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good morning
朝から騒がしい。
睡眠が浅くなると、この男は時々とんでもない寝言を吐き出す。大体は決まったものだが、それがまたおぞましい事限りない内容だ。
お陰でこちらはいつも寝覚めが悪い。
「おおぅ~ダメだ~リディア~お兄さんは我慢できないぞ~」
また始まった。まったく、まだ夢の中か。何してんだこいつは。やめろ気持ち悪い。そもそもどうしてこいつはこんなに都合のいい夢ばかり見るんだ。少なくとも、俺と同室の時は殆どだ。
などと幾ら恨み言を言うなり思うところで、隣のベッドの上で、おそらくは熟睡している銀髪の男は、モフモフモとわけの判らぬ効果音を口から発しながら、一向にその奇ッ怪な動き―――何か、小さなものが横に隣に寝ているかの如くにシーツに身体をすりすりしている―――を止めようとしない。
「逃~げ~る~な~」
遂には床に落ちて転がりだした。しかもシーツを抱きしめながらこちらに転がってくる。
何とおぞましい姿。誰か助けてくれ。
ガシッ―――
「いってぇ~~~!!!」
最早勘弁ならず、俺は起き上がり床に転げた男の尻に蹴りを入れた途端、眠っていたとは思えない声でそいつは目を覚ましたのだった。
「医者を呼ぶか。それとも、リディアが良いのか?」
「カイン・・・起こすんじゃねーよ。てめー・・・いいところだったんだぞ!?」
床からのろのろと立ち上がるこの男。ぼさぼさの短髪で恨めしそうにこちらを見る眼差し、おおよそ年上とは思えない。しかも王子様とは世も末だ。知るか、いい所だった、なぞ。
「エッジ・・・お前と同じ部屋だと、明け方が辛い。言ってる意味、判るな?」
「ああ!?俺だって、好きでてめーと同じ部屋で寝てるんじゃねぇ!!」
邪魔したとでも言うのか、こっちが。
「全く同感だな。それで結構。先に水場、使わせて貰うぞ。」
こら待てカイン、てめー朝からケンカ売んのか、おい・・・ 後ろの声を無視して、部屋を出る。
全く、あの男のリディアに対する入れ込み様と来たら。
夢にまで見る位だが、本人の前では憎まれ口の叩き合い。無意識か計算か判らないが、ともかくも怖がらせない様に接している。泣かした女は数知れず、等と自称する割には妙に紳士的な事じゃないか。泣きを見るタイプだな。
結構だが、俺の隣で妙な夢は見ないでくれ。
井戸の近くにこしらえてある水場へたどり着くと、思わぬ先客があった様だった。
―――ごしごし
そう音が出る位に、懸命な手つきで髪の毛を拭いている。時々ふるふる、と頭を振るい、顔にかかった水をはねのけていた。
同じ女性でも、ローザとはまるで違う身づくろいの仕方。それでも朝日に映える碧髪のせいか、その不器用な仕草までも微笑ましく映ってしまう。一瞬でも幼少の姿を知っている自分には、変わらず子供にしか見えないが、あの男が惹かれるのも判らないでもない。
「リディア。」
背後から声をかけると、少女は一瞬ぴくり、と驚いて振り返った。
「おはよう、カイン!早いんだね。や~だ、まだ誰も来ないと思ったのに。」
慌てて髪をごしごしタオルでこするが、そんなにすぐに乾く物でもないだろう。
「何してんだこんな所で。髪は普通、風呂で洗うものだろ。 昨日風呂には入らなかったのか?」
「入ったよ!身体は洗ったってば。眠かったから髪は洗わなかったんだ。朝流せば良いかなって。」
そして相変わらずごしごしと手荒に髪をタオルで丸めだす。さらには絞ろうとしだしたので、慌ててタオルを取り上げた。
「・・・分け目はここか?」
「うん。あれ、拭いてくれるの?」
「髪が痛むぞ。全く。ローザに拭き方を教わるんだな。」
手荒なりにしっかり拭いていた様で、地肌の方は乾いている。
髪のかたまりを手櫛で整えてから毛先をタオルに包み、丁寧にぽんぽん、と押さえてやると爆発寸前だった髪の毛は徐々に落ち着きを取り戻した。
ローザの子供の頃からの方法を真似しているうちに、自分にも身についてしまった髪の拭き方。見た者は意外な顔をする事も多いが、髪の毛が早くまとめやすいので気に入っている。
「ありがとう!そっか、カインも髪の毛長いもんね。でも、私よりさらさらしているし、すごいね。ちゃんと手入れしてるんだね。」
リディアはと言えば、乾きだした右側の毛を手に取り、くるくると丸めていた。
「・・・頭を動かすな。」
「えっ?何?」
ぶわん
思い切り頭が振られる。
「動かすな、と言ったんだ、全く!」
こいつの子供の頃の面倒なんて、俺はとても見れたものじゃないだろう。つくづく、セシルの懐深さには脱帽するというものだ。いや、親心と言うヤツか?
小さな頭を自分に預けて嬉しそうにしている姿。確かにいい子、と言う言葉も合うだろう。
シュッ…
「…」
「どうしたの?カイン」
「リディア。いいか、動くなよ。」
落ちてくるはずのない様な物が足元に刺さっていた。
「うん。今度は大丈夫だよ。」
シュッ…
「…」
「カイン、今何か言った?」
今度は反対側の足元だ。
「あのバカ忍者…」
がさっ、と少し離れた木の上で一瞬音がした。
「…もう大丈夫だ。リディア。そろそろローザを起こしてこい。」
「うん。ありがとうカイン。じゃあね。」
がさごそっ
さっきの木の上で、また音がする。いつまで、隠れているんだか。
と、その時。
「どおりゃあぁぁあっ!!覚悟ぉおおお!!!」
首を動かすのも億劫だった。
不意をうったと思ったのか、大声でそいつは真上の木から落ちてくる。そのまま左に身をかわし、横をかすめたその脳天に拳で一撃を見舞ってやった。
ごちん、と派手な音がして、そいつは地面に倒れる。
「痛ってぇ~!!!」
「頭上攻撃は竜騎士の得意分野だ。あんな見え透いた音に引っかかると思ったか…全く。」
足元に刺さったくないは、綺麗に離れた木から投げられた方向に刺さっている。だが、見え透いた事だ。
「まぁ、真上からこの角度に刺せるのは、見事だがな。」
「て、てめぇ…頭の急所に当たったぞ…」
エッジはのろのろと立ち上がるが、たまらず腰をぺたん、と付いた。油断していたのはこいつの方で、綺麗にこめかみに一撃を食らった様だった。
「もう一度聞く。医者がいいか?リディアがいいか?そんな調子じゃ、リディアを嫁にはやれんがな。」
リディアを嫁に、の言葉が効いたのか、目を吊り上げるエッジ。
何がこいつをこうさせたってリディアの事位しかない。皆の子供みたいなもんじゃないか。何を怒っているんだ、この男は。なんて、こんな事をこいつに言う辺り、俺にも親心が伝染したかな。
「てめぇ、いつか、ブッ飛ば…す…」
―――バタン。
「おいリディア!!エッジが怪我した。手伝ってくれ!!」
宿の中から、パタパタと小さな足音がかけてくる音が聞こえた。全く、揃いも揃って幸せなヤツらだ。
END
―――――――――― ―――― ―――
何か夢を見ていた気がする。
騒がしい、でも心地よい。大勢の人の声、湧きあがる歓声。
急激に頭を冷やされる様な、あの感覚。
これは夢だと理解できる瞬間。
―――エッジ・・・?
何かを言おうとしていたのかもしれない。
だけど、目が覚める事はもう判っていた。
大きなベッドの中。見慣れたバロンの調度とは違う、色みを抑えた部屋。エブラーナの2日目の始まりだった。
「よ、寝ぼすけ。」
エッジは、と言えば。とっくに起き上がり、軽装の忍服に着替えていた。
「…自分がいつも、朝早いんじゃない…」
早朝の散歩ついでに修行でもしていたのだろうか、一仕事終わらせた様子のエッジは、せかせかと小さなテーブルを部屋の真ん中に出している。
「さっさと起きろ、朝飯だ朝飯。卵ごはんと焼き魚と味噌汁でいいな?」
そのテーブルがエッジの『食卓』と気が付いた時、リディアも慌てて椅子を運ぶのを手伝った。
―――エブラーナのお城って…食堂無いのかな…
勿論ない訳がないだろうが、エッジの事、おおかた『面倒くさい』と言う理由だろう。顔を洗ってくる、と急ぎタオルを持って扉を出る。確か、階段を下りた所に小さな水場があったはずだ。
廊下で番をしていた兵士に挨拶をしながら進むと、皆驚き、敬礼して道をあけた。
寝癖の付いた少女がひょこひょこと王子の寝室から出てくる様子に、皆心配そうに後姿を見送る。
―――あの方…若様の…?若様自ら、卵を取りに行かれた様だし…
―――あの歌の…翡翠の姫か?随分イメージが違うな…
記憶の通りに角をいくつも曲がってたどり着いた小さな水場にいたのは、先日の女官二人。
「うぉぉぉおおおっ!!やっぱ二枚しぼるのは厳しいわね!!」
朝から全身を使って、大きな布を洗っている黒髪の女官。
脇では小さな眼鏡をかけた女官が、穏やかに幾つかの布を捌いている。
先日、家老と一緒に大騒ぎしていた二人だ。
「おはようございます…えっと、カレンさん、アイネさん…でしたっけ?顔洗っていいですか?」
「はいは~い…って…リ、リディア様!?」
女官たちは王子の客人の突然の訪問に驚き、揃ってリディアの足元にひざをついたのだった。
「おはようございます。もう少しお休みになっているかと…申し訳ございません!」
「え?あ、あの…」
リディアが慌てて立つように頼むと、女官たちは立ち上がったが、共に小柄なリディアより背が高く、威圧感の様なものさえある。
「顔を、洗いに来たんです。」
やや気おされ気味にリディアが答えると、女官二人は顔を見合わせたのだった。
「こちらは、我らの仕事用の水場でございますので・・・エッジ様の私室脇に、王族の方用の水場がありますわ。」
穏やかに微笑むのはアイネと呼ばれていた女官。
「ああ、判りづらいですよね…でも、この様な場所を使って頂く訳には参りません!」
黒髪の女官・カレンは有無を言わさずリディアの背中を押す。先ほどのアイネより更に大きく、体格や身長は細身の男性程だ。
「王族って…私、そんな身分のある者じゃないし…あの、…ダメ…かな…」
「エッジ様とご一緒に、お顔を洗われませ。姫様。」
にっこりと微笑むアイネの腕の力は、意外にも強かった。
女官二人に再び王族居住区に戻されたリディア。
よほど驚いた顔をしていたのか、エッジはその姿を見てけらけら笑い出す。
「いいだろあいつら。頼まなくても色々教えてくれる。しかも少々手荒に。ま、女官兼身近な護衛みたいなもんだ。」
それもそうだったが、リディアが驚いたのは、あの二人の気迫だけではない。
バロンに滞在していた時、セシルとローザの友人兼補佐としてそれなりの身分として扱われていたものの、さっきの女官ほどの礼を払われた事はなかった。
「エッジ…私、そんな王族とか姫とかじゃないってば…お使いの魔導師なんだよ!?女官さん跪いてくれたんだけど、そんなんじゃ…ちゃんとそう言ってよ!!」
「まーそれもお仕事というやつです。はい。」
エッジははいはい、とリディアの肩を叩いてなだめると、隣にある水場へと案内したのだった。
扉のない、通路に面した小さな部屋。白い陶器に、控えめな光を放つ何色もの金の模様が施された、小型の噴水の様な蛇口。花の飾りをひねると、水が注がれ器に満たされた。
「この金の飾り、これは、遅効性のも含めてあらゆる毒に反応する様に、色々な金属で作られているんだぜ。一つでも変色したら、水に毒が入っているかもしれないって事だ。」
ふうん、と素直に感心するリディア。
確かに王族の身の回りは細心の注意が払われるが、食事は毒見できても、一滴の水まで及ばない。
「この色…きれいね。大陸の金色と違うわ。」
大陸では、豪奢な黄色に近いイエローゴールドが飾りの主流であるが、エブラーナでは銀に金を落とした様なシャンパンゴールドや、輝きを抑えた装飾が、調度を彩っていた。
「うちの国は、ゴテゴテって飾り付けるのはあんまり好きじゃないからさ。お国柄かな。」
色を変えない金の飾りを指で撫で、エッジは言葉を続ける。
「俺、こう言う風に頭使って仕掛ける、って言うの結構好きなんだよ。まぁうちの国は小さいくせに昔ごたごたしてたから、逆に知恵を絞って色々考え出してきたんだよな。」
「そうなんだ…」
エッジは堅苦しい事は苦手ではあるものの、この国が育んできた文化そのものは非常に愛している。常に口ぶりからそれが伺えた。
「ああ、昨日お前の言った事も気になってさ。周辺、調べる様にしたから、心配するなよ。」
「エッジ…ありがと…」
「…って、濡れた顔で見るな!!全く朝っぱらから!!」
されるがままに、顔をタオルでつかまれ、ごしごしとこすられる。
「さ~て!早く食事にしよう。王子様は午前のご公務に出かけたいからな。お前は女官と城を回ってな。禁止事項はナシ。いきなりバハムートとか呼ぶ以外はな。」
「はーい」
珍しく素直な返事をしたリディアに、エッジは一瞬拍子抜けした様な表情を見せたが、背中を押し再びリディアを部屋へ連れて行く。
「なーに?」
「ん~ん、何でもない。でも何か、お前がここにいるのが何かすごく不思議。」
『――― セシル
おつかいは無事終わりました。エッジも喜んでいるみたいだよ。
少し滞在させてもらって、帰ろうと思います。
でも、流石に増強装置も無しに、エブラーナからテレポ―トするのは辛いかな。
シドおじちゃんが長距離飛行したときでも、立ち寄ってくれないかなぁ。
エッジは、戴冠式まで居ろ、っていうの。それはさすがに悪いなぁ…
久々にエッジに会えて嬉しいんだけど、迷惑にはなりたくないんだ。
あ、都合がつかなかったら、一人でも帰れるからね。
船とかでもいいし、どうにでもなるから心配はしないでね。
―――― リディア 』
食事も終わり部屋に一人になったリディアは、荷物整理とセシルへの手紙を書きながら、時間を過していた。午前中は忙しいだろうから、城の案内は午後に頼むのが良いだろう。エッジは夕方まで公務で城を空けると言っていた。
エブラーナ城は外観は石造りの地味な姿だが、城壁の中には小さな町もある。
一つ目の門までの間に、低めの木々や泉を配置した小さな中庭があり、女官や小姓、庭師が午後の仕事に取り掛かっているのが見えた。
海に近い為、砂に近い地質の庭。その先にまた、城下町へと通じる門がある。簡単な作りではあるが、立派な一国の城だ。
―――何処を見ようかな…エブラーナにも魔導師が居るって言ってたし…
城内を見回ってよい、と言われても、小国とは言え十分な広さだ。
「姫様、ご用意が整いました。」
女官の一人、アイネがドアをノックした。
続いて、もう一人、カレンも姿を見せる。先日の彼女のホホホ、と言う大声が一瞬浮かび、再び汗が出そうになる。
「さ、お召し変えいたしましょ、リディア様。」
そんな事は露知らず、カレンは脇に抱えた袋を解き、手早く持ってきた服を広げてゆく。どことなく荒っぽい動作だが、さばさばした気性を感じさせる振る舞い。
「どちらがよろしいでしょう?」
アイネは緩やかに波打つ亜麻色の毛を二つに縛り、肩口にたらし、調和している茶色の瞳が美しい。穏やかな表情と口調で、賢しげな印象を受ける女性だった。二人とも女忍者、と言う訳ではなさそうだが、少なくともか弱き女性ではないだろう。
外出用の衣装は貴族用のもので、リディアにとっては華美な物が多かったが、その中でシンプルな魔力耐性のある素材で出来た淡い色のローブを、シャンパンゴールドのブローチで止め上げる。
「見てみて!やっぱり姫様、お似合いだわ!!御髪の色がとても映えるわね!!」
自分達のチョイスが正解だったと、女官達は嬉しそうに頷いている。
「あ、あの…」
何でしょう!?と元気良く同時に答える二人。
「わ、私…姫とかそんなじゃ…身分で言えば、女官さんにも及ばないんです。だから…」
「なりません!!姫様!」
と、答えるやいなや。カレンは何故か細身の刀を取り出し、腰に差した。やや小型ではあるが、青龍刀と呼ばれるものによく似ている。
「へ、へ!?あの、何処へ行く…んですか…」
リディアは目を丸くするが、アイネの方も背中に、棒に刃のついた武器を背負っている。
「あ、これは薙刀と言うんですよ。女性でも扱いやすいんです。」
「あの…どうして二人はお散歩に刀とかナタを…」
黒髪のカレンが振り返る。
「我ら2人で、エッジ様の大切な方ををお守りする為です。忍者には及ばずながら、我々は王宮内で武器の携帯を許されております。貴人をお守りする為です。」
「あ、ありがとうございます…」
エッジの大切な客人、と言われるなら判るが、響きがどうもおかしい。大体、ナタを持ってまで守る程の立場だろうか。
「浮名を流したエッジ様ですが、心底ご寵愛されている方は今までおりませんでしたのよ。そうよ、結局何処の方も、エッジ様のお手を煩わせるだけで…」
いよいよ、その言葉に首をひねるリディア。
「へ!?ち、…寵愛って…あの…」
思わず2、3歩下がるも、迫り来る女官。
「そして、その方をお守りするのも女官の仕事でございます。さぁ、参りましょう!」
「カレン、そんなに強く引っ張ったら、小さなお体には負担よ。」
リディアの両脇についた二人の女官は、そのままずるずると小さな身体を引きずって行く。
―――寵愛って…確か…
「え、わ、私寵愛とか…そんな…待ってぇええ!!」
どうやら、自分はエッジの恋人と言う扱いらしい、と言う事に初めて気がついたもののすでに時遅く、回廊の兵士達の敬礼に複雑な表情で答えながら、リディアは表に出たのだった。
「おはよ~!!アイネ!!」
すれ違い様に、女官たちに声をかけてゆく子供達。城の中庭には貴族の子供達が、所狭しと駆け回っていた。
エブラーナ城の中庭では来客が来る時以外は、貴族の子供が遊び回るのを黙認していた。貴族と言っても小さな国だけに、大貴族以外は、城の仕事を持つ位で平民と変わらない。中には両親共に王宮使えの家もあり、子供は子供同士で遊んでいる事も多かった。
バロンに比べて王宮らしからぬその様子に驚いたものの、バブイルの洞窟で初めて会ったエブラーナの民、子供達はこんな風に思い切り、外を駆け回る日が来る事を願っていたっけ、と思い出す。何処の国でも子供は元気だ。
おねーちゃん何処の人ぉ!?髪の毛綺麗だね!と、親しく声をかけてくる子供も居た。
幾人かはリディアの事を覚えている様だったが、『碧の髪のお姉ちゃん』と呼び、名前を覚えている子供まではいない様だった。
しかし、中庭の小さな噴水にたどり着いた時、リディアの名前を呼ぶ声がしたのだった。
「―――リディア様!!僕の事、覚えている?」
「こら!!控えなさい、大切なお客様よ!!」
カレンが少年を制しようとしたが、リディアもその姿に見覚えがある。
「あ、確か・・・!!」
―――お母さんは僕が守る!お腹に、弟か妹がいるんだ!!
バブイルの洞窟に居た、身重の母を気遣っていた少年。
あの頃に比べて小奇麗な身なりをしているが、確かにその面影が見て取れた。
「あの時の!?えっと、確か・・・」
「そうだよ!覚えていてくれたんだ!!じゃあやっぱり、リディア様だよね!?ねぇ、セシル様とかは一緒じゃないの!?ねぇ、翡翠の姫様!!」
エル、と名乗った少年。子供達のリーダー格である様で、次々にまわりに仲間が集まってきた。
「!リディア様、こちらはそろそろ…」
女官が袖を引くも、既に10人近い子供達に周りを固められている。
「ええーっ!!翡翠の姫様!?」
「本当だ!!歌そっくり!!!」
口々に自分を『翡翠の姫』と呼ぶ子供達。
その中の一人が、立ち尽くすリディアのローブを引っ張って大声を上げる。
「姫様ぁ!いつ、エッジ様と結婚するの!?」
一人の子のその言葉に、子供達が色めき立った。
「うわー!!!ケッコンだー!!」
「結婚式では“ちゅ~”するんですか!?」
―――へ!?
「お黙りなさい!!お客様に失礼な事、言うもんじゃありませんよ!!!」
大声で騒ぎ出す子供達に、ついに控えていたカレンが乗り出し、大声で言い放ったのだった。
「うわー!鬼婆カレン!!!逃げろ~!!!」
「怖いよ~!!!早く結婚しろ、鬼ババ~!!!」
逃げ腰の子供達の言葉に、カレンの表情が一変する。
「何ィ…この小童どもが!!!」
エブラーナの娘は20位には結婚するのが一般的らしい。見た目カレンは十分若いが、エッジよりも半年ほど年上と言うのは周知の事実だった。
「いきおくれ~!!獰猛女~!!人間戦車~!!!人間大砲~!!!」
「黙れガキども・・・いえいえ、早く帰りなさい!!」
カレンの剣幕に、子供たちはちりぢりになり走り去ったのだった。
―――――け、結婚!?翡翠の姫って…何の事?
そう言えば。農家の庭先であった男の子も、何だか似た様な事を言っていた様な。
「参りましょう!リディア様。」
こめかみに青筋を残したカレンが振り向く。
「あ、あのぅ、あの子達が言ってた結婚とか、姫とかって…」
「何でもありませんわ。ホホホホホ!!!さ、参りましょ!!」
足を早める女官。待って、とリディアも駆け出した。
「姫様、カレンは、結婚ネタは耳が痛いんですよ。すごく周りがうるさいらしくて。」
アイネがこっそりと耳打ちしたのだった。
そして程なく。
「ご覧下さい。ご覧になりたいと言われてた魔道師ですわ。あちらに。」
j少し先を指す指先、石垣に囲まれた一角から、一瞬火が上るのが見えた。火花や閃光が飛び、小姓達が群がって歓声を上げている。
「オルフェですわ。いわゆる宮廷お付の魔導師です。魔法の練習中の様ですね。」
アイネがリディアの目線を追って答える。
「エブラーナで、宮廷魔道師がいるの?意外だな。」
小姓にまぎれて石垣の中を覗くと、細身の青年が杖を手に取り、呪文の詠唱を始めている。お付、と言うには年若い魔導師。黒髪、というには色の薄い蒼髪。清楚に整った顔立ち。袖の長い袷のローブは、どことなくエブラーナ風だ。
「ファイラ!!」
ひときわ大きな火柱が上がり、小姓たちには堪えたかひゃあっ、と叫んで飛び退った。しかし力の制御を誤ったか炎の広がりが乱雑になり、魔道師慌てて、小姓たちに声をかける。
「大丈夫か!?」
皆しりもちをついた程度で、小姓達に怪我はない。
「貴女様は…お怪我はございませんか?!」
男はリディアを見つけ、こちらに近寄って来た。エッジとはまた違い穏やかな物腰。
「オルフェ!ご無礼を・・・こちらは・・・」
「リディアと申します。…バロンから来ました、一介の旅の魔導師です。」
言葉をさえぎる様に、即答するリディア。
「炎の魔法は、制御が難しいですよね。」
オルフェが手にしていた杖は、主に白魔法で用いられる木製の杖だ。エブラーナで魔法の専門道具をそろえるのは、難しいと言う事だろう。
その言葉に、魔道師の青年はリディアが魔法に造詣があると察した様だった。
「お恥ずかしい限りです。宮廷付魔導師と名を頂きながら、制御もままならないとは…」
一行が散歩の途中だと知ると、魔道師は同行を申し出た。他国の魔導師と接する機会は滅多に無いこの国、無礼を承知の事だろう。
彼は幼い頃よりの王宮仕えをしており、エッジとも幼なじみだという。幼い頃から大人しめの性格故か、従者の立場をわきまえていた彼が聞き役に徹していた為か、エブラーナでは異端の魔道師ながらエッジから信頼され、側に置かれているらしい。
庭園から中庭を出ると、林道を抜け、城壁近くには将校の宿舎が立ち並んでいる。瓦で葺かれた佇まいは昔は『武家屋敷』と呼ばれていた、と女官が説明した。『魔道師舎』と書かれた建物は、若干外国の建築を取り入れた小さな洋風の家。
窓から顔を出した魔道師らしきが、四人に礼をした。
「この国に、魔導師はどれ位居るんですか?」
「この城で、見習いを含め10人程度です。あの者の様に、直接軍事に関わる者は宿舎に。」
「軍事…エブラーナで、魔法がですか?」
リディアは魔道師の顔を見上げる。
「防衛の研究です。忍術は一種の技術。白兵戦は無敵ですが、対魔法は未知数ですから。」
エッジの使う忍術は、魔法とは根本的に違う。
火遁の術を使う時、着火はエッジの手元でされている様だ。それを広げるのは気の力や色々あるようだが、動作は一瞬のうちに終わってしまう。
「えっと、火をつけるのは技術、後は気力…って言ってたかな。でもすごく早くて。」
「・・・良くご存知ですね。エブラーナへは、エッジ様を訪ねて?」
オルフェは、リディアがエッジの仲間だと言う事に気が付いていない様だった。曖昧に頷くリディアの横から、カレンが声を上げる。
「ちょっとオルフェ!!こちらはエッジ様の奥方候補・・・うげッ!!」
その横腹をすばやく突いた、亜麻色の髪の女官。
「ご友人ですわ。ね、リディア様。」
「は、はい・・・その通り・・・です。」
青くなったカレンの顔色を目の当たりにし、リディアは思わず敬語で答えていた。
そして、一行が城の裏手の馬屋に近づいた時。
一頭の馬が張り巡らされた柵にそって近づいて来るのが見えた。
「ハヤテ!!」
カレンが驚いて声を上げる。薄い銀色の毛並みの馬は、リディア達の前で止まった。その名前にも確か、聞き覚えがある。
―――この馬、確か・・・
エッジの愛馬。優秀な軍馬だったが、先のルビガンテとの戦いで負傷し、引退したと聞いた。
「全く、馬屋係は何しているの!?」
カレンは横腹を押さえながら、ハヤテの手綱を引っ張る。しかしハヤテは、手綱を引かれても小屋に向かおうとはしない。駄々をこねる様に鼻をならし、その場を動こうとはしないのだ。
「こんなに聞き分けなかったかしら。馬屋係を呼んでくる。二人とも、リディア様を。」
馬小屋の方に歩いてゆく女官。ハヤテはそれを見て、その場で足を踏み出す。
「どうしたんでしょう…?軍馬とは言え穏やかで聞き分けの良い性格です。それが一頭で飛び
出してくるなんて。」
「ええ・・・迷い犬でも入ってきたのかしら・・・」
皆で馬小屋の方を見るが、別段変わった様子もなく、誰も居ないようだ。
「馬小屋係!!誰もいないの!?ハヤテが、外へ―――」
入り口から馬屋係を呼ぶ声はこちらまで届くも、返事はない。
「え・・・何これ、閂も壊れている。一体どうしたの!?誰か!!」
女官が中に足を踏み入れた瞬間。
「きゃあああっ!!!」
ドン、と言う短い音と、悲鳴が馬小屋に響いた。
「何!?」
一瞬地面が揺れ、アイネとオルフェが驚きながらも、リディアを守る様に前に出た。
―――この流れ…魔力?
かすかに周りの空気の流れが変わったのを肌で感じるリディア。
「カレンさん!!」
「リディア様!!」
馬小屋に入った時。軍馬は皆力なく座り込み、首をもたげてリディア達を見上げる。全員が、呆然として僅かの間立ち尽くすしたが、我に帰ったオルフェはうなだれる馬達を覗き込んだ。
「この傷・・・血を抜かれている様です・・・」
「カレンさんは・・・あっ!!」
通路の奥の方に、カレンが片膝をついて身をかがめているのが見えた。側には壁が焼け焦げている。この範囲攻撃は明らかに魔法の炎、間一髪直撃を避けた様だ。
「アイネ!!リディア様をすぐ外へお連れして!!―――いえ、後ろ!!」
「えっ…きゃああ!!」
[翡翠の姫君 4] へ
・・・まさか・・・
「バロンよりセシル・ハーヴィ様の使者として参りました。魔導師、リディアと申します。」
にっこり、と笑顔でおどけた自己紹介をするその表情。
―――リディア…!?
「どしたの?」
「夢じゃ…ないよな…」
リディアへ歩み寄ると、その頬を軽くつまみあげるエッジの指先には、懐かしい感触。
「な、何すんのよ!!」
かまわずもう一方の頬をつまみあげる。やはり懐かしい感触。
「離しなさいよっ!」
リディアもまた頬に手をかけようとするが、腕をのばしたエッジの顔には届かない。頬の手は離され、小さな身体は急に、エッジのマントで包まれたのだった。
「ちょっと~!!!」
もさもさと暴れる小さな体。そのまま、頭に当る部分を手荒く撫で回す。
「うっわ本物だよ!お前!!リディアだ!!!」
たまらず、暴れるその塊に頬ずりを繰り返した。
「やめてよ!!!気持ち悪い!!」
「おおおお!!!そのひでぇ言い草!!!まさにおめーだ!!これは夢か!?」
「夢だったら自分の頬でも引っ張れば!?」
やっとエッジの頬を捉えたリディアは、顔を近付けて怒っている。拗ねた表情で乱れた髪を必死に指で梳く姿。何もかも変わらない。
…何もかも?
「あれ?お前、もうちょっと年取ってると思ったんだけど…」
ぺたぺたと髪に、頬に触る。本当に、目の前に居るのはリディアだ。
「年、年って言わないでよ。おばあちゃんになったっていいじゃない。はい!!」先
程のじゃれ合いで危うく放り投げられる所だった書簡は、無事エッジの手に渡されたのだった。
『 ―――― エッジ
お返事届きました。戴冠式に出席してくれると言う事で、ありがとう。
エブラーナの名もこちらの近隣諸国でよく聞くようになりました。
君が来てくれる事で、各国の友好関係にも発展があると思います。
ひいては友好の印として、戴冠式に来てくれた際、小型の飛空挺…と
言っても本当に小さい、エッジ個人用位だけどね…を、バロンから贈りたいと
思っているんだ。
ただ…どうだろう?
君の国では、そう言った物は気に入って貰えるかな…もしそうでもないなら…
…隠し倉庫を用意しておいて下さい。
では、当日は楽しみにしています。…
…
――― セシル 』
「…ああ、出席の礼だな。」
リディアも気になるだろうと、ぶつぶつと書簡を小声で読み上げていたのだが、文末に差し掛かり、何やら心躍る一文を見つけ、ひときわエッジの声が大きくなった。
「で、何々!こちらが遣わした可愛いおつかいは、エッジのお嫁さんとして進呈いたします。勿論返品不可。一生大切にして下さい…だってさ!!」
「へ!?!?」
不可解な言伝に、リディアは一気に頬を紅潮させ、手紙に手を伸ばす。
「ち、ちょっと!そんな事書いてないでしょ!?」
「書いてあるもんね~!」
「見せなさいよ!!」
「お~っと、お子ちゃまに王子様の大切な書簡は見せらんねぇなぁ。ほれほれ!!」
リディアの体が飛んでもはねても、高く上がったエッジの手の書簡には届かない。
「じゃ、決まり!今から結婚式だ!」
「やーよっ!あんたのお嫁さんになる位なら、ゴブリンの方がマシよ!!」
半ば涙目での必死の抗議。その目には恥じらいと意地の色が浮かんでいる。
その時。
大切なお客さんが居るにも関わらず、バタン!!と大きな音がして、ドアが開いた。驚いて振り向くと、家老と女官2人が掃除用具を手に、肩で息をしながら立っている。先走りやすい家老。勢いの余りやすい女官達。揃ってしたり顔。嫌な予感がエッジを貫く。
「お部屋は完璧ですじゃ、若様!!」
「お床の片付けも整ってございます。一応枕はもう一つ、下に入ってますわ。」
「あ、シーツの換えは幾らでもございますわよ!!ホホホホホ!!!」
「へ?!床?シーツ?」
目を丸くするリディアに、あらゆる意味で最もエッジに忠実であり、それ故この行為の首謀者である直属女官の一人・カレンが鼻を膨らませて答えた。
「ホホホホホ!!!さぁ、用意は万端でございますわ!!」
「これカレン!!スタミナの薬はどうしたのじゃ!!」
「すっぽんなら確か在庫がありますが…」
―――言うな、バカ!!!!「
も…もういい!!お前ら下がれ!!!」
家老は話を聞いていない。女官は女官で、そう言えばあのクッキーはバロンのお菓子だった、と慌てふためいている。理解しがたい状況に、リディアは少し青ざめていた。そしてエッジは涙目。
「お前ら…頼むから消えてくれ!コイツが帰っちまったらお前らのせいだからな!?」
「何とっ!!不始末とあらばじいは腹を切…」
「出てけ、って言ってるんだ―――――っ!!!」
ついにエッジは無言で女官達の首根っこをつかみ退場させ、ついでに家老も蹴り出したのだった。
「あ、あのねエッジ…このお店のクッキー、ローザ大好きなんだよ。」
「そ、そうか…」
しばしの沈黙の後。リディアがやっとの事、口を開く。
5分ほどの時間だったが、眉間からも汗が出る程の緊張感をかもし出していたリディア。流石に女官の言った意味も何となく判ったのだろう。
「か、勘違いされたみたいだね、あはははは。」
「そ、そうだなおぅ。お、俺達は別に、その、ふ、ふつーの仲良しなのになぁ。」
普通の仲良し、と言う言葉がしっくり来てしまうのが悔しいが、正にその通りの現状。
「そ、そうだこのクッキー、小さいお店だけど、ローザの実家の近所では結構人気のお菓子屋さんでね、ローザは子供の頃から好きだったんだって。今でもこっそり献上してもらってるらしいよ。あまり有名にしちゃうと、おじさんおばさんが大変だから、って。」
バロンに滞在し、忙しいセシルとローザの周りで色々な使いをしていたらしいリディア。
「そ、そうか…で、こっちに、戻ってたのか?」
「うん。セシルがバロンに呼んでくれたの。…黒魔道師の老師さんが亡くなったから、呼んでくれて…色々、手伝っていたんだ。」
「ああ…そう言えば、そんな話も流れたな…」
バロンの大魔道師が急逝した、と言う話は少し前に聞いた。
その為、儀式用具や封印文書を整理するのに強力な黒魔法の力が必要になり、セシルはリディアに助けを求めたと言う。
本来ならばミシディアに助けを求める所だが、かつての戦いの爪あとか、事情を知ってはいるものの未だにバロンにあまりいい印象を抱いていないミシディアの民も多かった。セシルもまた、それを判っていたのであえて協力を求める事はしなかったのだろう。
しかし、それでバロンにリディアが来ていたとは。
「幻界にすぐ帰るのか?」
「う~ん…セシルとローザ、忙しそうなんだよね…でも…」
「忙しい?へぇ、ウチの国なんか一週間もありゃ戴冠式の準備は…って、聞いてるか?」
何か考えていたものの、ぷにっ、と頬をつままれ、ふっと我に帰るリディア。
「うんと…迷ってるんだ。実は…」
リディアはぽつりぽつりと、皆と別れた後の事を話し出す。
「幻界に戻ったら皆喜んでくれたんだ。嬉しかったよ。ただ…皆に置いてかれるのは嫌だなって思う事も…う~ん…でね、ちょうど、セシルがバロンに呼んでくれて…もしこちらで暮らすならどこかの国、バロンかミシディア…の保護を受けた方が良いってセシルが言うんだけど、そう言う…難しい事からも少しだけ、離れていたくて…」
白魔導師であるローザは、戦いで培ったその強大な魔力故、今では聖人の称号を与えられ、バロン白魔導師団の総帥に推薦されている。リディアも魔力のレベルで言えば、国家クラスの保護下に置かれる立場だろう。強大な力を持つ魔導師が、ふらふらとしている訳には行かないと言う事だ。
「アスラ様も、お友達の所でゆっくり考えていらっしゃいって言ってくれたし…でもあまりゆっくり…」
しかし。
人間とは比較にならない寿命を持つ幻獣にしてみれば、リディアが100年、地上で『考え事』をした所でゆっくり、の範疇だろう。直ぐに帰っていい用事なら、何もリディアをよこしはしない。多分それはあの二人にも不本意だ、とほくそ笑むエッジ。
にまぁ、と見る間にその顔がゆがんでゆく。
「さっさと帰る、と言うのなら俺は強硬手段を取らせてもらう。それがセシルの望みだ。うん。」
「…?」
「お前は俺の部屋に監禁します。」
その言葉に、リディアは目を先ほどより更に大きく見開き、ぽかん、と口を開いたのだった。
「…へ?どうかしたの…?監禁って…何の冗談…」
「い~や、俺は本っ気でお前をもてなしたいの。俺王子様。俺の方が偉い。命令絶対。」
「ちょっと!!め、命令って…何がもてなすよ!?」
―――がしっ。
逃げる間もなく、大きな腕がリディアの両肩を掴んだ。
「よぉし、じい!!女官ども!!カレン!!アイネ!!このお客さんのベッドを俺の部屋に運んでくれ!!まぁだコイツ、おねしょするかもしれねぇからな。同じ床じゃ眠れねーよ!!」
「ぶ――――っ!!!!」
声にならない声で反論するも、またもやマントに包まれてしまい暴れるリディア。
「わ…若様!!!ジイはこの日を待ちわびましたぞ!!どうか良きまぐわいを…」
「まぁ、やっぱりそうでしたのね!!ホホホホホ!!!」
「え、ちょっと待って!?!?何それ!?!?いっや――――――!!!!」
むせび泣く家老と女官達に見送られ、ばたばたと暴れるリディア包みを抱えたエッジは、意気揚々と自室へ戻って行くのだった。
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「どうだ、居心地は。結構広いだろ?」
「もう…檻にでも入れられるのかと思ったよ…」
辿りついたエッジの自室。一部カーテンが引かれリディアのスペースが区切られていたが、それでも十分な広さがある。正に一部屋あてがわれたと言う感じだった。エッジはようやく繰り上げた公務の残りを終え、やや疲れ気味でソファに身を横たえている。
「え~、こほんっ。」
咳払いひとつも、リディアはそっぽを向いている。いささか、昼の騒ぎが効いているのだろう。
「冗談はさておき…お前、よかったら本当、この国で暮らさねぇか?こっちで生活して幻界に遊びに行くってのもありだろ?お前、もう一人じゃないんだし。色々難しい事考える必要もないだろ。」
うん、と頷いたリディアだが、言葉は無い。
さっきの騒ぎが効いたのだろうか、とは思うものの、何やら目を閉じ、若干心ここにないご様子。何か、瞑想でもしている様な雰囲気だ。
「…どうした?何か気になるのか?」
「うん…えっと…西が強いな。エッジ…西には、何があるの?たくさん人がいるの?」
「へ?山だよ。山。ずーっと山。俺たちが隠れ住んだ洞窟もあるけど…近くの町なら、大きめな港町が一つ、後は海岸沿いに小さな集落かな。それ以上の山を越えちまうと、各地の知事に殆ど任せてるし。」
何でそんな事聞くんだ、と首をひねったが、リディアの目は西を見つめたまま。
「えっと、その港町は下手すりゃ城下より人多いぜ?何なら、観光しに行ってもいいけど・・・後は山岳部に少数民族がいくつか…山を超えた辺りにも小さな町はあるけどな。あと…定住はしてない様なんだけど…昔、バブイルの塔のあった辺りの急斜面に…組織みたいなのが一つ、かな。」
「…組織?」
「いや…あまり。まぁ何て言うかさ、反対勢力ゲリラって言うの?うちも色々歴史があって、壊滅させるには問題のあるヤツが束ねてて…ここ最近は大人しいよ。何で?」
「ううん。魔力を使う人、いるのかな…黒い服着て。魔法で移動したんだけど、失敗しちゃって。」
農村の親子の事を思い出し、魔力の歪みの様なものを探っていたのだが、ほんの微かなにしか察知できなかった。
魔力での移動は、着地点によっては周辺の魔導師が儀式を行っていた時など、その力が磁力の様に絡まり、若干のずれが生じることもあるのだ。しかし、魔法の歴史の浅いエブラーナにそれ程の作用はないだろうと思っていたから、何も対応しなかったのだが。
「…移動魔法で城につけなかった?だから、魔道師が近くにいたのかも、って?」
魔導師。エブラーナではその存在は、殆どが城の中。地方に行けば、未だに信じていない人もいるだろう程、なじみの無いものだ。
「影響が出る程の魔道師かぁ…ない、と思うぜ。エブラーナでは、魔導師は数える程しかいない。対外的に話が通用するから置いている様なもんさ。外で練習してもたかが知れてるし…」
「うん…何だか、なぁ…」
エブラーナにも魔導師は居るが、あくまで研究員的な立場。移動魔法に影響する程の力はない。
「大丈夫だよ。一応、うちにいる少ないのも、エブラーナ国家公式の魔導師として、ミシディア魔導師社会のルールとか叩き込まれてんだぜ。内緒で外でデカい事なんてしないよ。」
「そうなの?エブラーナも、加盟しているんだ。」
大陸では、魔導師はミストの様な小さな村であっても、少なかれ国家の監視下に置かれる。干渉を受ける事は殆どないが、魔導師達も力の悪用を避ける為、独自の規律を作り、ミシディアが内政干渉にならない範囲でそれを管理していたが、各国の方としても、力のある魔道師を抑える存在はあった方がいい為に、魔法規律の部分でのミシディアの介入は容認している部分があった。
それが忍術の国であるエブラーナにも及んでいるとは。
「そうだったんだ…意外としっかり管理されてるんだね。」
当たり前だ。俺は頭の固い王様にゃならねぇ、とエッジは鼻を膨らませる。
「明日は、夕方しか空きがねーんだ。女官達に城内案内させるから、ゆっくりしてくれ。」
「ありがと…じゃ、お先に眠らせてもらうね。」
おいおい、つれねぇなぁ、と言うエッジの声をよそに、一人、カーテンをくぐるリディア。
「…監禁なんて言うからびっくりしたよ…」
リディアのスペースは、幻界の部屋よりもはるかに大きく、置かれた簡易ベッドはリディアが三人は寝られる程の大きさ。
―――エブラーナの人って、面白い人多いな…さっきの女官さんとか…
明日は、その女官達に城を案内してもらおう。
旅と騒ぎの疲れから、ベッドに入るとすぐに眠気が押し寄せて来た。
・・・リディア・・・
眠りに落ちる前。微かに、エッジの声が聞こえた気がした。
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