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再び四人はチョコボに再び乗り込み、急いでエブラーナ城を目指した。
今頃エノールの街では交渉が行われているはず。動きがあれば軍が出る可能性もある。城下を移動するのが困難になるかもしれない。無いならないで、エッジが城に戻るかもしれない。
いずれにしても、城を抜け出たのが知られれば、全員大目玉は必至だ。
エブラーナの城壁が近づき、ふとチョコボの背で、後方でほんのわずかな軋みを感じた気がした。
―――風かな?
振り向いたが、何もない。そのまま城下門近くまで来た時、振り向いたカレンが声を上げた。
「リディア様…あちら、エノールの方角です!のろしが上がっております!!」
「え!?」
西方から、かすかに煙がたなびいているのが見える。エノールの方向にある小さな山に、一筋に伸びる黒い煙が上がった。
『有事の際は、のろしで合図を送る―――』
各方面への緊急伝達。何かがあったに違いないのだ。
「皆、降りて!!ここからなら城へ帰れるから!!」
チョコボを幻界に帰還させると同時に、リディアは短距離の時空移動呪文を詠唱し始めたのだった。
「―――デジョン!!」
一瞬の歪みと共に、四人は姿を消した。
その頃。
城の中庭では貴族の子供達が遊んで居ると言う、全くいつもと変わらぬ光景があった。
ふと、庭師の男が空を見上げた時、上空に薄くなった黒い煙を目にとめる。
――― 何だ、何処かで火事でも起きたのか…?
だが、煙は上空に延び、遥か遠いのが伺える。問題のある事ではないのだろう、と再び作業に入ったのだった。
♪どーんなお化けが出るかな
からかさ一つ目ろくろっ首♪
「鬼だーれだ~」
「ぎゃあぁっ!」
「うわぁっ」
「きゃっ!!眼鏡が!!」
四人が落ちたのは、そんな王宮の中庭。しかも運悪く、子供達が輪になって遊んでいる中だった。リディア以外は見事にバランスを崩し、重なって倒れこんでいる。
「何だー何だー!?」
「すっごーい!人降って来た!」
子供達はいきなり輪の中に現れた四人に集まり、物珍しげに眺めてるも、身動きが取れない侍従3人。
「ねぇねぇ、どうやって落ちて来たの!?」
「アイネ~、眼鏡落っこちたよ!はい!」
「あれー、カレンじゃん!!」
あっちへ行け!とアイネとオルフェの下敷きになりながらも怒鳴るカレン。しかし子供達は騒ぎを聞きつけ、次々に集まって来たのだった。
「おい鬼婆カレン!!立ってみろよ!!」
「髪引っ張ってやる~~!!」
そんな中、リディアの顔をしげしげと見るのは、見慣れた少年。
「あ、リディア様だったのか~~!びっくりしたぁ!!」
「…あ、ああ、エル!ごめんね、びっくりさせて。」
エルが”翡翠の姫”とお話した、と言っていたのが本当だと判り、にわかに子供達は色めき立ったのだった。
「えっ…って事は…本当だ!翡翠の姫様だ!!」
「ねっ、本当だろ!!嘘じゃないだろ!!」
やっと立ち上がったカレンとアイネは顔を見合わせ、急いでリディアを連れて城に向かおうとしたが、既に遅い。庭師や通りすがりの兵士も、何事かとこちらを見ている。
「翡翠の姫…!?」
そして、リディアの事を、エッジと親しい旅の魔導師と勘違いしていたオルフェも。
―――あの方…そうじゃないか?
―――いらしてたんだ…本当に!!
「…リディア様…が?あの歌の…翡翠の!?」
「参りましょう、リディア様!」
女官達はうろたえるオルフェを置いて、リディアの姿を隠す様に城へ入って行った。
騒ぎから逃れ、エッジの自室に戻るまでにも、若干、伝達の者の動きがあった様だ何やら色々と、キナ臭い匂いの漂う状況である事に間違いはない。しかしそんな中、オルフェはただひたすら頭を垂れるだけだった。
「申し訳ございませんでした!翡翠の姫様とは存ぜず、大変なご無礼を…!!!」
「あの…気にしないで。何もしてないってば…私は立場的には、バロンの非公式な使者なんだ。だから…エッジの恋人とか…」
そんなじゃない、と、口に出すのは、何故かためらわれる。エッジの英雄談は、今は物語の歌となってエブラーナに広く知られているのだ。
共に戦った、心優しき月の民の聖騎士・誇り高き孤高の竜騎士・美しく気高き白魔導師。そして、清廉なる幻界の―――翡翠の姫君。
その一人を目の前にして、敬服するのも無理はない。正体も知らない最初の最初に、中々の失態を犯した女官2人はともかくも。今は取りあえず、自分とエッジの事実はどうでもいい事だろう。
「それより、外はどうなっているんだろう…」
部屋に戻り、大分過ぎている。様子を見に行ったカレンが戻った。
「城下の軍事施設に兵士が集まっている様子です。民の間に混乱はありませんが…」
「そう…」
いずれにせよのろしが上がる程の事が起きたのだ。軍も動いているのはあまり良い変化ではないのだろう。今日皆で外に出た事はエッジには内緒に、私がこっそり、少しの時間で帰った事にしておいてね、と3人に約束をした時、ふと、廊下の方から微かに足音が響いた。
「おや…誰か、いらしたようですね。この足音…エッジ様ではないな…」
オルフェの言葉に三人は一瞬、身構える。否が応でも高まる緊張感。城の中とは言え、先日の様な目に遭わないとは限らない。
しかし―――
「…家老さん!?」
「―――や、失礼致しました!!誰も居ないと思いまして!!」
ノックもなしに入ってきたのは家老だった。
「はて、リディア様。他の者達も、何時部屋へ?お調べ物があると、城を回ると書き物がありましたで。このじいめ、探し回っておりましたのですじゃ。」
やれやれ、と家老はソファに腰掛ける。エッジの居ない時は、こうやってくつろいでいるのだろう。
「年を取ると、どうにも…」
「ごめんなさい、探させてしまって…あの、実は…生活用品を買いに行ってたんです。その…プライベートなものなので、どうしても私自身で…」
流石に外へ出ていたとは言えない。
「なんと!!その様なものはどうにでも、この者達にお申し付け下さいませ!!い、いや、女性の身とあらば、確かにそう言うのも判りますがのぅ…ですが…それではあまりにも…」
「は、はい…以後はそうします…」
しかし家老は、はたと気が付いたようにリディアに向き直ったのだった。
「いえいえ!!そうではありませぬ!!実は此度の騒ぎ…思ったより大事に至りそうになりましてな…それをリディア様と、侍従の者達に伝えようと思い…」
「え!?」
その言葉に、リディアだけではなく、四人が一斉に声を上げたのだった。
エノールの方からのろしと花火が上がった。交渉決裂だけでなく、武力衝突の起きた合図だという。
いずれ混乱が起きるのが避けられないのなら、城に留めてしまったリディアにも、心配させないように出来る限りの情報を伝え、身の安全を確保させて欲しい、と言うエッジの考えだった。
「先ほど、通信用の鳩が戻ってまいりました。それを見た若様と将校の面々は、急いで先発隊出陣の手配を…状況次第では、若様ご自身の出陣も…」
それを聞いて、今度は侍従3人が声を上げる。
「何ですって!?エッジ様が自ら!?そんなに大事に!?」
「王族が自ら出陣とは…相手はどの様な!?」
交渉が決裂したとはどう言う事だろう。少数とは言え精鋭の護衛がお互い居るのだ。そもそも交渉と言っても今回は互いの言い分を持ち帰る、と言う範疇のはず。先方が交渉を望んで来たのだから、いきなり決裂するはずはない。
「うむ。仔細は判らぬが…反乱の首謀者が、あの…廃位の王の末裔、王家の血を引く者だと名乗った事…軽んじる事は出来ぬと若様は言われておる…」
「廃位の王の…」
―――廃位の…王?
何処かで聞いた言葉だが、何処だっただろうか。リディアは黙って、固まった三人と家老の顔を見つめるだけだった。
「もし事実なら、大事じゃ。城の兵だけでかたをつける問題ではない…若様御自らが出られる事になろうと、徹底的に制圧せねばならぬ。今、全力でその男の情報を集めておる。しかしまだ…確認が取れないのじゃ。今の小競り合いごときに若様自らが動かれれば、事が大きくなるからの…」
「急を要する事態かもしれないが、今はエッジ様が御出陣されるには早い…と言う事ですわね?」
アイネの言葉に、家老は頷く。
室内の空気が静まり返った。
「アイネ、カレン、オルフェ。城の中の者達に伝令を。城内の警備を厳重にせよと。」
「はい!」
三人は一礼すると一斉に部屋から駆け出して行った。
「家老さん…あの…」
高鳴る胸を押さえて、リディアは言葉を絞る。
「私に、何か出来る事はありますか?帰れる状態じゃないから…手伝いを…」
家老がエッジを案じる心には、並ならぬものがあるのはリディアにも感じ取れた。ましてや、得体の知れない魔力を操る敵。
「リディア様…若様をお留めする為、あなた様からもお言葉をお願いしたいのです…」
「…留める…エッジを、ですか?」
そう言うと、家老はソファから降りリディアの前に深々と頭を下げたのだった。
「家老さん…?」
「―――リディア様、この家老…恥を忍んでのお願いがございます―――」
[翡翠の姫君 10]
目を覚ました時、エッジは既に居なかった。
最もリディアはリディアで、今日は少々思う所もあり。メモをテーブルに置くと、軽く伸びをしたのだった。
『 カレンさんとアイネさんへ。
今日は一日、ご飯は大丈夫です。
調べ物をしたいので、お城を色々回っていると思います。
戻らなくても心配しないでね。
絶対、お城から出て外に行ったりしないから
リディア
』
―――これで、よしと…
朝食を済ませた後、先日の女官風の服に着替え、先日の洗濯物袋にいくつかのアイテム、旅用のローブ、小ぶりの杖、少々のおやつなどを包んむ。
―――この袋、結構使えそうだな…
そのまま洗濯の女官のふりをして中庭を通り過ぎる。
誰もリディアを気に留めていない様子だった。女官用の出口に近づくが、そこには兵隊が立っている。城壁一枚なら時空魔法のワープで超えられない事も無いけど、と引き返そうとした時、後ろから声をかけられたのだった。
「ちょっと待ちなよ!!」
振り向くと、先日の洗濯部屋であった太った女官。
「あんた、何してんだいこんな所で!!!」
明らかに怪訝そうな顔をしている。しまった、と固まるリディア。
「あんたも早番だったのかい?でもさぁ…もっと上手くやれないの!?」
「へ!?」
「その袋!!どう見たっておかしいって言うんだよ!!」
女官が背負っているのは小さな籠。本当は大きい籠だが、大きな女官の背中には小さく見える。一見ゴミを外に捨てるに見えるが、下の方からほんのわずか、甘い匂いがする。よ
くみると、紙ごみに包まれた箱から、先日自分が食べた茶菓の残りが。
「あまりモンってのはこうやって持ち出すもんだよ!まぁいい、後ろついてきな。」
黙って女官の後ろに付くと、兵士はお疲れ!と声をかけ、あっさりと門を通したのだった。
「全く、あれが城の兵とはねぇ…これじゃ財宝だって持ち出せるよ。いや、これは食べ残しよ?別に盗んだ訳じゃないよ?」
それは、よく判っている。何せ自分の食べ残しだ。
「うちだってさ、将校のお家~、とか言われても、結構内情は散々なんだから…お陰で、私は一生洗濯女だ。ま、楽しいからいいんだけどね!!」
どうやら、この女官はそれなりの身分をもつ将校の妻であるらしい。
「あれ、あんた、アイネとカレンの下っ端だったよねぇ。名前は?」
「ありがとうございます!えっと…リ、リディ…いえ、リーアって言います!」
「あたしはゴモラ!!気をつけなよ!」
浅黒くたくましい腕を軽く上げ、180近くあるであろう巨体の女官は家路に着いた。その背中を見送りながらつくづく思う。
―――何だかここの女官さん、たくましい人多いなぁ…
最も、彼女は遺伝子的に逸脱したたくましさ。一体、どこの将校の奥方なのだろうか。
そして誰もいなくなってから、道の隅に手荷物を置き、旅用のローブをはおり、ロッドと鞭を腰に差した。そのまま一番近い、小さな夜間用城門へ向かう。
幸いにもまだ兵士がおり門は開けられていた。
「間もなくここは閉まるから、帰りは正面城門へ回る様に。」
兵士はリディアを一瞥し、小柄な若い娘を特に疑う様子もなく外へ出したのだった。
―――脱出、成功!!
ごめんね、エッジ。
心配をかける事は判っているが、どうにも腑に落ちない事が多い。先日馬屋であったあの男は、移動魔法で姿を消した。近くに仲間がいたのだろうか。それとも、バロンで使った魔法陣の様な物を作り出したのだろうか。
もし自分達でそんな仕掛けを作り出すなら、力を持った魔道師が数人は必要だ。数日前降り立った農村の女性が言っていた人影は、あの男の仲間だろうか。だとすれば、まずは近隣の様子を見てみたい。
相手が魔法を使っているのならば、それを察知する感覚はある。少なくともばったり出くわして危ない目に遭う事は避けられるだろう。
城壁から離れ人の居ないのを確かめると、静かに呪文を詠唱し始めた。
「―――出よ!!清き森の力を持ち大地を駆けるもの!!」
ぼんっ!!と音がして、黄色いチョコボが姿を現す。大きな瞳をくるくるっと動かし、リディアに向き直ると、その背を差し出したのだった。
が。
「まぁこれがチョコボ!!」
「初めて見た!!可愛いわね!」
「大陸に居ると聞きましたが、本当に大きいですねぇ…」
――― あ… …
チョコボはリディアの後ろに目をやり、2,3声の挨拶をする。
誰も居ないはずの後ろから、明らかに女官と魔道師の声がした。
―――振り向きたく、ないな…
「って、リディア様!!お城をお抜けになってはいけないと、エッジ様からのお達しですわよ!?」
「ご…ごめんなさい…」
カレンの大きな声に、後ろをむいたまま縮こまる。
「エッジ様が出陣かと言う時に、リディア様まで城を空けられては困ります!!」
「はい…」
一瞬、自分が城に居る理由を感じあぐねたが、城主がすわ出陣か、と言う時に外に出るなど確かに身勝手だ。
「お一人でこの様な事をするなど…何か、気になる事がおありなのでしょう?!」
「カレン、落ち着きなさいな…でも、リディア様。そう言った事は我々にお命じ下さいませ。お仕えしている意味がございませんわ。我らでは、力及ばぬかも知れませぬが…」
「そんな事ないよ!!」
振り返るリディアに、三人の顔に安堵の色が見える。
「…心配かけて、ごめんなさい…」
城の外に出るのは危険なのは判る。
でも客人とはいえそれなりの魔力を持つ身。城の中で安穏と過ごして居たくはない。優しくしてくれるエブラーナの女官や家臣、そしてあの自信家の王子様の為、あくまで客の立場を守りつつ、判らない様に行動しなければ。
―――なのになぁ…早速、見つかってしまったよ。
「リディア様。我らの力が本当に及ばぬなら、援護の者が必要です。城に残る忍者もおりますわ。とにかく、お一人で行かせる訳には参りません。」
「えっと、あのね、…魔力とかそう言った物を、調べようとしたの…ほら、あの襲ってきた人、魔道師を連れていたから、何か跡がないかな、って…」
リディアは、自分がエブラーナに来た時の事や、魔導師社会の基本的なルールの事について説明したものの、いまいち文化の違いもあり、女官たちには伝わってはいないようだった。
カレンとアイネは、オルフェの更に判りやすい説明を聞きながら、何とか理解した様子。
「…つまり、その…移動用の魔法陣というものを作って…また城内に入る事は出来る…と言う事ですよね?」
「なぁる。ほら、城門や城壁が邪魔だから、地下トンネル掘って潜入する様な感じかしら?それ、見て判るんですか?」
「そのものは眼では見えないけど…空気が違うと言うか、魔力の無い人でも違和感は感じると思う。それに、いわゆる…魔力を使って焼き付けるイメージだから、結構跡が残るんだ。かなり目立つ方法だから、お城の中に直接は来ないとは思うけど…心配は心配だし。」
―――クエッ!
チョコボが相槌を打つ。
「まぁ、可愛い!!」
「乗れるのかしら。乗ってみたい…」
「2人とも、無理を言ってはいけませんよ。私もそれは、もう、とっても乗りたいですが…」
三人の目は、既にチョコボの方を向いていた。
どの道、この三人からはもう逃げられそうにない。もっとも立場的に3人は自分を力づくでは押さえられないだろうし、なら1人で外へ出させたよりも、お供した方が自然ではある。
どのみち、ばれたら大目玉は必至だけど。
「皆で行こうか…周辺を散策して、すぐ戻ろうね。」
「はい!!」
もう一匹チョコボを召喚し、二手に分かれて乗り込んだ。
成鳥のチョコボは大人2人なら軽く乗せられる。手綱をつければ早く走れるし、速さも軍馬の比ではない。行こうと思えば数時間しない内にエノールの街にも着くだろう。背に簡単な手綱を付け走り出すと、三人は初めて乗るチョコボに興奮している様だった。
「すっごーい!ウチの甥っ子も乗せてあげたいわ!」
「あれ、甥っ子って、おねーさんとこの子??まぁ気持ちいいわねぇ~!!飛べぇぇぇぇえ~~~!!!」
「わ、私はこんなに早いと…想像以上です!!」
リディアの後ろでは、オルフェが青い顔をしている。
しばらく走り、大きな岩の前でチョコボは足を止める。
「ここは…何か、ありますね。」
チョコボの羽にしがみついていたオルフェが、ようやく口を開く。
「この地面の荒れ…移動が出来る位の力は溜められていたかも。嫌だな。」
チョコボから降りたアイネは、背に乗ったままのカレンを見上げる。
「ふかふか~~~あ~~気持ちいいわ…」
「ちょっとカレン…降りなさいよ…」
リディアはロッドをかざし、残った魔力を消してゆく。
オルフェは、その鮮やかな手先に息を飲んだ。
勿論彼も、中級魔法を使いこなす国内ではエッジのお墨付きの魔道師ではあるが、基本的な訓練を受けたベースが違いすぎる。
エブラーナ城周辺には幾つかの魔力跡が残されていたが、いずれも不完全な出来であと少しもすれば力を失う残骸程度の物で、誰かがワープする為に使ったとしても、もうその力は無いだろう。
昼時、四人は木陰に布と弁当を広げ、昼食を取る事にしたのだった。
「あの様な移動用の陣を作れる、と言う事は…相手は優秀な魔道師と言う事なのでしょうか?」
オルフェの問いに、リディアは一瞬首を傾げたものの、小さく振る。
「ううん…作りも荒かったし、それなりの魔道師が数人いれば出来ると思う。ただ、ああいったものははミシディアのデビルロードの応用技術だから…作り方は私も知らないんだけど…何故こんな所に…」
「一体何の為にその様な事をしたんでしょうね?こんな所にこっそりちっちゃな通路?みたいなのを掘って。馬を襲うのが本当の目的なら、ちょっと趣味悪いわ。」
カレンの言葉に、う~んと更にリディアは首をひねった。
確かに、疑問に思っていた。こんな所に魔力を溜めて仕掛けを作った理由。周辺に魔導師が移動したに間違いない。先日の城内工作の為だけだろうか?だが、鉢合わせなければ自分達に危害は無かった。
軍馬の血を抜いたのはいやがらせにしては意味がなく、たちが悪い
他に何の為に城壁の中に入ったのだろう。宝物庫に押し入ったとも聞いたが、馬を襲って物を盗んでどうするのか。あの男が内乱の関係者なら、町で行われている交渉や戦闘準備に力を入れればいいし、わざわざエブラーナ城に入り込む理由は無い。
「あのウォルシアとやらがもしエッジ様を狙ってるなら、別にエッジ様が来るかどうか判らないのに、外の街でまだるっこしい話し合いしなくても…一体何がしたいのかしら。」
「…だよね…もしこの内乱を起こしたのがあの人なら、一度城にまで入ってきたのに、隣の町で話し合うって何がしたいのかな…」
色々な意見が出るが、今ひとつ噛み合わない。
ふぅ、と息がもれる。明日はエッジに外出の許可を貰わなければ。もうこの際、護衛を引き連れる事になってもかまわない。思ったより癖のある敵だ。
「それから、リディア様。」
カレンがふと厳しい口調でリディアに向き直った。
「は、はい…」
「城の外には行きません、ってお書きになられれば、出る、と言う様な物ですわ。窓から見えて良かったわ。あわてて、後を追いまして。あれで我々の朝食が、何時も通りの時間だったら…」
それを見かけたオルフェが、2人の後を追って集まってしまった4人。
「…あなた達が朝食のプレートを持ちながら中庭を走っていたのは、その為でしたか…」
「仕方ないでしょう。でも、いいお弁当になったでしょう?」
そう言う事か、と納得。
道理で、ご飯まで持って来るなんて用意が良すぎると思ったのだ。
国は自分達を搾取する存在。その認識は未だに貴族の中には根強い。
何故なら、エブラーナは国単位、と言うよりは家単位での繁栄を基軸に発展してきた国であり、どの一族が上に立とうとも、国全体を安定させる為に調整をするのではなく、他の有力な家の力を削る事で王家だけの地位・権力を守ろうと、諸侯を互いに争わせる様な事をしてきたのだ。
その為に、大陸よりも乱世が長く続き、権力は王家にあつまったものの国は衰退した。そこまで来て初めて平和的な国政へと方向を変えたのだが、未だその歴史は浅い。わが身惜しさに逃げ出すのも無理はない。
「確かに、かつてのエブラーナは戦が多かった為血なまぐさい歴史もございました。ですが、今となれば昔の話…。しかし悪評と言うのは中々消えませんでな。中には、エッジ様との縁談の話がありながら、バロンの大貴族へ輿入れした娘も…」
エッジが青年にさしかかると、恩恵に預かろうと不謹慎にも、寝所に娘を送り込む貴族が絶えなかったと言う。
「む、娘を送り込むって、そ、その…贈りこむ、って事ですか!?」
「あ、いやいや!!そこは聞き流して下され!!」
しかし国が開くにつれて、エブラーナでも貿易商人の娘たちが他国の資産家や貴族と結婚する、と言う事も増えてきたのだ。その娘達の華やかで自由な生活ぶりにエブラーナ貴族の娘たちは大陸貴族の生活に憧れ、その親達も他の国と縁を持てる事に魅力を感じたのだろう、王家への縁談は急激に価値を落として行った。
実際、大陸の貴族は、王家よりも資産を持つ家は幾らでもあるのだ。
「それは…でも、王子様を振ってまで他国の大貴族に…?」
リディアは首を傾げた。貴族がお金や名誉が好きなのは判る。それが自国の王よりも上なら、そちらを選ぶまでの事。ただ、あのエッジが振られる姿は思い浮かばない。
街の娘たちから憧れられ、きれいな女性に片っ端から口笛を吹いていたエッジが。
「信じられないなぁ…そんなの…」
エッジは、王子と言う事抜きに男性としてもかなりの魅力があるとは思う。
それなのに、それを受け入れてくれる女性すらいなかったのだろうか。
「…4、5年前の事ですが…エッジ様とある貴族の娘とご縁が出来ましてな。婚約と言う運びになった事がありました。」
「婚約…ですか?していた事があったんだ…」
「ええ、しかし…まぁ、結果から言うとお流れとなりましたが。その娘は客人で訪れたバロンの大貴族の子息と恋仲に…まぁその方、こちらに謁見にも見えましたが、エッジ様とはまた違い優雅な方で…しかもバロンでも裕福な家の方であり、政治中枢にも縁が深かったとか。」
娘の両親はすぐにそれを察した。
“金の棺おけ” に娘を入れるよりも、娘が好いたのなら尚更、大国バロンのゆかりの人物に嫁がせたい。元々、大貴族の婚姻は本人の意思、と言うよりは家の利害の問題である事が多かった。
そしてバロン大貴族の家は、数代前から統治者となったジェラルダイン家よりも長い歴史があり、資産も桁が違った。王家への輿入れ自体が家の繁栄を願われての事で、娘はエッジを愛してはいなかったのだ。
そして娘の貴族家は一計を案じ、女官に扮した女の忍びをエッジに近づけ、篭絡したのだ。
婚姻の自覚も薄かった頃、エッジはあっさりと陥落し、噂は瞬く間に広められた。正式な婚約を目前にした醜聞は、身分ある貴族の娘が縁談を破棄するのに十分だったし、王家も承諾せざるを得なかった。公になる前の事で、せめてもの王家の威信を保ったのだ。
その忍びはすぐに姿を消したが、後にその貴族の領内に身を潜めている事が知られ、王の兵に捕えられる前に自害した。当然貴族の家は、無関係と言い張り証拠も無かった為、忍びの娘の単独行動と言う事で決着したのだ。
この件でエッジは、自分の立場を否が応でも実感せざるを得なかったのだろう。
婚約破棄以降再び送られる様になっていた夜の 『貢物』 を受け取る事もなくなった。女性との関係の裏に他者の思惑を読み取る様になり、軽薄な振舞いの様子だけは相変わらずだったものの、一切の深入りはしなくなった。
年若い女官を身辺から遠ざけ、身の回りの世話は小姓や年輩の女官が殆どで、エッジに直接関われる女官の中では、幼い頃からなじみのあるカレンとアイネの二人が一番若いと言う。
「それ以来、若は変わられましてな。軽薄な真似事も、おそらくはあの事が…しかしこう言った事が起こると…先のルビガンテの戦でも、生きてお帰りになったから良かったものの…」
「エブラーナ王家の人は、今はエッジ一人なんですか?兄弟は…」
リディアは首をかしげる。
「先代のお子は若様お一人。叔父と叔母、従兄弟にあたる方々も先の戦で討ち死にをされ…いずれもお子様はありませぬ。ただ、公の外交はなかった中でも、先の代には権力争いを避ける為に他国に出られたり、嫁いだ方も幾人か居たらしいのですが末裔となると縁がなく…エブラーナに王族は若様お一人なのですよ。このじい、若様には早く身を固めて頂く事を願うばかりです。」
本当にこの人はおしゃべりなのかもしれない。
エッジを案じるのは判る。老婆心とはこの事だろうか。でも、こんな事まで聞く事になるなんて。
男と女の事ほど知らないものはないが、『寝所に娘を送る』と言うニュアンスは判る。子供の頃、セシルとローザが隣のベッドでひそひそ話をしながら静かに微笑みあっているのを、寝たふりをしながら少し心躍らせて聞いていた。でも、そんな暖かい物ではないのだろう。
―――王子様は一人には決めらんないし、決めちゃいけないの!!
いつか、エッジがそう言った時。軽薄な人、と本当に軽蔑しそうになった。落ち着いた愛情を持っているセシルとローザを、子供の頃から目にしていたから尚更。しかしそこまで思わなかったのは、やはり何処となく彼の言葉や所作に感じる所があったのだろう。
次々に寝所に送られた、と言う貴族の娘達。あのベッドで眠りについた娘は、自分だけではない。エッジが『女好き』と呼ばれる事は知っていた。けど、その理由や細かい事を聞いてしまうと、何かが胸に詰まる。
そんな話は、聞きたくない。
「…リディア様?如何しましたかな?」
「えっ…いえ、エッジの周りには、何時もキレイな人がいんだな、って。」
「いえいえ。リディア様も、負けずにお美しい―――いや、可憐な方です。ですから、その様なお顔をなさりません様に。」
目を丸くするリディアに、ほっほっほっ、と再び家老は笑い出す。何故か、エッジの昔話でリディアの機嫌が明らかに斜めになった事を、心配するのではなく安堵した様な表情。
「どうか案ずる事なさいませぬな…今の若は、貴女様を頼られている様にお見受けいたします。どうか何時までも、エブラーナにお留まり下さいませ。」
家老は丁寧に礼を言い、部屋を後にしたのだった。
―――その様なお顔をなさいません様に。
一体、どんな顔をしていたと言うんだろう。扉が閉まると同時に、リディアはエッジのベッドに駆け寄り、軽く飛び跳ねた。
「…えいっ…!!」
ぼふっ、と音がして、身体が沈む。
―――エッジ…
何時の頃からだろう。エッジに対して、セシルとは違う感覚を抱く様になったのは。
エッジと知り合ったのは遅かったものの、彼と馴染むのは早かったかもしれない。大人になり、バロン出身の三人に対して無言の『気遣い』と言うものの芽生えたリディアに対して、いつもエッジはリディアの側についてくれていた。
最初は同じ、外の育ちと言う立場だから…と思っていたけど、それを差し引いても、真っ先に自分を気遣ってくれるのは嬉しかった。
でも、何時の頃からか。いつでも側にいてくれるエッジに、何故だか少しだけ違和感を覚える様になっていた。嫌だ、と言うよりは時々怖い、と言う感覚。それが何なのかは、判らなかった。
ただ、幻界に帰った時に無くなったのは、セシルとローザのマネだ、と頬にされるおやすみのキスや、人ごみの中で危ない、と身体を引き寄せてくれる手。それを無くしただけで、帰って来た『故郷』が、こんなにも地上とは遠い所だと実感した。
何故そう思ったのか、それは判らない。
幻界で、エッジに会いたいと強くは思わなかった。セシルに呼ばれ地上に来た時も、エッジ一人より、地上の仲間達を懐かしむ気持ちの方が大きかった。
だけど、セシルにお使いを頼まれたあの時―――エッジに会いに行って、と頼まれた時に何故か感じた激しいためらい。
―――まだ、何が怖い?
―――答えてあげて欲しいんだ。どんな答えでも、君から。
何を?と問いかけても、セシルは微笑んで、何も答えなかった。
「…そうだ。連絡…しておかないと…」
リディアはしばらくその場に佇んでいたが、ふと、紙とペンを取り出し、見慣れない魔導師の文字で手紙を書き始めた
―――
そして。
夜半に自室に戻ったエッジを、リディアはまたベッドの中で出迎える事になった。一応、起きている様にはしていたのだが、ベッドで眠気を堪えるのは無理な事だ。それでもエッジの帰りを察し、フモフモと寝ぼけながらお帰りと答える。
「明日は寝ていろよ。帰って来れねぇと思う。城下の軍事施設に行くからさ。」
「エッジ…」
明らかに寝ぼけたリディアの声。
「なんだぁ?」
今日もまた、リディアのベッドに行こうとしていたエッジは振り向く。
「…今日はね…」
「お、おう。」
「…色々…な…人に会…」
「ん?」
「ん~…何でもない…」
リディアの不思議な言葉に、あれやこれやと色々な想像を膨らませるエッジ。遂に、大きな咳払いをしてリディアに向き直ったのだった。
「リ…リディア。お前判ってないだろうけどさ…きっと明日俺がいなくなって寂しいんだよな?つまりお前、その気になっ…いや、何も言わなくていい。そう言う事だ、そうだよな!?」
エッジ、もさもさとものすごい速さで夜着を脱ぐ。あられもない姿となり、背中を向けるリディアから一端離れ、1人四股を踏む様にストレッチを始めたのだった。
「別にほら、俺の都合は全然、今が今でももぅ全然構わないぜ!?明日はいねーし、こればかりはその気になった時でないと…」
「…フゴ…」
ぐうううう~、と、リディアの鼻から抜ける空気。
「…玉砕…」
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