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碧き風の舞い降りた国
第1章 翡翠の姫君 1
月の血を引く英雄達よ
王子は仲間と世界を救う
翡翠の髪と碧き瞳
幻の国の姫君よ
時の流れたがう世界へ…
王子の嘆き誰が知らんや
王子の嘆き如何ばかりなん
「なーんて歌が流行ってるってもなぁ…」
近頃城下で流行っているのは、旅の吟遊詩人達が近隣に広めた歌。
これは王子の恋物語だと、エブラーナの民の間ではささやかれていた。
折しも海の向こうの大国バロンでは半年後、新王の戴冠式が行われる予定であり、その噂は遠くエブラーナにも及び、新たな王セシルは自国の王子の戦友、歌の通り月の民の血を引く英雄と讃えられている。エブラーナの人々が、王子のロマンスに心を躍らせるのは無理もない事だった。
かつて旅の途中、仲間達とエブラーナに戻った時。『王子と共に国を救ってくれた英雄』とエブラーナの民達は仲間を歓迎した。エッジに引けを取らぬ強さと、整った顔立ちを持つセシルとカインに娘達は色めき立ち、バロン屈指の美女、と言われたローザに兵士まで見とれる始末。
そんな中、リディアはその髪と瞳の色から『翡翠の髪の娘さん』と称され、エッジとの歯に衣着せぬやりとりを皆が微笑ましく見守っていた。
―――それがいつの間にか、『翡翠の姫』かよ…
全く、お陰で女達には
「エッジ様~あまり娘達を追いかけると翡翠の姫様に怒られますよ?!」
とからかわれる始末。やれやれ、とエッジはため息をつく。上向きに向けられた唇から息がもれ、短い銀髪の前髪はふわりと浮き上がった。端正な顔立ちと、切れ長の目が一瞬伏せられる。しかしそれは、目の前の老人には、子供がすねた表情にしか見えない。
「若っ!日頃の行いの報いですぞ!ここぞとばかりに娘達に槍玉に…じいは情けないやら…そもそもこのじいが持ってきた縁談を一体幾つ断れば…」
「26個目だろ!しかも時代錯誤なおメカケ希望!俺は種馬じゃねぇっつーの!!」
「28個目ですじゃ!若!」
どん、と机に置かれた書類の束。
「ったって、こいつら皆さぁ…俺と縁談うんぬんより…正式なカミさんもいねぇ俺によ?今どきメカケに、側室にしてくれとかおかしいだろ…どう考えたって、断る口実じゃねぇか!?」
「いや…そうですのぅ…今風の言葉で言うなら奥さんの前に『本カノ』 になって…うまく行けば正妃になって、だめなら別れて位の物じゃ…まぁ試用期間、お試し期間…」
最近の家老の『結婚しろ』攻撃の激しさ。まったく、とエッジは頭を抱える。
「だから何でそう良い方にとらえて…って、じい…何だよその本カノって?」
「大国の若者は、本命の彼女の事をこう呼ぶそうですじゃ。しかし、恋人に本命も他もあるかとじぃは思うのですがのぅ…」
どうやら、皆、流石に一国の王子との縁談をむげにする訳にも行かずに何とか断ろうと、『わたくしの様な者は側室でも勿体無く…』とか言う言い訳を用意しているらしい。
バロンの大貴族の家よりも小さな城を持つ、ただでさえ小さなこの国の王子。流石に平和な頃には縁談に困る、という事はなかったのだが、今復興真っ盛りの時に妃になろう、と言う奇特な女性は見当たらないと言う事だ。
今王家に嫁げば国内復興の資金を負担する羽目にもなりかねない、しかし娘が責任や公務の無い側室、と言っても側室と言う制度自体は今は無いから、今流に言えば彼女だろうか、になれば国が安定し上手くいったらゆくゆくは…と言う貴族達のしたたかな目論みもあるのだろう。
はいはい、と返事を流しつつ、エッジは書類に目を通しながら頭をかいた。
「去年の港の改修に700万ギル…高くねぇ?エノールの街の港だろう?規模からすると…これ知事の足元洗っといて。地元の民から勝手に税、搾取してるかもな。おまけに何コレ。王族用の兵器輸入…あ、書類手違いの扱いか。全く…」
「若…」
「えーと次々。バブイルの洞窟を漁業用に改築したのか。ああ、そりゃいいな。」
家老は泣きそうな顔をして、エッジの顔をまじまじと見つめている。
「気持ち悪ぃな…何だよ、じい…」
「ご立派になられて…常に民を守り思いやるお気持ち、正に王と王妃より受け継いだ物ですじゃ…若…じいは判っております、若のお望みは…翡翠の姫君を妃に迎え、エブラーナを治めて行く事…しかし…」
その言葉に一瞬、エッジの手が止まった。
―――あいつは、ふつーの生意気なガキだ。翡翠の姫君なんかじゃねぇよ…
が、またも書類に落とした再び目が軽く伏せられているのに、家老は気がつかず言葉を続けている。
即位こそしてはいないが、エブラーナの次期国王。
自分の立場を判っているし、世の中も平和になり、ここで一つめでたい話でも上がれば国民の気分も上がるというもの。だから家老が縁談を持って来るのは止めない。でも、それに気が乗るかと言えば、残念ながら話を聞く気にもなれない。
今は国の再建専念を建前に、来た所で一切話を断っている状態だ。
家老は家老で、エッジの気性を判っている。彼の気が済む様にしても大きな間違いはない事も。しかし、国がかかっているとなればそうは言っていられない、というのが現実だ。
ここ、エブラーナは他国と違い、忍術を始めとした独特の文化を繁栄させている。
先代の王の時代に飛空挺でバロンの使者が訪れるまで、国家レベルの外国との国交は殆ど無いに等しい状態、独立国家である事が不思議なほど小さな蛮族国家、と揶揄される程だった。
確かに歴史をさかのぼると国は長く乱世、諸侯は血で血を洗う争いを続けており、度重なる戦は国の人口や経済活動を停滞させ、そういった事は徐々にひずみとなって国家を衰退させ勢力は分散、国家中枢の権力も他国に比べればかなり小さく、今、エブラーナに反発するもっとも大きな勢力は、数代前は王族の一人だったと言う話もある位だ。
国の乱れは時と共に和らぎ、今では人々は農業や鉱業にいそしみ、小さい国ながらも穏やかに暮らしているが、未だ国を取り巻くイメージは特殊である事に変わりはなかった。
「亡き王も…王妃を迎えられる折はご苦労されました…」
エッジの母は、武勇に秀でた地方貴族の娘―――先王の地方公務で出会った二人は恋仲になったものの。政略結婚の気風が濃かった時代、大きな力を持つ家の者でも、隠密組織の優秀な女忍者でもなかったエッジの母の輿入れに対する反対は大きかった。
だが、それを押し切って妻に迎え入れられたのだった。
やがて生まれた待望の子には、『刀』の意がその名につけられた。
―――エドワード・ジェラルダイン―――エッジ。
王妃にとっては不慣れな宮廷の生活だったが、王は常に王妃を守り、またエブラーナを平和的に発展させる為、力を尽くしてきた。王の代になってからルビガンテとの戦いまで大きな戦は起こらず、文化や商業面で民間の外国交流が広がり、二人は亡くなった今でも名君と讃えられている。
「…エブラーナにも新しい風が入っております……しかし今や王家は若様お一人…」
大仰な事だ、とばかりに、へっ、と鳴るエッジの鼻。
「ああ、じゃウチもバロンみたいに議会で次の王様決めちゃおうか。世襲王政じゃなくて。」
「わ、わ、若様!!!!」
「煮えきんないなぁ。じい。いいよ、思い出したら言ってくれ。ささ、出てった。」
…煮え切らないのは、俺の方じゃないか…
全く、誰がそんな歌を作った?―――あながち嘘でもないけど。
例えば、の話。碧の髪の 『翡翠の姫』 は。
確かに王族と外国の村娘。身分で言えば反発はあるだろうが、世界を救った英雄の一人であり、優秀な魔導師。今や世界一の大国であるバロンとの縁の強さ。人格。全てが身分の差を補って余りあるだろう。行動を起こすのに足りないもの、それは自分自身の覚悟。
―――妃ってさ…大体よ、あいつ、俺の事何とも思ってないかも知れねーんだぜ?
「リディア…」
ようやく、その名を呼んだ。
バロン新王戴冠式…セシルとローザの結婚式は半年後。エッジは再びため息をつく。これを逃したら、もう二度と会えないかもしれない。
―――どうする?俺。
ここしばらく、気を抜くとそんな言葉ばかりが頭に浮かぶのだった。
*******************
その頃、城の周辺では―――
「お疲れ様です!」
夕刻も近いエブラーナ城門近くでは、勤めを終えた女官達が次々と城下の家と帰路についていた。門番の中に珍しく壮年の将校を見つけ、女官の一人が立ち止まる。
「ごきげんよう、ガーウィン隊長。外へお帰りですか?」
「うむ。お勤めご苦労。妻が実家に寄っているからな。迎えに行ってくる。」
ガーウィンと呼ばれた壮年の将校。かつての戦で、直接ルビガンテと対峙し生き残ったのは、エッジとこの男だけだった。しかし下々への気さくな振る舞いからは、彼がエッジの近衛兵をまとめる隊長だと気づく者は少ないだろう。
「では頼んだぞ。まぁ世も平和になった。狼藉者もそうは現れないであろうがな。」
将校が笑いながら馬にまたがり、踵を返そうとした時。
「ガーウィン殿…あれは…?」
兵士の示す方に、城下町の通りから門に小さな影が近づいていた。
その者は、頭から全身を黒いローブで覆い、明らかに異国の魔道師の風体。エブラーナへの来訪者としては、極めて異質な雰囲気を漂わせている。
「…何だ。あの者は…来客の予定はあるまい…」
兵士達が刀に手をかけるのを、将校が制する。
「無用に刀を抜くな。見た所、敵意は感じない。」
「しかし、ガーウィン殿…密使であれば、もっと目立たぬ方法で…」
「…敵であれば尚更。それに、あれは若い娘だ。」
「そこの者!ここより先はエブラーナの城。面を明かせ!」
兵士の声に一瞬その影は身体を固まらせたが、差し出されたのはバロンの印章。将校は様子を伺っていた背後の兵士に控える様に指示すると、立ったまま目立たぬ様に、礼を示す。
人影は、およそ姿とは想像できない、少女の様な声でささやいたのだった。
「あ…えっと、近衛兵隊長さん…でしたよね?洞窟でお会いした…私は…」
「お久しぶりです。若様の大切なご友人を忘れる事など…ようこそ、リディア様。」
ローブの間から垣間見えたのは、碧色の瞳。
「バロンの非公式な使者として伺いました。エッジ…エドワード王子にお会いしたいの。お時間かかってもかまわないから…待たせて頂けますか?」
「承知いたしました。恐らくは、すぐにでも大丈夫かと。おい、こちらのお客様をサロンにお通ししろ。」
将校が振り返ると、兵士達はリディアの顔を目の当たりにし、腰を抜かさんばかりに驚いている。
―――エッジ様と…ルビガンテを倒した…
―――翡翠の…
将校が大きく咳払いをすると、兵士は慌てて背筋を伸ばし、大仰な礼をしたのだった。
「しょ、承知いたしました!!では御内密に、若様にお取り次ぎ致します!!」
裏返った兵士の大声に、務め帰りの女官達が振り向き、通り過ぎて行く。
―――ねぇ…今の方…
―――似てるわよね…エッジ様の…
そして程なく、エッジの自室に現れたのは。
「わわわわ若様っ!!セッセッセッセシル様よりの隠密でございます!!」
いきなりのノックもなしにエッジの自室に入って来たと思ったら、騒ぎながら部屋を回っている家老。こう言った事もまぁたまにはあるけど、今回は一体何事か。
「何セッセッ言ってんだよじい!しかも隠密!?」
「黒のローブに身を隠しておりますがゆえ…」
非公式の使者ねぇ、と大儀そうにソファから身を起こすエッジ。
…何の用だろう?戴冠式の用事なら、公式な使者を出してくるはず…
正式な使者であれば後日に時間を設けて王の間での謁見と言う事になるが、国の用ではないと言う事で使者は来客用の簡素なサロンに通され、エッジを待っているらしかった。直接通されると言う事は、相当身分のあるものか、或いは公には出来ない内密にも緊急な話と言う事だろう。
「エ、エッジ様!」
そしてエッジが回廊に出ると、女官二人がひどく慌てた様子で駆け寄ってきたのだった。二人とも、幼い頃から自分に仕えている胆の据わった者達だが、珍しく揃いも揃って慌てている。
「すぐにお部屋を片付けますか!?お、お茶は緑茶でよろしいのでしょうか!?」
「…シブチャ・ヨーカンじゃぁ外国の方だし…そうそう!!クッキーをお持ちしますわ!」
「部屋を何だって?全く、何言ってんのお前ら。」
そのクッキーだって確か外国の輸入品だろと半ば呆れるも、自分を囲みながら騒ぐ女官達。エッジは、かまわずサロンの方へ足を進める。
「お、おい…非公式の使者だろ?そんな騒がないでやれよ…大体さ、何で俺の部屋片付けんだよ?せっかくエブラーナ来たんだから、良いお茶とヨーカンでも出してやって…」
「はぁ、ですから、とりあえずエッジ様がいつも食べてるヨーカンをお出ししておきました。」
「ちょ、俺のヨーカン勝手に出すなよ!!あれトラ屋ので高いんだぞ!!!!!」
そこまでするなんて一体どう言った用件だろう、と半ばいぶかりながらサロンの扉を開けた瞬間。栗ようかんを爪楊枝でつまんでいた使者はこっちを向き、立ち上がったのだった。
「エッジ、久しぶり!!…っと、エドワード王子…お久しぶり、です。」
「んあ、おひさ…って…」
ローブのフードが外されこぼれたのは、碧色の髪。愛らしい瞳が自分を見て微笑んでいる。
「 … え!?!?えええええ!?!?」
それは、夢にまで見たかったけどそうは中々見れなかった者の姿。
―――!!!
反射的に、エッジは後ろを振り返り、控える女官達に叫んでいたのだった。
「こ、紅茶とクッキー二人分!って言うか早く出しとけ!!しけたヨーカンなんて食わせてんじゃねぇ!!俺は過労でダウンだ!公務は繰上げだぁ!!行けえええ!!!!」
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序章
夕刻の農村の片隅に、その風は突然に舞い降りたのだった。
一陣の渦が巻き起こり、柔らかな光が地面に集まる。それは、典型的な移動魔法の前兆ではあるが、魔法を知らぬ者が見れば、驚くのも無理はない。
「おかーさん、何か光ってるよ。」
「―――!!中に入るのよ、早く!!」
運悪く?それに遭遇してしまったのは、エブラーナ城の近くの農村の親子。二人は家に入ると扉を閉ざし、かすかに開けた隙間から外をうかがっていた。
「あ…れぇ?」
降り立ったリディアは、周りに広がる田園風景に目を見開いた。いきなり目の前に現れた者に驚いたのか、馬小屋の馬達が騒いでいる。粗末な小屋はかたく扉が閉ざされ、ただ鶏と馬の鳴く声がする。どう見てもここは農家の庭先。
目の前にあるはずのエブラーナ城は遠く東の方向にあった。
―――城…が遠いなぁ…
デビルロードを改良したバロン城の最新魔力増強装置を使いワープしたが、やはりエブラーナでは距離が遠かったのか、着地点がずれてしまった様だった。しかも、既に太陽は西に傾きかけている。
あと一時間もすれば日が暮れてしまうだろう。
セシルの書簡を持って非公式の使者として、エブラーナを訪れたリディア。バロンを出たのは昼過ぎ。僅かながらにもこの世界に存在する時差と言う物を忘れていた。客が訪れるには、少し遅い時間だ。
「あのう、すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
リディアは目の前の井戸に近付きながら、声を上げる。
「井戸を使わせてください。あのぅ・・・」
目の前の小屋に人の気配はするのだが、物音一つしない。
「お水、頂きます・・・」
井戸から水を汲み上げるとほんの少し水を手に取り、口に含む。かたり、と小屋の方で音がした。
「ねぇお母さん、女の人だよ。怖くなさそうだよ。」
横開きの扉の隙間から、小さな男の子が顔をのぞかせると、その後ろから母と思われる女性の声が小さく聞こえた。
「顔を出しちゃだめよ!!あの黒い魔導師の奴らかも―――」
「え、でもぉ、ほら、碧の髪。きれいだよ。」
僅かに扉が開けられ、子供が奥に引っ込められ、女性が顔を出す。
「あ・・・どうも」
リディアが頭を下げると、その女性も礼を返した。
「あの、すみません。勝手に井戸を使ってしまって…」
「え、ええ…お城に御用の方、ですか?」
若干の警戒を感じ、前に進むのを止める。しかし女性の脇の下から顔を出す先ほどの男の子は、照れた様にこちらに笑いかけている。
「私、バロンから来た魔導師です。ごめんなさい、驚かせてしまって。」
女性は、黒いローブの下にいたのは小柄な少女と判り、扉を少し大きく開けたのだった。
「・・・そうでしたか。まぁ・・・ご無礼しました。最近、この辺りに変な人達がいるもので・・・」
忍者の国エブラーナでは、魔導師は大陸の様に一般的な存在ではない。いきなり黒いローブをかぶった人間が現れたら、警戒するのも無理はないだろう。
「私は…エブラーナのとある貴族の方まで、書簡を頼まれたんです。」
さすがに王宮の用事とは明かせなかったが、女性の驚き様を見ると正直に外国からの貴人への使者、と言った方が安心させられるだろう。確かにリディアの身づくろいはエブラーナでは異国風、平民と言うには小奇麗な物だ。
「ねぇねぇ、バロンって空飛ぶ『ひくうてい』がある所だよね?」
母に抑えられていた男の子が口を開いた。
「お姉ちゃん一人で行くの?あの黒い人達に遭わないでね。気をつけてね。」
「黒い人…?」
「これ!!あ、あの、恐れながら、暗くなってのお一人の移動は危険です…実は先ほど隠れていたのも、近頃…あなた様の様な黒い服を着た人達が居て…」
「え・・・?」
母親の話によれば最近夜になるとごくたまに、黒いローブを来た人間が近くの林や野原に数人で集まっているらしいのだ。近くに人が通ると人目を避ける様逃げてゆくが、その一団の去った後は地面が丸く焦げていたり、まるで『儀式の跡』と思われる物が残されているので、村人達はその黒衣の一団に警戒心を強めていると言う。
しかし特に誰かが襲われた、と言う事もなく、またその『跡』も長く続く物ではないので、あえて城の方に報告する事はない、と思っている様だった。
「魔導師かな・・・?でも、夜中にそんな事する儀式なんて聞いた事ない・・・いえ、そんな事しないわ。」
首をかしげるリディア。
しかし、西に傾きかけた夕日が目に入り、はたと自分の用事を思い出し慌てて、親子に再び頭を下げた。
「・・・っと、すみませんでした驚かせてしまって。私、移動の魔法が使えるので、城まで移動できます。心配してくれてありがとう―――」
恐れ入りながら頭を下げる母から離れて、男の子はリディアに近付き、髪と瞳をかわるがわる見始める。
「珍しいかな。エブラーナでは。」
「あ、そっかあ!!お姉ちゃん。エッジ様に会いに来たんだよね!!」
―――へ!?
思わぬ言葉だったが、まさにその通り、リディアは目を丸くする。
「こ、これ!!すみません、この子ったら…あ、あの、気にしないで下さい!!」
そして、女性が渡してくれた麦飯をほおばりながら、リディアはローブのフードを胸まで外し、村はずれへ歩いて行った。時折農夫とすれ違ったが、顔をさらした少女を怪しむ様子もなく、挨拶をして通り過ぎた。
魔導師に対しては警戒している様だ。誰もいない場所を捜して、移動魔法で城に向かおう。
―――夜の儀式・・・何かの怪しい集団なのかな?
―――ご飯、おいしいなぁ…でも何でエッジって判ったんだろ。あの子。
「ねぇお母さん!あの人、翡翠の姫かもしれないね!!」
小さな暖炉の前で夕げの支度をする母に絡みつき、男の子ははしゃぐ。
「そう…ねぇ。でも、あれは歌のお話でしょう?」
「でも、歌の通りだったよ。ほら、翡翠の色の髪と瞳、って。エッジ様きっと喜ぶね。」
「そうね…こんな歌、だったっけ?」
母は男の子の頬を撫でながら、小さく歌を口ずさんでいた。
―――翡翠の髪と瞳
―――幻の国の姫君よ・・・
太陽がいよいよ沈む頃。城壁の側にワープしたリディアは、急ぎ足で城門へ向かっていた。
―――エッジ、遅くなってごめんね。
これから自分を待ち受ける大きな運命のうねりには全く気付かぬまま、リディアはエブラーナ城の門をくぐるのだった―――
[翡翠の姫君 1] へ
前夜 ~side E
来る日も来る日も書類の山。
俺がやるのはハンコだけ。あ、でも一応目は通す。来る日も来る日もジイは見合い話。跡取りが何だって?こんな時、一人っ子の身を恨みたくもなる。
―――あー、たまには、思いっきり走りてぇ~~~~
いや、走る、が希望って凄いぜこの状況。いよいよヤキが回ったかな。
「若様ッ!!!」
「うぉぉぉ!!見合いはお断りだぁ!!」
「今回の相手は、何とミス・ファブールですぞ!!」
「その微妙な線は何だよ!!ミス・幻獣界とかねーのかよ!!」
「そっちの方がよっぽど危険な香りがしますぞ、若!!」
・・・確かに、それがアイツとは限らねぇ・・・
いつもの如し、呆れてジイは部屋を出て行った。
国の再建も、国民総出で必死で取り組んだお陰で、もう街の殆どは元に戻った。細かな事は色々あるが、そろそろ気分転換は必要だろう。でも、昔みたいに城を抜け出すのも、近衛兵の若いのと酒飲むのも、女連れて遊ぶのも、もう楽しいとも思えねーだろうし、どうしたらいいの、俺。
床に寝転がり、手足を伸ばす。うん、誰も居ない。あ~、見合い話はうっとおしい。
「や~だ、俺はリディアを嫁にしてぇ~~!!」
「どいて下さいエッジ様。掃除できません。」
いつの間にか、掃除女官が部屋に入って来ていた。
「何度もノックいたしました。扉開けっ放しで床にごろごろ転がって、しまいにはヤダヤダ言い出して、これで外で見ていろと言うのですか!?」
「リディア~」
「・・・私の名は、カレンです。」
「ああ、おめーどう見ても、黒髪黒目のエブラーナ人。俺の欲しいのは碧の髪の翠の瞳のぉ~!!」
「・・・探しておきます。」
王子だから当たり前なのだが、俺はエブラーナに友達と呼べるのは少ない。
親しい若い近衛兵や、ガキの頃からなじみのある、割と年の近い女官(コイツとか)や侍従はいるけど、こう言う時に遠慮なくこう、思っている事言える様な奴らは後にも先にも結局、アイツらだけだろう。
色々あった。
宿屋でカインに尻を蹴っ飛ばされた事も、酒飲んだローザに絡まれた事も、今となりゃ懐かしい。カインか。あいつ、どーしてるのかなぁ。
あれこれ考えている間にも、女官が無愛想に部屋の床のゴミを片付けている。転がってた見合い相手のリストも、気持ちよく袋に放り込んで行く。ああ、スッとした。
「俺もそろそろ、潮時かなぁ・・・」
「長生きしてください。エッジ様。」
「いや、そっちの潮時じゃなくて…しかも何とも思ってなさそーな声で言うなよ」
窓に切り取られた空が青い。春が近い。
「あ~、でも、俺の春は遠い・・・」
「・・・」
「何か言ってくれよ・・・」
目の前に差し出されたのは、床に捨てた没書類。もとい、その裏に書かれた落書き。
「これは、如何しましょう?」
俺のヘタクソな絵は、碧の髪の(かろうじて判る)女の子、と言う事以外リディアとは似ても似つかない。
「捨てちゃって…」
無常にも俺の力作は、小さく丸めて袋に入れられたのだった。
嗚呼。今夜は久々に屋根に上がって、星でも見るか。
「やっぱ、夜はさみ~なぁ…」
夜は夜でちょっと興が湧いて、と言うか。城の屋根に大の字で寝転がる。まだ少し寒い季節。今宵は新月の空だった。月はないけど、星は冷えた空気のせいかやたらよく見える。
―――なぁ、お前行く場所ないなら、俺の国こねぇか?
―――う~ん、私は…幻界に帰ろうと思ってるんだ。
―――何で?いや、別に変な意味じゃなくて、向こうに彼氏でも…いんの?
―――そんな訳ないでしょ!!地上にお家が無いから!!それだけ!!
―――あ、そ、そうか…まぁ、向こうに友達もいるからな。
後悔なんて柄じゃないけど、正直あの時の事は後悔している。
もう少し、真剣に引きとめられなかったのか?俺。
でも、もし、ここに居たとして―――
お前が俺を、受け入れてくれなかったら。俺とお前が一緒になるのを、国の誰にも許して貰えなかったら。その挙句に、お前が俺の目の前で、エブラーナの別の男と結婚とかしちまったら・・・
近くに居る方が、辛いと思っちまったんだあの時は。でも後悔がこれ程『効く』物だとは思わなかった。ジイが見合いを勧めるのは判る。自分の役目も義務も。でもここでそっちに行っちまったら、今の何倍も後悔しそうだ。
―――だから・・・
「お、流れ星。」
―――リディアに会えますよ~に
なんて、ガキみたいなお願いをかけてみる。いや、待てよ。セシルの戴冠式には顔を出すだろう。アイツも。だからこれは叶うだろうな。
また星が流れた。
―――リディアが俺の所に来てくれますよ~に。
多分、星100個必要だろう。
「ん?」
星が流れた。同じ所からまた一つ。また一つ。何秒かに一つ、すーっと流れてゆく。
「…流星…群…!?」
そんなバカな、いや、待てよ。それでも、次々に星は、俺の頭上辺りから四方に流れて行った。
―――リディアに会えます様に
―――俺の所に来てくれます様に
―――あ、国が平和であります様に
―――リディアに・・・
全部で100にはならない星達に、ずーっと願いをかけ続ける。
―――何やってるんだ、俺、本当に・・・
願いが”叶った”のは、まさにその次の日。
「何だ、こりゃ。」
掃除屋カレンから差し出されたのは、『玩具問屋・戸伊挫羅巣 エブラーナ本店』の袋。
「昨日、帰りに寄ったんです。エッジ様のお部屋には、似合わないでしょうけど。」
開けてみると、赤札の付いたガキ用のぬいぐるみだった。碧の髪の、ふわふわした女の子。俺の昨日の落書きそっくりの女の子。
「お、おう、ありがと…枕、にゃ小せぇな…」
とりあえず、これは貰っとこう。やっぱり、100個行かなきゃ難しい願いの様だ。今日は夕焼けが綺麗。
あーあ。流石に今日は、もう星は降らねぇだろうな。
「おぉ、カレン!!若様は、部屋にいらっしゃるかの!?」
「エッジ様?ええ…居ましたわよ。家老殿、何か?」
「バロンから、非公式の使者が見えたのじゃ!!それが、どうも―――」
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