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かつてのヲタたちはお元気だろうか?2024/6/12
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ほどなく傷もふさがったリディアは、王族のフロアの階から出ない事を条件に、一人きりの時間を与えられた。王族の居住区には安全面の配慮は完璧、女官や警備兵の往来など信頼できる人目も多く、城の最も安全な場所だ。

「この中で大人しくしてろよ。外に出るんじゃないぞ!!」

―――とは言われたけど…
女官二人は甲斐甲斐しく自分の面倒を見て半ば可愛がってもくれるが、結局の頭の中から、気になる事が消える訳ではない。

―――内乱は、どうなったんだろう…
―――城の中の人達は、どんな風に動いてるんだろう…

部屋にいるばかりでは判らない。カレンやアイネに尋ねて大きな動きがない事は判ったが、女官である二人が細かい事情までも知る由がなかった。

そんな中だが。今日は女官の二人、午後は別の用事がある、と言う。
「えっ?居なくなっちゃうの?…何か、あるの?」

昼食を持ってきたアイネが申し訳なさそうに言うには。
「いえ、少しだけですが…今日は午後から王宮の神殿掃除にかり出される事になって…小姓たちに御用はお申し付け頂けますか?」
どうやら難しい話ではなく、王宮内の神殿で、神職達が急遽国家安泰の祈祷をする事になったらしい。
「何も今やらなくても…既に事は起きそうなのに…第一、リディア様が…」
カレンが口を尖らせるも、リディアは首を振る。
「ううん、私なら大丈夫だよ。」

目ざとい女官たちが離れるのは、少々退屈していた中願ってもない機会だった。元々リディアは自分の事は自分でしていた為、必要なのは城の案内と護衛位だ。

「頑張って来てね!!」
二人が階段を下りるのを見計らい、それから更に数十分が過ぎた。

―――そろそろいいかな…

リディアは部屋着に持って来た簡素な服の上に布を組み合わせ、女官風にアレンジすると、碧色の髪を縛り布でまとめ上げる。服の下にエッジから客人の印代わりに渡されたエブラーナの印章の入った首飾りを隠すと、部屋を後にした。エッジは今日も遅くなる。ちょっとした息抜きだ。階段を降り、女官や兵士の間を潜り抜けるが、女官にしか見えないリディアを誰も気に留める者は居なかった。

城内では特に混乱した様子はなく、女官が、騒がしいけど何か起こるのかしら、と立ち話をしているのを耳にした位だった。

―――本当に、大きな事にはなってないんだ。良かった…

エッジの身が心配で残った事もあるが、本当に大事になっているなら自分から帰らなければいけない。フロアの奥の部屋の前を通った時、小さな声が聞こえ、リディアは足音を消して立ちとまった。女官が洗濯物の整理をしながら何やら話している。

「へ?エノールの事件がって、…つまり、ずっと前から仕組まれてたって事!?」

一人は年輩、もう一人はひどく大柄だ。小さな声だが、非常によく通っている。
「そうなんじゃない?何か、変なお金の流れが見つかったとか言って、昨日騒いでいたじゃない。そいつ、自分は王家の流れだ、とか馬鹿な事言ってんだとさ。」
「私達の払った税じゃないかい!?冗談じゃないね!!エッジ様にこてんぱんにされちまえばいいのに!!それで神職さんは急にお祈りって訳か!!」
「しーっ!声が大きいよ!!…って…何だい、あんた?見慣れないね。もう取りに来たのかい?…って言うか、新入り?」
太った女官が、リディアを見つけて声をかける。

「え、えっと…私はカレンさんの…」
不意に言葉をかけられ戸惑うリディアだが、本物の女官と勘違いされている様子。
「ああ、新入りね。ほら、エッジ様の分だよ。そのカレンかアイネに渡してきな。」
返事も聞かず、ぼんっ、とリディアに渡されたのは、抱える程の服の入った袋。
「あ、あの…」
「何だい?それ位持って行きな!」

「き、昨日皆が騒いでいたエノールの町の噂って…本当なんですかね?」
勿論リディアは初耳だが、女官は、ああそうらしいよ、と頷く。
「全く、あの町のお偉いさんだか何だかが、上手い具合に下っ端に騙されて、修繕だか何だかで色々国から貰ってた金、結構持ち逃げされちまったんだとさ。その金が流れたに違いないとか、家老のじいやさんが大騒ぎしてたじゃない?国でも作りたいのかねぇ。山奥ででも、やれって言うんだよ。」

女官達に見破られる前にと、早々にお礼を言って部屋を出るリディア。どうやら内乱の噂は相当広まっている様だ。とりあえずこれを、部屋に運ばなければ、と歩き出すと、後ろからまた声が聞こえた。

「変な娘だねぇ。中々きれいな子だったけど。」
「ああ。別嬪さんだね。エッジ様の“お手つき”になっちまうんじゃないか?あの人も、遊び人とか言われても、実際は結構散々だからねぇ…ハハハ!!」
「本当だよ!!あれは傑作だったねぇ、ほら、どこぞの貴族の娘にダムシアンの宝石をおねだりされて、お小遣い使い果たしたらしいって話!!」
次はあの話だろ、あそこでも振られてて、と女官達は次々にエッジのややもすれば『情けない話』を暴露してゆく。『エッジ様はモテモテなんだぜぃ!』と自称していたはずだけど、とリディアはそのまま聞き入っていた。

「まぁ…バロンに行ったあの貴族の娘は、最悪だったね…何で黙ってたんだか…」
「若いから格好つけたいんだろ。でもいい年だし、さっさと“翡翠の姫君”をお迎えすれば良いのにね!!」
「あの噂?会いに来てるってのは本当なのかねぇ…結構な事だけど。」

陰に隠れていたリディアは、耳まで赤くなってその場を走り去った。


予定より早く、昼過ぎ自室に戻ったエッジは、せがまれるままにリディアに事の大まかな流れを話していた。
エノールの街広場に反乱勢力は本陣を張っているものの、大きな流れや混乱、また破壊行為は無いと言う事。山岳部少数民族の独立を求めての蜂起、と言っている事、話し合いによる解決を向こうが求めている事…少なくとも、今エブラーナ城下に徒党を組んで入って来る事はないだろう。

「えっと…それって、お金が消えてた、って話なのかな?」
エノールの街で、多額の国家給付金が消えた。それが資金源と判明したが、リディアがその話を知っている事にエッジは驚く。
「何か、家老さんが大騒ぎしてたって…」
「ったく!じいのおしゃべり!!まだカミさんでもねぇのにんな事聞かせて!!いや、もう数年も前の話らしくてさ。証拠がねぇんだ。知事のヤツ、一切の証拠を始末しちまった。その分、勝手に港の入港金を取ったり民から金を集めたりして穴埋めしてた様だ。」
ふう、とエッジはため息をつく。

相当用意周到な輩。統治者としては不甲斐ない思いだろう。余計な事を言ってしまったかも、とリディアはうつむいた。
「まぁ、山岳部少数民族っていってもさ、まともな税も取れない様な場所だから、色々考えてはやりたい。ただ反乱の落とし前はつけてもらうし、ニセ者王族も…」
「大丈夫なの?話し合いって…」
「ああ。後日、互いに少数精鋭の護衛兵だけを同席させて、街の施設に交渉の席を設けるって事になった。何かしてきたらのろしを上げる様に言っておいたし、近くまでもう1部隊出発させたから、いざ衝突になれば人数で押し切る。」
いかに反乱勢力の護衛が優れており、暗殺を企てていても、少数同士ならエブラーナの精鋭忍者が引けを取る事はない。反乱勢力も総隊長ではないと言え、自分の陣営の責任者クラスがいる場を席ごと破壊したりはしないだろう。魔導師を同席させれば、国側が席に着く事はなく、制圧する。

「早くカタを着けて、あいつらの―――セシルとローザの戴冠式、行こうな。」

「うん…」
エッジは立ち上がり、リディアの頭をぽんと、軽く叩くと、頬に口付けた。リディアは目を伏せて、素直にそれを受ける。しかし一瞬の後、下から唇に軽く触れる布の感触に、目を丸くしたのだった。
「―――!?ち、ちょっと!!」
「元気出たぜ!じゃ、頑張ってくるからな!!」
「ちょっと、エッジ!!」
「昨日の夜の仕返しだ!今度はお預けしねーからな!」

仕返し、と言う言葉に首をひねるも、エッジに口付けられたのは、初めてじゃない。おやすみのキスはする。そうでなくても、時々からかう様に、唇を寄せてくる。エッジはいつも、口元を布で覆っている。だから大丈夫、これは数に入らないと、よく判らない理由でいつも納得させられていたが。
最初はエブラーナの挨拶なのかと思った。でも、そうでない事位今は判っている。懐かしい感触だった。



かすかに、弦楽器のの音が聞こえた気がして、窓の外を見た。
敵の侵入を防ぐ為、格子を付けられた窓。外には、昨日の様に子供たちが居たが、今日は一つ所に固まっている。歌い手が、中庭で何かを歌っていた。腕のいい旅の詩人や歌い手が、王宮に出入りを許されて歌を披露する、と言うのは何処の国でもある事だ。
恐らくはダムシアンあたりから流れて来た詩人なのだろう、リュートを抱えていた。

「ねぇねぇ、次は翡翠の姫の歌を聞かせてよ!」
子供達のせがむ声に、歌い手は静かに弦をかき鳴らし始める。


翡翠の髪と瞳の乙女
幻の国の姫君よ…
王子の嘆き如何ばかり…


リディアは耳を澄まし、その声に聞き入っていた。
翡翠の姫と、王子の恋物語。どこか寥々とした響き。かつて、詩人と呼ばれた王子と旅をした事があった。彼が奏でるリュートによく似た繊細な旋律。

―――そうか…だから私を、その翡翠の姫と勘違いしたんだ

これが、昨今のエブラーナでのはやり歌なのだろう。
「翡翠の姫君が、エッジ様に会いに来たんだって!!」
エルと名乗った少年の声。
「嘘だ~!」
「あ、僕も会った!!」
楽しそうに話す子供達の姿を見ると、しばらく、その姫君の振りをするのも良いかもしれない。少なくとも今、城の外で起きている事が片付くまでは。勿論自分が何か出来ると言う訳ではないし、客人としてここにいる以上、とかく関わる事でもないのだけど。

反乱勢力との交渉は明日の昼過ぎと決まった様だ。上手く行けば、城下に混乱はないまま解決するかもしれない。


その時。
とんとん、と扉が叩かれたが、返事を待たずに入って来た影があった。
「あのう、リディア様。お話がありましてな…」
「はい…って、じいやさ…いやいや、家老さん!!」
数日ぶりに見る家老の姿だったが、疲れがあるのか、先日の勢いはない。しかしこの前、エッジの胸に包まれていた姿を見られた事を思い出し、リディアは一瞬、話、と言う言葉に身構える。

しかし、話は案外、平和なものだった。
「実は、ワシがおしゃべりだから午後は暇をやると、若様に怒られましてのう…リディア様のお付を命じられましたのですよ…お話をしろと…」
しまった、と心で舌を出すリディア。しかしエッジも怒っていたというより、家老の疲れを案じての事だろう。
「いささか、騒ぎがありましてな…このじいめの仕事はありませぬ。どうか、無事で済めばよいのですが…」
とは言え、エッジに疎まれたと思いっているのか、肩を落とす家老。
「…お、お茶にしませんか?家老さん。」
「ああ、お茶といえば先日、貴女様にとんだ失礼を…やはり若のお心に負担を…」

しょぼんとソファに座る家老に、リディアは手早く紅茶を入れる。昼の残りのお湯だが、十分に温かい。常にエッジの事を案じ、時に走りすぎてしまう家老。
「ありがたきお心遣いでございます…リディア様…貴女様のような方が、若様の理想の女性なのかもしれませんなぁ…」
「え…!?」
思わず、かしゃん、と自分のカップを落としかけるリディア。
「家老さんまで!あの歌の事ですか!?私、確かにエッジと旅をしていましたけど…エッジにはもっとこう、き、貴族の娘さんとか…私、あんなヤツ…じゃなくって!」
慌てて手に付いたお茶をぬぐう姿に、ほっほっほっと家老は声をあげた。
「あ、いやこれは済みませぬ。久々に若様の嬉しそうな顔を見て、ついつい…」
「いじめる相手が出来たから喜んでるだけですって!!エッジは…何処の街でも女の子ばかり見て…は、早く貴族のお姫様と身を固めちゃえばいいのに!!」
早口になるも、自分の頬が赤くなって行くのは判る。

家老は、ふっと顔付きを変え、いささか真剣な面持ちでリディアに向き直ったのだった。
「いえ…王家への輿入れが最高の名誉だったのは、わが国ではもうとっくに昔の話ですじゃよ…」
「へ…?」
自虐的な響きがある言葉に、思わず首をかしげる。大体の国では、王家との婚姻は名誉であり、他国よりも一族や血統を重視する気風のあるエブラーナでは尚更ではないのだろうか。

「今のエブラーナ貴族の娘達は、大陸の貴族に嫁ぎ、自由で華やかな生活を送るのが夢…エブラーナ王家は、金の棺おけ、と申しますとな…嘆かわしい…先のルビガンテとの戦の時も、真っ先に逃げたのがそう言った大貴族。国と心中しろ、とまでは言いませんがなぁ…何もあの最中、アガルトの島に病気の温泉療養に大挙して出かけなくても…」
「そ、そうなんですか?」

アガルト。ミシディアに近い島で、かつての火山のお陰か、良質な温泉が湧いている、と聞いた事がある。そういえば、あのルビガンテとの戦の時洞窟に居たのは、平民と身分の高くない貴族ばかりだった。

大きな家の貴族達は、さっさと自家用の船で外国に逃げ出していたのだ。


[翡翠の姫君 7] へ



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エッジはリディアをソファに座らせると、真顔で向き直る。
「今、お前らを襲った連中を探して、兵が動いている。お前からも聞かせてくれ。何が起きたんだ?」
「まず…アイネさんカレンさんとお散歩に出たの。そしたら、子供達と…オルフェさんに会って…」

馬小屋に入った途端襲われた事。魔道師を連れていた事、
その男はジェラルダインと名乗った事―――

「ああ。馬小屋の馬達は血をかなり抜かれていた。ハヤテだけ逃げ出したみてーだな。馬屋係は、別の馬達を外で世話してて無事だったよ。一番はずれの宝物庫の方も来たみたいで…兵達が何人かやられた。死人は出なかったし、何も取られなかったが…」
「ひどい…盗賊!?そんな風に見えなかった…あ、でも、刀とか言ってたし…」
何か、他に言っていた事があっただろうか。
刀を頂きそこねたがと言っていた事、エッジを憎んでいる風だった事が印象にある。だが、リディアのその言葉に、エッジは身を乗り出した。

「刀…?それ、本当か!?」
「うん。何だっけ…刀を頂きそこね…だったかな。何か盗みに来たのかな…」

そうか、とだけ返し、再び腰掛けるエッジ。
「…やっぱり、泥棒?」
「いや…まぁ、ウチも一応王家だ。宝くらいはあるしな。」

王族へのたちの悪いいたずら、にしては度が過ぎる。半年後には大国バロンで祝典が開かれる。世界常識からいえば、こう言った時に
戦を仕掛けるのは考えられない事だ。その後の関係を考えれば、例え勝利したとしても世界中からの非難にさらされる事になる。エブラーナは今の所、どの国とも軍事的な同盟は結んでないが世界常識から無縁の国ではない。
そして、どうやら魔導師が、この動きに関わっている事も、戦いで魔力を使う時は、自衛のみに徹すると言う魔導師社会の掟を破っている。

―――宝物を目の前にして、何も取らずに?
―――宝が目的なら、何で馬小屋にも…

あの男の敵意。物取り、の程度ではない。自分達を殺そうとしたのは、王家の人間への見せしめになると踏んだ為だろう。そうでなければ、わざわざ姿を現す理由が無かった。

「エッジ、反対勢力がある、って言ったよね。潰せない人って、同じ名前の…」
「リディア。」
頬に置かれた手に、リディアは言葉を止める。
「バロンに帰れよ。こんな危険な目にあわせて、俺…」
「エッジ…」

それはそうだけど、とリディアは一瞬うつむいて、言葉を搾り出したのだった。
「今は、帰らない方が良いと思うの。」
「…何でだよ?」
「私が城のだいぶ前に降り立った事…相手は、どんな力があるか判らない。すっかり油断していたとは言え…今のエブラーナから、私一人の魔力でワープするのは危険だと思う。…あの人たち、まだ城の周りにいるかもしれないでしょ?だとすれば、何処が安全か判らない…」

そして、あの男は自分の顔を覚え、強い魔力を持つ国王の味方と認識しただろう。とすれば、次に会った時には無事で済む訳がない。
魔力での移動ならば安全かもしれないが、何の補強装置もなしにひと飛びにバロンに帰るのは不可能だろう。そして、確実性に難がある。同じく魔力を使っている場所に、引き寄せられないとは限らないのだ。
そこがもし、先ほどの男の場所だったなら。

「…そうか…確かに、相手の力が何処まで及んでいるのかまだ判らない。無事に着く保障がないな。判り次第海路でも陸路でも…一番安全な手段でお前を帰してやるから。」
ふぅ、と息をつくと、エッジは片手でテーブルに置かれたサンドイッチを二つつかみ、一つはほおばり、もう一つはリディアの口元に差しだした。
「しばらく外出は控えてくれるか。こっちの…王族用のフロアは自由に使っていい。兵が増えるから、ちょっと窮屈になるかもしれねーけど。」
「うん。私の方こそ、ごめんなさいね。何だか悪い時に来ちゃったね。」

ばーか、と小さく呟くと、エッジはリディアを再び抱き寄せる。
「な、何すんのよ!?怖がってなんかないってば!」
冷静さを取り戻したのか、今度は気恥ずかしさが先に立ち、慌てて身体を引きはがず。そう言えば、さっき家老にこんな姿を見られていた。どう思われただろうか。
「そろそろ行かなきゃな。情報収集の成果があるかもしれない。何かわかったら、久々に軍の会議だな。動かしたくないけど。」
「うん…気をつけて…」
心配そうなリディアに、エッジは微笑みかける。腕に微かに力が入った。
「なぁ。」
にんまり、と上がる口元。
「何?」
「行ってきますのちゅーとか…」
「…バカじゃないの?」

「っと、誰か来るな…」
エッジ様、と呼ぶ声が廊下に響いた。足音が大きくなる。
「何だろ…急いでるみたい。」
相当の早足を響かせ、兵士はエッジの部屋に向かっていた。
「ああ。さっきの事、何か判ったのかもしれないな。」

「エッジ様!!」
慌てふためいた様子で忍服姿の近衛兵達が駆けつけ、開けたままの扉の前に跪く。冷静沈着、とされる忍びらしからぬ、息の上がった姿にエッジは一瞬、そこまでの何がと首をかしげる。
「お、おい…落ち着けよ…」
「エッジ様!!一大事にございます!!」
だが、告げられた内容は、驚くべきものだった。

「大陸西部山麓、エノールの街に武装勢力らしき集団が陣営を構えたとたった今報告が!!魔導師を擁する小規模勢力に、町が占拠されました!!」

―――武装占拠…!?

「な…何だって!?早急に、各部隊の隊長を呼べ!!」
「エッジ…!」
「リディア、ちょっと部屋にいてくれ。」
エッジは、リディアに頷くと、駆け足で部屋を出て行く。

魔道師を含んだ武力の一団が、近隣の町に陣を敷いた、と言う事は―――
内乱が発生したのだ。

 

―――エノールは目と鼻の先じゃないか!!何の情報もなかったのか!?
―――人数が判らない!?正確な数は!?規模も不明なのか!?
―――相手の要求は何だ!?首謀者は!?

城内の動きが、にわかに慌しくなる。
エノールとは西部にある街道沿いの港町。西にバブイルの塔と山脈があり、平野部の少ないエブラーナでは、この都市はエブラーナ城の西口の様な扱いとなっており、人口も城下の町とさほど変わらない。エブラーナからは早馬であれば1日とかからない場所だ。

これだけ近いのにこうなるまでに何の情報も無かった、と言う事が軍関係者を驚かせた。城下の人口が少ないエブラーナにしてみれば、小さな一群でも一つの勢力、それに街道沿い、港町が押えられたという事は、陸路も海路も危険になったと言う事だ。

町とはいえ、全く何の軍備も無い訳ではない。ただ、忍術の精鋭はルビガンテとの戦で壊滅状態になり、まだ日の浅い精鋭部隊は城下に集中している。反乱勢力の中に魔導師が数人でもいれば、十分制圧は可能だ。

―――まさか…さっきのあの人が?

街を占拠したと言う魔道師を有する団体と、全く関係がないとは思えない。先ほどの男は、自分達に呪縛の魔法を使った。確かエッジも『影縛り』と言う技を持っていたが、明らかに別のものだ。しかしエブラーナが魔法の研究を始めたのは先代の頃で、名前を聞くようになったのはそれこそ少し前の事。エブラーナに国に楯突けるような魔導師が居るのだろうか。

「リディア様…」
遅い昼食を用意したカレンとアイネが、扉の向こうに佇んでいた。
「…ありがとう…こんな時まで…大丈夫だった?」
「これでも結構、鍛えてますから。」
包帯を巻いた二人が笑顔で答える。
「ともかくも、お召し上がり下さい。大丈夫ですわ。エッジ様は、先の戦いをも乗り越えられた方。少数勢力など制圧は容易でしょう。」
そうだよね、もリディアはようやく笑顔を返した。エッジの強さは、よく判っている。けど、エブラーナ城周辺の少ない人口の中で反旗を翻すには、そこらから集めた人間だけではなく、海賊などの国を持たない無法者がいるのは当然だ。
多数の魔導師。国際的な常識の無視、何を考えているのだろう。

―――翡翠の姫様!!
 
先ほど聞いた子供の声が耳に浮かぶ。

―――胸騒ぎがする…

その日、夜までエッジが帰る事は無かった。


 

「…リディア?」
エッジが夜半に自室に帰った時、ベッドにその姿は無かった。
「リディア!!」
エッジは一瞬の寒気に襲われたが、かすかな寝返りの音に自分のベッドを振り返る。リディアの姿はそこにあった。

―――驚かせんなよ…頼むから…

夜までかかった会議。明日より、将校率いる隊、忍術精鋭、国軍付魔導師がエノール制圧に向かう。エッジは城内に残り、エブラーナ城近辺の警護を指揮。伝令を出し、周辺集落に自衛を喚起。城下付近に相手の姿が見えない以上、相手を監視し情報収集に徹するしかない。いくら小国とはいえ、国中から集めれば兵は集まるが、敵の数は少なく、今すぐに武力衝突の危険もないとの事だった。
ならば、まずはエブラーナ城下内の兵士で行動した方が早いだろう。

―――頼むから、早く終わってくれ…民を苦しめるのはもうごめんだ

ルビガンテとの戦いで、力及ばす城を去り、両親を亡くした。エッジの中には別の不安がいやおうにも湧き上がる。相手が何処までの事を考えているのか判らない。街の勢力同士の小競り合いが過ぎたのか、国家に対して何か欲求があるのか。

もし、相手が忍術に匹敵する程の魔法の使い手を揃えていれば、軍が手の内を知らない分苦戦は必至だ。魔法に対する実戦経験は、エッジがこの国では一番だろう。それ程の不利なフィールドに、相手が引き込もうとしているのはありありと判る。

―――にしても俺…情けねぇなぁ…

情けないが、リディアに関しては身勝手になってしまう。巻き込みたくないと願う一方で、側にいて欲しいと言う思いが勝ってしまった。

―――何とかバロンから飛空挺、呼んでやるから

その一言が言えなかった。方法は幾らでもあったのに。セシルが無理やり用事を作ってくれたのは判っている。今リディアを帰してしまえば、おそらく再びエブラーナを訪れる事はないだろう。リディアはそんな思惑は露知らず、静かに寝息を立てている。

「…側に、いてくれねぇか…こう見えて、俺も結構度胸なくてさ…いいかな…」
「いいよ…」

寝ている筈のリディアの言葉に、エッジは思わず立ち上がった。
「…う~ん…あれ、エッジ…お帰り…何か言った?」
明らかな寝ぼけ眼。
「ごめんね…待ってたら…うとうとしちゃって。」
どうやら色々気になる事もあったらしく、早寝のリディアには珍しくエッジの帰りを待っていた様だった。後はベッドに腰掛けたが最後、と言うやつだろう。
「いいよ。そのまま寝てな。俺もすぐ寝るからさ。おやすみ。」

軽くリディアの唇を引っ張る。
「ん~~… くすぐったい…」

―――味気ねぇ…怒りもしねぇよ…

隣にもぐりこむと、まだ夜は寒い季節だからか、もぞもぞと身体を寄せてくるリディア。抱き寄せると、不思議な程すっぽりと胸に収まるその身体。
 「…おやすみ…な…」
額に軽く口付けた。
「エッジ…おやすみ…」


―――あ、れれ?

目を覚まし、怒り出すとばかり思っていたが、リディアは既に寝息を立てはじめている。

―――マジかよ…
―――いや、それはちょっと…

広い筈のベッドが、これほど小さいと思った事は無い。ベッドの端まで行っても、リディアの寝息から逃げられないのだ。

―――寝るヤツがいるか!!バカ!!

今の自分をリディアが見たら。毛布に包まったイモムシ、と笑われるだろう。当たり前だ。若い女と同じ床についているのに、そんな気が起こらない訳じゃない。

―――何考えてんだ、バカ!!
―――でも…難しい事はない…よな…

男の寝床に潜り込んできた娘がどんな目に遭おうと、誰が自分を責めるだろう。そっと、碧の髪に手を伸ばす。髪を引かれたリディアに、起きる気配は無かった。

幻界の生活は判らないが、自分も地上で恵まれた方の暮らしをさせてやれるだろう。少なくとも、自分の身近な忠臣達はリディアの訪問を心から歓迎している。昔の様に周り全てが敵、と言う様な王宮ではない。バロンとも友好関係を築いた。呆れる位慕っているセシルや、仲の良いローザとも会おうと思えばいつでも会える。

ここで一時憎まれる事になっても。リディアを今よりも幸せにする自信はある。
リディアの性格。セシルを兄の様に慕っている事。そのセシルに頼まれたお使いで、口に出来ない何かがあったとしたら。おそらくリディアは、信頼を裏切ったと筋違いに自分を責め、後ろめたさにセシルの顔を見る事も出来ないだろう。

手に入れてしまいさえすれば。リディアの性格なら、バロンには戻らない。そして、ここを離れる事も出来ないだろう。セシル、セシルがと口癖の様に言い続けてきた事に、何も感じてない訳じゃない。

―――手に入れてしまえば、バロンには…

「くしゅん」
リディアの肩が、一瞬小刻みに震えた。
「へっ!?リディア、寒いか!?」
不意のくしゃみと、凍りつく様な心の声に、 エッジは我に返る。

「…悪ぃ。空恐ろしい事、俺考えてた。寒くもなるよな…」
リディアの身体をそっと動かすと、柔らかな枕に抱きつかせ、ベッドを出ると、カーテンの中、リディアの為に用意されたベッドに潜り込んだ。

―――ま、一大事の前だから、な。
そんな言い訳を何度も繰り返し、エッジは眠りについた。

 

翌朝、服を取りにカーテンの中に入ったリディアは、出かけたと思っていたエッジが何故か自分のベッドに寝ている事に気がつき、驚く。
「あれ?エッジ、横に居たんじゃなかったの?何で私の方で寝てるの?」
「…」

ふてくされた様に身をかがめて、背中を向けているエッジ。
「ごめん、もしかして、いびきかいてたかな私。」
「…かいてねぇよ。」
「じゃあ、寝言言ってた?」
「言ってねぇ!!その年で男と同じ布団で寝るヤツがいるか!!バカ!!」
「?あ、セシルと寝てた時の事?それは子供の頃で…」

―――ぺしっ!!!

「痛っ!!!何するのよ!!!」
「うるせ―――!!!俺の、俺の…俺のバカぁぁぁ!!!」
「!?!?!?何であんたがバカで私を叩くのよ!?」

訳わかんない、と憤慨しながら部屋を出るリディア。エッジは前傾姿勢のまま、しばらく動こうとはしなかった。


 続く


 

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それは、初級白魔法の呪縛術。
幾重もの円状の拘束は振り向くよりも早く、四人の身体にまとわり付いていたのだ。
しかしリディアには到底及ぶ魔力ではなかったのか、一瞬の痺れは小型の杖を腰から抜いた途端、消え去った。
「魔法…なぜ…!?」
追撃をする様子は無いが、三人にかけられた呪縛は解かれていない。身構え、魔力を溜めながらも、ぴりぴりとした緊張が、リディアの身体に走っていた。

「ちょっと…何これ…!?」
「くっ…これは確か、白魔法の…」
それなりの力をもつであろう魔道師であるオルフェも、呪縛を解くのに苦心している。明らかな敵意の上の拘束、いたずらの類ではない。

―――何がしたいの…?
―――この国で…こんな所で…魔力を使うなんて…

誰がこんな事を、と言う疑念。外れとは言え城壁の中。何もない馬小屋。そして馬達や、身分も金目の物も明らかに持たない一行にこんな事をして何になるのか。 兵舎も近い城壁の中だと言うのに。
そしてあまりにも不自然なのは、忍の国で何故魔法を使い攻撃を仕掛けるのか。

「運のよい方だ。二人掛りの呪縛でも、封じられぬとは…」
声は上から聞こえた。
「誰!?」
顔を上げると、薄暗い向かいの梁の上に人影が見える。前に1人。左右の梁には魔道師のローブに顔を隠す者が2人。
「刀は頂き損ねたが…王族直属の侍従殿とは、思わぬ収穫だな。」
「だ…誰だ!?」

侍従、と男は3人を判断したが、女官達はその男を知らない。 切れ長の目に、細身の身体。何処と無くエッジを思わせる銀髪、地に飛び降りた身のこなしは、エッジにも匹敵する程の軽やかな物。険しい表情をした、壮年にかからない男。

―――誰?何をする気なの…?
銀髪の男は、リディアを一瞥する。
「そこの娘。動ける様ならば行くがいい。貴女には、私が現れた事をエドワード殿下に伝えて頂こう。」
「一人では嫌…皆を放して。貴方は誰なの?」

首を振る。そんな甘い言葉には乗らない。
何者かは判らないが、この男が3人を無傷で帰すとは思えない。既に身動きのとれない侍従達には、魔道師らしき男2人の杖が向けられているのだ。 背を向けた瞬間、自分が焼かれない保障は一切なく、エッジを殿下、等と呼ぶ言葉の裏には、明らかな敵意が見て取れる。

「…炎に焼かれる事になるが、それでもよいのかな?」
男がなおも問いかけるが、リディアは口を開かなかった。
「早くお逃げください!リディア様!!」
「そんな事できないよ…」
冷たい光を湛えた男の瞳は、リディアをとらえたまま、微かに細まった。

「ならば引導代わりにする事だ。このウォルシア・ジェラルダインの名をな!!」
「え…?」
次の瞬間、視界の端に炎の影が走る。
「!!リディア様、早く逃げて!!」
侍従達の顔が恐怖に引きつる。脇の二人の魔導師が、ファイラの魔力を向けている。直撃すれば無防備な三人の命は無い。

だが、その炎が轟音とともに発されると同時に、リディアは呪縛の解けない侍従の前に躍り出た。
「―――ファイラ!!」
唱えたのは、同じ炎の魔法。しかし吸い込まれる様に、魔道師の放った力はリディア一人に方向を変え、その身体は炎に包まれた。

「な…んだと!?」
「リディア様!!」
ウォルシアと名乗った男と、女官の叫び声が響く。
しかし魔力の渦の中心にいたリディアは力をそのまま上へ放ち、炎は上空へと放たれた。
「魔力の…相殺?!馬鹿な、詠唱も無く…」
炎の魔法の変形だった。ファイラの魔力を渦の様に巻き、それを呼び水にして魔力を全て引き寄せる。動きに変化を出す為に、あえて詠唱をせずに魔力を内側で練っていた。 一瞬で出来る事ではない。身構えて準備していたからぎりぎりの所で発動できたものの、間一髪の所だった。

上空に放たれた魔力は馬小屋の天井を突き破り、火柱を上げる。それ程の魔力を向けるのは、敵意を越えた殺意があると言う事。
「くっ…まずい…ウォルシア様!!城の者に気づかれます!!」
「待ちなさい!!こんな事―――許さない!!」

魔道師らしき男達は、すばやく指笛で合図の様な音を鳴らし、移動魔法らしき詠唱を始めるが、渦に引き裂かれ、全身に傷を負いながら三人の男に向けたリディアの表情は、既に戦いの時のそれだった。
「ば、馬鹿な…お前は一体…」

男達はたじろぎ、リディア一人に向き直ったが、次の瞬間、杖を引いて飛び退った。
「狼藉者!!リディア様から離れろ!!」
リディアの背後から、自由になったカレンが抜刀し、銀髪の男に飛び掛ったのだ。
「女官風情が!!」
銀髪の男は一撃目をいとも簡単に払うも、刀は二撃、三撃と繰り出される。他の二人も武器を構え、魔道師を威圧した。完全に不意を撃たれ無防備となった侵入者達に、リディアは再び詠唱する事なく、その指先から魔力を放出した。
「スリプル!!」

いよいよ男達は驚愕の表情を見せた。
初級魔法とは言え、詠唱も杖もなく即座に魔力を発動する事は、強大な力を持つ魔導師と言う事。銀髪の男は間一髪その力を逃れたものの、後ろにいた魔導師達は途端に膝をついたのだった。
「―――役に立たぬ奴らめ!!!」
男は女官を武器ごと弾き飛ばすと、魔道師達に刀を向け、躊躇いなくその身体を次々に貫いたのだ。

「きゃあああ!!!」
敵とは言え、あまりの無慈悲な行為にリディアのみならず侍従たちも一瞬、思わず目を逸らす。だがその隙に、銀髪の男の姿は一瞬閃光に包まれ、その姿を消した。

「な…に…」
移動魔法の余波だったが、初めて目にする侍従達は目を見開く。
だが、リディアが驚いたのは勿論その事ではない。今のは男が発動した移動魔法ではなかったのだ。外からの力が、男を移動させた。それが示す事は。
「仲間…が…いるの?」 
リディアは無意識に、オルフェのローブにしがみつく。
「リディア様…」
だがそれよりも、全身に傷を負い血をにじませたリディアの姿に驚愕する侍従達。 オルフェが回復の魔法を唱えるが、浅いものの数が多い。騒がれない様静かに部屋に帰り、手当てをした方がいいだろう。幸いにも、魔法耐性のある布を選んだお陰か、服はひどく破れている所はなかった。

「この二人、もはや…報告し、埋葬してやらねばなりません。」
慎重に倒れている男達の様子を伺い、アイネが首を振った。
二人の魔導師に、身元を表すものはなかった。ローブも杖もいびつで見よう見まねで作り上げた感がある。明らかに魔力の保護や増強には不完全な物。そのお陰で、二人がかりの魔法を跳ね除ける事が出来たのだろう。
「…皆さん、ここを出ましょう。大事かもしれません。」
オルフェはしがみつくリディアの手を柔らかく解き、自分のローブを脱いでその姿を隠す様にかけた。
「目立たぬ様に城に戻り、直接家老殿にお話をした方がいい。」

一行が馬小屋を出ると、一人の若い兵が走ってくるのが見えた。その後ろから数人の庭番の兵士が走ってこちらに向かってくる。カレンはその姿を見て、声を上げる。
「トマス…近衛兵が…城にまで、聞こえていたの?」
「カレン!!アイネ!!リディア様はご無事か!?」
「…ええ、お命には…でも…」
リディアはアイネとオルフェの影に身を隠していた。客人を怪我させたとあっては、侍従達が罰をうけるかもしれない、と思っての事だが、どうやらこの青年は親しい仲間の様だ。
「リディア様のお怪我は?いや、君もすごい怪我じゃないか!?」
「…私は大した事ないよ。トマス…ごめんなさい。駆けつけてくれて悪いけど…直接、家老様にお話をした方がいい事かもしれない…」
「え…でも…」
戸惑う近衛兵。カレンはアイネとオルフェに向き直ると、二人もその言葉に頷く。

「兵を下げて頂けますか。トマスさん…申し訳ございませんが…」
オルフェが頭を下げると、トマスはためらいながらも頷き、背後に控えた兵達に下がる様に告げたのだった。 若い近衛兵とカレンが武器を持って先頭に立ち、一行は城に向かった。既に敵の気配は消えていたが、リディアの姿はしっかりと、アイネとオルフェに隠されていた。

「あ…これ、かぶるかい?」
近衛兵が頭に巻いていた布を外し、カレンに差し出す。
「あんたの頭巾なんて…目立たない方がいいのよ、こっちは!」
「目立つって…カレン、鼻血すごいじゃないか…」
男の剣先を捌いたものの、突き飛ばされた女官は顔面から柱に打ち付けられ、鼻血が出ていた。いくら戦いの末とは言っても、女性が鼻血の跡を残しているのはあまりいいものではない。
「私が目立つ分にはいいのよ!!リディア様…っと、いいから気にしないで!!」
「いや、でも、また子供達に色々言われるよ?」

トマスと言う青年は、近衛兵と呼ぶには若い男。カレンよりも年下だろうか。 二人のかけ合いを見るアイネとオルフェの顔からは、険しさが抜けていた。

それにしても、とリディアの脳裏を、先ほどの男がよぎる。
「あの人…ジェラルダインって…」
王家の名を名乗る者の襲撃。おいそれと、広めない方がいいのかもしれない。その言葉が嘘ならば恐らくは死罪に値するだろう。男の名乗った名は、本当なのだろうか。
「ご心配に及びません。私の方から、すぐに家老様にはお伝えいたします。しかるべき処置が取られる事でしょう。リディア様は、お部屋にお戻りになり、手当てをお受け下さい。」

「オルフェ…あの話の事?王勺…廃位の王…ただの噂話では…」
「ええ。廃位の王の名をかたる…だけのもの、でしょう。」
オルフェに続いたアイネの言葉に微かにこめられている恐れ。

―――皆…あの人が誰だか知っているの?

やっと緊張がとけたのか、今になって切り裂かれた腕の傷が痛みだしている。 城内に入るとすぐ、オルフェと近衛兵は家老を探しに駆け出し、三人はなるべく人目に付かない様に、エッジの自室へ戻ったのだった。


「リディア様。お腹がお空きでしょう?こちらをお召し上がり下さい。お怪我の手当てが終わりましたら、改めてご用意いたしますから。」
アイネはサンドイッチをソファの横のテーブルに乗せ、傷の手当てを始める。
「ありがとう…」
一つだけサンドイッチをほおばる。おそらくは、彼女達の昼食。 幸いにも傷の数は多いがそれほど深くは無く、オルフェが血止めをした大きな傷以外は、薬を塗って済むような物だった。
「カレンさんも、大丈夫?顔色が…」
「い、いえ…私、あんなへんな力を使う敵とはまだ戦った事はなく…情けないんですが、その、震えが止まらなくて…」
この国では、大仰に刀を振り回す度胸の持ち主ですら、魔法と言うものは初めてなのだろう。

「カレン…リディア様は、こんなにお怪我をされたのよ。私達の至らなかったせいで…」
「そんな事ないよ…皆無事でよかった。」

―――エッジ… 大丈夫かな…

先ほどの男の、エッジへの明らかな敵意。
エッジは今、何処にいるのだろう。 あの男は、エッジを狙っているのだろうか。

そして、一通り手当てが終わり、三人が胸を撫で下ろした途端、乱暴に扉が開いたのだった。
「リディア!!おい、何があったんだ!!」
聞きなれた声に振り向くと、エッジが息を上げて部屋に駆け込んできた。遅れて背後から、先ほどの若い近衛兵が後を追ってくる。

「エッジ!お帰りなさい。早かったね。大丈夫?息が…でも、怪我なくてよかった!!」
珍しく、肩で息をしているエッジ。
「早いって…あたりめーだろうが!!俺が何で怪我するんだよ!?」

エッジは今日は海上運搬の視察で、近くの海岸の集落まで大臣と出向いていた。 トマスは早々に急を知らせる為に走り、事の次第を伝えると、大臣に全ての事を任せ、急いで城へ戻ると馬に乗り駆け出した。

城門に馬を置き、兵士の迎えも全速力で突破した為、何事が起きたのかと玄関は騒然としたらしい。リディアの怪我が軽いと判ると、安堵したのか大きくエッジの肩が落ちた。
「って…いや、一体何があったんだよ!?」
「も…申し訳ございません!!私達が…」
女官の声は、エッジの耳には聞こえていない様だった。リディアの肩をつかんで、じっとその顔の傷を見つめたままだ。
「お前ら、ちっとも悪くねーよ…悪いけど、二人にしてくれないか?」
「は、はい…」
リディアは、サンドイッチを目で差して、持ち帰る様に伝えたが、女官二人は気付かず部屋を後にした。

「エッジ…重いって…」
エッジは、リディアの額に唇を乗せ、その身体を胸にすっぽりくるんでいる。
その胸に顔をうずめると、まだ早鐘を打っているエッジの胸の音が響いてきた。

「―――帰ってきてくれたの?ごめんなさい。心配かけちゃったね。」
「本当だよ。こんなぴんぴんしやがって…」
「ああ…」
肩の力が抜け、大きな息が漏れる。

「ごめんな…怖い思い、さしちまって…」
首を振り、更に深くその胸に顔をうずめると、横目で扉の外に、薬箱を持った家老が慌てて姿を消すのが見えた。



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プロフィール
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tommy
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非公開
自己紹介:
FFは青春時代、2~5だけしかやっていない昭和種。プレステを買う銭がなかった為にエジリディの妄想だけが膨らんだ。が、実際の二次創作の走りはDQ4のクリアリ。現在は創作活動やゲームはほぼ休止中。オンゲの完美にはよぅ出没しているけど、基本街中に立っているだけと言うナマクラっぷりはリアルでもゲームの中も変わらない(@´ω`@)
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