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前夜 ~side E
来る日も来る日も書類の山。
俺がやるのはハンコだけ。あ、でも一応目は通す。来る日も来る日もジイは見合い話。跡取りが何だって?こんな時、一人っ子の身を恨みたくもなる。
―――あー、たまには、思いっきり走りてぇ~~~~
いや、走る、が希望って凄いぜこの状況。いよいよヤキが回ったかな。
「若様ッ!!!」
「うぉぉぉ!!見合いはお断りだぁ!!」
「今回の相手は、何とミス・ファブールですぞ!!」
「その微妙な線は何だよ!!ミス・幻獣界とかねーのかよ!!」
「そっちの方がよっぽど危険な香りがしますぞ、若!!」
・・・確かに、それがアイツとは限らねぇ・・・
いつもの如し、呆れてジイは部屋を出て行った。
国の再建も、国民総出で必死で取り組んだお陰で、もう街の殆どは元に戻った。細かな事は色々あるが、そろそろ気分転換は必要だろう。でも、昔みたいに城を抜け出すのも、近衛兵の若いのと酒飲むのも、女連れて遊ぶのも、もう楽しいとも思えねーだろうし、どうしたらいいの、俺。
床に寝転がり、手足を伸ばす。うん、誰も居ない。あ~、見合い話はうっとおしい。
「や~だ、俺はリディアを嫁にしてぇ~~!!」
「どいて下さいエッジ様。掃除できません。」
いつの間にか、掃除女官が部屋に入って来ていた。
「何度もノックいたしました。扉開けっ放しで床にごろごろ転がって、しまいにはヤダヤダ言い出して、これで外で見ていろと言うのですか!?」
「リディア~」
「・・・私の名は、カレンです。」
「ああ、おめーどう見ても、黒髪黒目のエブラーナ人。俺の欲しいのは碧の髪の翠の瞳のぉ~!!」
「・・・探しておきます。」
王子だから当たり前なのだが、俺はエブラーナに友達と呼べるのは少ない。
親しい若い近衛兵や、ガキの頃からなじみのある、割と年の近い女官(コイツとか)や侍従はいるけど、こう言う時に遠慮なくこう、思っている事言える様な奴らは後にも先にも結局、アイツらだけだろう。
色々あった。
宿屋でカインに尻を蹴っ飛ばされた事も、酒飲んだローザに絡まれた事も、今となりゃ懐かしい。カインか。あいつ、どーしてるのかなぁ。
あれこれ考えている間にも、女官が無愛想に部屋の床のゴミを片付けている。転がってた見合い相手のリストも、気持ちよく袋に放り込んで行く。ああ、スッとした。
「俺もそろそろ、潮時かなぁ・・・」
「長生きしてください。エッジ様。」
「いや、そっちの潮時じゃなくて…しかも何とも思ってなさそーな声で言うなよ」
窓に切り取られた空が青い。春が近い。
「あ~、でも、俺の春は遠い・・・」
「・・・」
「何か言ってくれよ・・・」
目の前に差し出されたのは、床に捨てた没書類。もとい、その裏に書かれた落書き。
「これは、如何しましょう?」
俺のヘタクソな絵は、碧の髪の(かろうじて判る)女の子、と言う事以外リディアとは似ても似つかない。
「捨てちゃって…」
無常にも俺の力作は、小さく丸めて袋に入れられたのだった。
嗚呼。今夜は久々に屋根に上がって、星でも見るか。
「やっぱ、夜はさみ~なぁ…」
夜は夜でちょっと興が湧いて、と言うか。城の屋根に大の字で寝転がる。まだ少し寒い季節。今宵は新月の空だった。月はないけど、星は冷えた空気のせいかやたらよく見える。
―――なぁ、お前行く場所ないなら、俺の国こねぇか?
―――う~ん、私は…幻界に帰ろうと思ってるんだ。
―――何で?いや、別に変な意味じゃなくて、向こうに彼氏でも…いんの?
―――そんな訳ないでしょ!!地上にお家が無いから!!それだけ!!
―――あ、そ、そうか…まぁ、向こうに友達もいるからな。
後悔なんて柄じゃないけど、正直あの時の事は後悔している。
もう少し、真剣に引きとめられなかったのか?俺。
でも、もし、ここに居たとして―――
お前が俺を、受け入れてくれなかったら。俺とお前が一緒になるのを、国の誰にも許して貰えなかったら。その挙句に、お前が俺の目の前で、エブラーナの別の男と結婚とかしちまったら・・・
近くに居る方が、辛いと思っちまったんだあの時は。でも後悔がこれ程『効く』物だとは思わなかった。ジイが見合いを勧めるのは判る。自分の役目も義務も。でもここでそっちに行っちまったら、今の何倍も後悔しそうだ。
―――だから・・・
「お、流れ星。」
―――リディアに会えますよ~に
なんて、ガキみたいなお願いをかけてみる。いや、待てよ。セシルの戴冠式には顔を出すだろう。アイツも。だからこれは叶うだろうな。
また星が流れた。
―――リディアが俺の所に来てくれますよ~に。
多分、星100個必要だろう。
「ん?」
星が流れた。同じ所からまた一つ。また一つ。何秒かに一つ、すーっと流れてゆく。
「…流星…群…!?」
そんなバカな、いや、待てよ。それでも、次々に星は、俺の頭上辺りから四方に流れて行った。
―――リディアに会えます様に
―――俺の所に来てくれます様に
―――あ、国が平和であります様に
―――リディアに・・・
全部で100にはならない星達に、ずーっと願いをかけ続ける。
―――何やってるんだ、俺、本当に・・・
願いが”叶った”のは、まさにその次の日。
「何だ、こりゃ。」
掃除屋カレンから差し出されたのは、『玩具問屋・戸伊挫羅巣 エブラーナ本店』の袋。
「昨日、帰りに寄ったんです。エッジ様のお部屋には、似合わないでしょうけど。」
開けてみると、赤札の付いたガキ用のぬいぐるみだった。碧の髪の、ふわふわした女の子。俺の昨日の落書きそっくりの女の子。
「お、おう、ありがと…枕、にゃ小せぇな…」
とりあえず、これは貰っとこう。やっぱり、100個行かなきゃ難しい願いの様だ。今日は夕焼けが綺麗。
あーあ。流石に今日は、もう星は降らねぇだろうな。
「おぉ、カレン!!若様は、部屋にいらっしゃるかの!?」
「エッジ様?ええ…居ましたわよ。家老殿、何か?」
「バロンから、非公式の使者が見えたのじゃ!!それが、どうも―――」
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