間の精神的な寄る辺が他にいない。それが、城の中や城下から伝わる空気―――エッジの臣下や侍従達の雰囲気から全身で判る。
勿論、いざとなれば、城の皆は他国の人間である自分を逃がそうとするだろう。しかし自分もたくさんの戦いを見てきた。幾ら他国の内輪事とは言え、放っておくわけにはいかない。

―――力になりたい…出来る事全て…

―――エッジが、帰ってくるまでは!

城外の衝突は夜、反乱勢力の一時撤退という形で区切りは付いた。
誰も、それで終わるとは思っていない。反乱勢力が陣形を変え始めたのだ。
戦況は反乱勢力の優勢であり、エブラーナ国軍は城壁ぎりぎりまで追い詰められ、何とか撃退した。敵陣の被害も出た以上すぐには攻め込まれないだろうが、エッジの帰る前にかたをつけるつもりならば、明日には今日以上の力で総攻撃を仕掛けて来るだろう。
将校、家老は、兵の一部を城下町に戻し、城下を死守する指示を出した。

「地下通路も塞がれました。民を逃がす事は叶いませぬ。兵と共に戦わせる他は…」
うなだれる家老。もう夜だがとても眠れる気分ではない。
リディアと2人の女官の他に、数人の兵と侍従・女官達が広間に集まっていた。
「ルビガンテとの戦の時も、若様が公務で外国に行かれたのを狙って敵は攻撃を―――」

アイネがその言葉をふさぎ、家老の前に歩み出たのだった。
「家老殿。私はカレンと共に、リディア様に従います。エッジ様のご状況は何か判りましたか?」
城内への侵攻もありえる事態、侍従や女官も各々の武器を持ち、防具で武装していた。
「判らぬ。だが、エノールの情報は入った。先日、エブラーナに入った行商人の噂話だが、それが事実なら…エノールの反乱兵は、街の人間の可能性があると…」
「街の…人間!?」
思いがけない言葉に、三人のみならずその場の兵達も一斉に声を上げたのだった。
「恐らく、の話じゃ…エノールの街では噂になっていたそうだ。知事の弱みを握り、財政を操っている者が居ると。さらに商人筋の話では、その者は街一番の商人とつながり、対海賊の自衛の為に街のならず者を金で集め、武装の準備をさせていた。もし…それが、あの街の一群なら。」

「では…反乱勢力のエノール制圧は、お金で集められた者達の自作自演の可能性が!?」
「な、何故その様な事を…」
所々で声が上がる。
「…いや…自作自演ではない。こちらに送られた情報が、そもそも誤りだったのじゃ。彼らは反乱軍などではなかった。だが、情報を操作し、エブラーナ王都に流した者がいたのだ。」
街には自衛団が組織されているのは当然の事で、余程の不穏な動きでなければ王都は察知する事はない。だが直前の、廃王の末裔本人による城内への襲撃は、様子見の間を惜しませるほどにエッジの出陣を決定づけたのだろう。

「誰が何の為にそんな事したのよ!?バカな芝居うって、お陰でエッジ様自ら出陣の羽目になったわ!!」
カレンの語気が荒くなる。それはその場の皆が思っている事だった。城の隣町で反乱を演じた所で、得する事は無い。
「あっ…あの、廃王の―――あの男の手の者が、裏にいたのでは!?その、商人の上にはあの者がいるんでしょう!?」

―――ウソをついて兵を集めて…

その通りだ。一連の流れは全てあの男の仕業。そう考えるのが自然だろう。そして、侍従と家老の言葉の中に感じる、微かな繋がり。エッジの命が全ての目的なら、何故焼き討ちの場に現れなかったのか。
 
―――全部がウォルシアって人のした事だったら…

「その男、一体何処にいるのよ!!焼き討ちが上手く行かなかったから、逃げたに決まってるわ!!街の騒ぎだって、エッジ様を少数で呼び出す為の罠よ!!そこを焼き討ちなんて、卑怯な!!」
エッジを呼び出すのが目的だと言う事は、間違いはないだろう。だが、ならば何故、敵はこちらにも向かっているのか。

「罠…だよね。でも、エッジを殺すだけが目的なら…指輪一つで済ませる事はないよね…」
『エッジの命が狙いなら、城に総がかりで来るはず』とは以前、城の外でカレンが行った言葉だった。はた、とカレンの言葉が戻る。
「あ、そう言えば…そうですね。エッジ様が狙いなら、その、エッジ様を焼き討つのに全力を使いますよね、普通…あれ?じゃあ、今外に居る敵の本隊は…最初からこの城を?」

はっきりと判った事。目的は、この城だ。
「…多分…エッジの出陣を確かめたら、留守を狙うつもりだったんだよ…」
リディアの言葉に家老が静かに頷いた。
「…左様。陽動でございます。精鋭の兵と共に、エッジ様を城からおびき出す為の。焼き討ちにあれほどの兵器を用意した事…それ以外にありますまい…」

街での勢力の元締めが兵を集めた商人なら、その商人を消してしまえば証拠は残らない。そして街に集めた者達は制圧に来た国軍に皆殺しさせる。首謀者は、そこには居ない。
「確かに、少ない兵の一群とは言え、廃王の名を示せばエッジ様自身が動くでしょうね。そして、最精鋭が城の外に出せる。まさに、陽動と言う事ね…」
家老の言葉に、アイネが唇をかんだ。
廃王の名。エノールの街での国軍への侮辱。敵は二重三重に、エッジを城からおびき出す手はずを整えていた。

「…街の一団に国軍が気を取られているうちに、敵の本隊が動き、エッジ様を亡き者にし、手薄になった我が城を落とす―――見事に、その通りとなりましたな。」
「あの人…ウォルシアは今どこに…次は何をしてくるの…?」
決死隊として城を取り囲む相手の陣に乗り込んだ密偵も、その男を見つけられなかった。外の兵を統率するのは、かつてエブラーナ国軍に追われていた海賊の一味だという。

「恐らく廃王の末裔は、どこかで若様と直接対峙するつもりでしょう。」
「え…!?」
私の考えの範囲ですが、と家老は前置き、言葉を続けた。
「数代に渡り王家を名乗る程の者であれば、その程度の誇りは持ち合わせているでしょうな。焼き討ちの道具も…若様のお命を奪えると頼っていたのではありますまい。兵の多くにダメージを与える為…」
その男はエッジを付けねらって動いている。どれ程の決意を持って挑むというのか。決闘と言う言葉など、その場には生ぬるいだろう。

「リディア様、どうかお落ち下さい。あなた様お一人なら逃げられるでしょう―――本格的に攻め込まれれば城は手薄、精鋭は少数…我らは若様が帰るまで持ちこたえます。しかし早馬では出陣しておりません。明日早くには帰れるか…」

家老が告げた言葉に、リディアは無意識に首を振っていた。
たった、明日一日。この攻撃がその勢いを落とさなければ持ちこたえるのは難しい。敵はまた、城に向かうエッジを狙っているのは間違いない。

―――もしエッジが…あの人に勝てなかったら…

そうなれば全ては終わる。敵兵は恐らくならず者の集まり。国に追われた身の海賊達が城内に侵攻すれば、破壊や略奪、暴力、殺戮の限りが尽くされ、民の受ける屈辱や被害はルビガンテとの戦をはるかに上回るだろう。
「間に合わなかったら、どうするの?エッジだってまた―――」
震える声で尋ねるリディアの前に、アイネは静かに小刀を抜いて差し出した。

「城が落ち、もしも主君も共に亡くなり、王の一族が絶えたその時は―――エブラーナ王宮の慣習に従い、我ら忠臣は自害する覚悟です。王を騙って民を欺き、陥れる者の下になど―――」
その言葉に家老も静かに頷いたのだった。
 


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FFは青春時代、2~5だけしかやっていない昭和種。プレステを買う銭がなかった為にエジリディの妄想だけが膨らんだ。が、実際の二次創作の走りはDQ4のクリアリ。現在は創作活動やゲームはほぼ休止中。オンゲの完美にはよぅ出没しているけど、基本街中に立っているだけと言うナマクラっぷりはリアルでもゲームの中も変わらない(@´ω`@)
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